「社会を変える」ことと、「自分が変わる」ことはセットである──。
SDGsへの取り組みが日常化する一方、「既存の活動にタグ付けするだけで終わってしまう」という課題が学校や企業の現場でよく聞かれます。これまでのような、個別の問題解決にむけて追究するもの、絶対解を追究するものではないあり方として、さまざまな教育現場が取り入れ始めているのが「探究」です。
特に、正解を見つけにくい社会課題において、一人ひとりが知識を行動に変え、社会を変容させていく「探究学習の本質」とはどのようなものでしょうか。
全国の小中高約3万5000校に配本されている書籍『未来の授業-SDGs×ライフキャリア探究BOOK』および、国内の地域課題と解決事例を可視化したWebサイト『社会課題解決中マップ』を監修している佐藤真久教授(東京都市大学)は、これらのツールを活かし、異質な他者との協働を通して「最適解を更新」し続けることこそが、社会課題解決に向き合う探究の本質であり、「ライフキャリア」そのものだと語ります。
不確実な未来を生き抜くために、私たちが目指したい「あり方(Be)」を伺いました。

佐藤 真久(さとう まさひさ)さん
東京都市大学大学院 環境情報学研究科 研究教授/学長補佐(兼務)
筑波大学卒業、同大学院環境科学研究科修了。英国国立サルフォートド大学にてPh.D.取得(2002年)。地球環境戦略研究機関(IGES)研究員、ユネスコ・アシジア文化センター(ACCU)シニア・プログラムスぺシャリストを経て現職。現在、UNESCO ESD-Net 2030 フォーカルポイント、UNESCO Chair(責任ある生活とライフスタイル)国際理事会理事、人事院公務員研修講師(サステナビリティとリスク社会)、環境省・地域循環共生圏有識者会議委員、SEAMEO-JAPAN ESDアワード国際審査委員会委員などを兼任。協働ガバナンス、社会的学習、中間支援機能などの地域マネジメント、組織論、学習・教育論の連関に関する研究と実践を進めている。
※記事中敬称略
「何をするか(Do)」の前に、「どうありたいか(Be)」を問う
──近年、学校や企業で「探究」が重視されていますが、その本質はどこにあるとお考えでしょうか。
佐藤:日本社会はこれまで、戦後の復興期から続く「課題解決(Do)」を重視してきました。貧困やインフラ整備など、山積する課題を一つひとつ潰していくアプローチです。しかし、社会が成熟し複雑化した現代では、単線的な「鬼退治(問題解決)」の発想だけでは通用しなくなっています。
例えば気候変動問題一つとっても、企業の製造責任、サプライチェーンへの配慮、そして私たち消費者の選択と、全員が課題に関与しており、倒すべき単一の「鬼」はいません。物事をつなげて新しい価値を創っていくこれからの「価値共創型」の社会では、ただ直面する個々の問題を処理する「Doing(何をするか)」の前に、まず「Being(自分はどうありたいのか)」が問われます。
──「Doing」よりも「Being」が先にあるべき、ということですね。
佐藤:はい。社会課題解決に向き合う探究学習の本質は、単なる調べ学習や問題解決の練習ではなく、「ライフキャリア探究」です。この言葉には、職業だけでなく、家庭人、地域住民、そして地球市民として「Live Together(多文化共生・ダイバーシティ)」を実現しながら生きていく、という意味を込めています。
個人の変容(Transform oneself:自分が変わる)と社会の変容(Transform society:社会を変える)はセットです。社会を変えながら自分自身も変わっていく。その循環を生み出すための「Be(あり方)」の軸を持つことが、探究の出発点になります。
正解や定義が変わりつづける「厄介な問題(Wicked Problems)」とリスクの連鎖

──なぜ今、「あり方」や「変容」が重要視されるのでしょうか。
佐藤:私たちが直面する問題には質の変化が見られます。現代の社会課題は、これまでの「単純な問題」ではなく、複雑化(Complex)し、さらには、状況的に問題そのものの捉え方が変わる「ウィキッド・プロブレム(Wicked Problem:厄介な問題)」になっているという認識が必要です。
「単純な問題」ならば、原因を究明し対応することができます。「複雑な問題」ならば、時間をかけて解くことができます。しかし「ウィキッド・プロブレム(厄介な問題)」は、時間軸や立場、状況によって「正解」が変わってしまう問題のため、そう簡単には解くことができません。
さらに現代は、環境・社会・経済・地政学・技術面での「グローバルリスク」が相互に連動しています。例えば、ある地域での紛争(地政学リスク)がエネルギー価格を高騰させ(経済リスク)、それが巡り巡って気候変動対策を遅らせる(環境リスク)、といったことが起きます。
──すべてがつながり、つねに関係性が変化しているからこそ、ひとつの正解が存在しないのですね。
佐藤:はい。例えば、かつて「環境対策(善)」として導入されたメガソーラーが、数年後には森林伐採や景観破壊という「環境問題(悪)」を引き起こす事例があります。ある時点での正解が、時間が経てば不正解になるのが今の世界。だからこそ、特定の専門知識だけで解決しようとする「専門家」のアプローチには限界があります。
固定された正解(絶対解)の追及にこだわらず、常に現場で他者との対話を重ね、理論と実践を反復しながら「最適解を更新」し続ける姿勢が求められるのです。
異質な他者との「協働」が、思考と経験のサイクルを回す

