ローカルベンチャー

住民がいなくなった南相馬市小高区で生まれた、「絶望のループ」の逆転劇。100のビジネスで自立した地域へ【地域おこし協力隊熊本サミット(1)】

基調講演の様子。和田さん(左)と濱本さん(右)

総務省の発表によると、2025年度の地域おこし協力隊の隊員数は8,196人となり、6年連続で過去最多を更新しています。地域で活動する際の入口として定番となってきた感のある地域おこし協力隊制度ですが、果たしてその「出口」については戦略的に考えられているのでしょうか。

2026年7月に開催された「地域おこし協力隊 熊本サミット」には、そんな地域おこし協力隊の「その後」に関心をもつ現役隊員やOB・OG、自治体の協力隊担当職員の方々など、約100名が九州各地から参加しました。

こちらの記事では、福島県南相馬市小高区を拠点に地域おこし協力隊制度を活用した起業支援に取り組み、多くの事業家を輩出してきた和田智行さんによる基調講演の様子を要約してお届けします。進行役は、熊本県内で人材育成に取り組む一般社団法人フミダス代表理事の濱本伸司さんです。

和田 智行(わだ ともゆき)さん 
OWB株式会社 代表取締役
福島県南相馬市小高区(旧小高町)出身。大学入学を機に上京しITベンチャーに就職。2005年、東京でIT企業を創業、同時に自身は小高にUターンしてリモートワークを開始。東日本大震災の原発事故で自宅が避難区域となり、会津若松市に避難。その後、小高区で活動を開始し、2014年5月に避難区域初のシェアオフィス「小高ワーカーズベース」を開設。女性にとって魅力的な生業を作ることを目的としたガラス工房「アトリエiriser-イリゼ-」を立ち上げる他、南相馬市の起業型地域おこし協力隊制度を活用した創業支援プロジェクト「Next Commons Lab(NCL) 南相馬」を通じ、起業家の支援に携わっている。
OWB株式会社 公式サイト

濱本 伸司 (はまもと しんじ)さん 
一般社団法人フミダス 代表理事
1976年生まれ。熊本県出身。熊本県立大学総合管理学部を卒業後、テレビ番組のディレクターや首長秘書などを経て、2012年に一般社団法人フミダスを設立。高校・大学と連携し、探究学習や地域との協働プロジェクトに伴走しながら、地域の担い手育成やソーシャルイノベーター育成に取り組む。
一般社団法人フミダス 公式サイト 

※記事中敬称略

住民ゼロのゴーストタウンで始まった、100の事業づくりに向けた一歩

濱本:まずは和田さんの南相馬市小高区での取り組みについてお聞かせください。

和田:福島といえば原発事故を思い浮かべる方も多いと思いますが、小高区は事故のあった福島第一原子力発電所から20㎞の同心円の北側に位置するエリアです。原発事故が発生した2011年3月から、2016年7月に避難指示が解除されるまで、住民は5年以上避難生活を送ることになります。

その間まちは誰も住めない状態になり、あっという間に自然に飲み込まれていきました。最初は3カ月に1回、防護服を着て2時間しか立ち入ることができないという状況から、除染や復旧工事のために日中の立ち入りができるようになるなど、いつ帰れるのか先が見通せない状況ながらも、少しずつ事態は改善していきます。

とはいえ、住民が帰るにはインフラなどの整備が必要です。ですが、働く人もお客さんもいないまちでは事業を再開できない。卵が先か鶏が先かというようなジレンマですが、そんな状況のなかで僕たちは事業を始めました。

濱本:和田さんは「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というミッションを