──自分の考えに固執せず「解を更新し続ける」ためには、何が必要なのでしょうか。
佐藤:自分とは異なる学習スタイルを持つ「異質な他者」との協働です。今回、「移動と交通」を主題に監修した書籍『未来の授業-SDGs×ライフキャリア探究BOOK アレックス、楽しく歩きたくなるまちを考える編』では、異なる興味関心、学習スタイルをもった4人のキャラクターが登場します。
登場する彼女彼らは「コルブの経験学習モデル」という理論において提示されている4つのプロセス(経験、内省、概念化、実践)に基づいて、あえて全く異なる学習スタイルを持つ設定にしています。
例えば「けんた」は、猪突猛進型で現場重視、とにかくやってみる「直感・行動派」。一方、「アレックス」は理論派で、概念を抽象化して整理するのが得意なタイプです。重要なのは、異なるスタイルの人たちがチームを組むことで、「理論」と「実践」のサイクルが回り出すということです。
──似た者同士ではなく、学習スタイルにおいて違うタイプと組むことに意味があるのですね。
佐藤:そうです。現場の実践者は「もっと現場に行き、経験すればいい」と考えがちですが、やりっ放しでは学びが深まりません。逆に理論派は頭でっかちになりがちです。特に今はAIが進化し、思考をAIに任せて「人間はただ経験すればいい」となりがちですが、自身の経験から新しい価値を生み出すための「思考(推論・概念化)」と「経験(実践)」の反復が不可欠です。
4人のキャラクターのように、具体的に経験し(経験)、行動を振り返り(内省)、経験から教訓を得て(概念化)、やってみる(実践)。チームの中で互いの学習スタイルを活かし合い、現場での協働を通してこのサイクルを補完し合うことで、自分の凝り固まったバイアス(思い込み)を壊し、他者との関わりの中で「最適解を更新」し続けることができるのです。
「Webと書籍の連動」で個別課題から統合的解決へ

──探究を進める上で、SDGsのような「大きな目標」と「自分の関心」をどう接続すればよいのでしょうか。
佐藤:ここで重要になるのが、「グローバル(地球規模)」の視点と「ローカル(足元の地域)」の視点を行き来することです。SDGsの17の国際目標だけを見ると、どうしても「遠い国の話」に見えてしまい、自分ごと化ができません。
そこで、今回の書籍では、ETIC.が制作してきた「社会課題解決中マップ」という「日本の課題」とを接続させました。このマップは、日本の地域で実際に起きている227のプロジェクトの分析を通して、直面する泥臭い課題と、それに取り組む約600の事例を可視化したものです。
社会人向けの研修などでこのマップを使うと、参加者は「自然災害」や「コミュニティの希薄化」など、自身の関心に近い課題を選びます。しかしながら、グループワークを通してそれらをつなげていくと、一見バラバラに見える個々の課題が、実は根っこですべてつながっていることに気づきます。
──SDGsも地域の課題も、すべてつながっているということですね。
佐藤:行政や企業はどうしても、効率性を重視するが故に縦割りで考えがちですが、現場の最前線ではすべての社会課題は連動しています。「個別の問題解決」から「統合的な問題解決」へ、そして状況的な最適解の更新へ。
外から降ってきたようなSDGs(Global)と、日本の課題、そして足元にある泥臭い現実(Local)を掛け合わせることで、SDGsを単なるラベル貼りで終わらせず、複雑な世界を読み解き、自身のアクションにつなげるための羅針盤として活用できるようになるのです。

多様な他者と学び合いながら、協働を通して社会を変革し、自らも変容するリーダーに
──最後に、知識を得た私たちが、これからどのような「変化の担い手(Be)」になるべきか、メッセージをお願いします。
佐藤:リーダーシップ研究(キーガンらの研究)では、成人の知性には段階があると指摘されています。多くは、ルールに従い正解を出す「環境順応型知性」の段階にいます。さらに一歩進むと、自ら課題を設定し主体的に動く「自己主導型知性」になります。

しかし、さらにその上の段階に「自己変容型知性」があります。「自分の信念や正義も、間違っているかもしれない」という矛盾を受け入れられる知性です。自身の考え方の枠組み(バイアス)を認識し、多様な他者と関わり学ぶなかで、社会を変革しながら(変える)、自らも変容させていく(変わる)。この知性を持つリーダーは1%しかいないといわれています。
正解のない不確実な時代、「モヤモヤ(ネガティブ・ケイパビリティ)」を抱え続けることはつらいものです。でも、モヤモヤを共有できる仲間がいれば、「自分の正解」に固執することで生じる「分断」を乗り越えられる。複雑で矛盾がある社会の中で、他者と学び合い、社会を変え自分も変容させていく。
そんな「変えると変わる」を併せ持ち、しなやかな強さを持つリーダーとして、持続可能な未来を切り拓いてほしいと願っています。
<関連リンク>
>>【社会課題に興味を持つには?】31の社会問題解決中MAPから3つのマイテーマ設定
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>> ソーシャル・プロジェクトを成功に導く12ステップ-コレクティブな協働なら解決できる! SDGs時代の複雑な社会問題(みくに出版)佐藤真久・広石拓司 著
>> SDGs人材からソーシャル・プロジェクトの担い手へ-持続可能な世界に向けて好循環を生み出す人のあり方・学び方・働き方(みくに出版)、佐藤真久・広石拓司 著

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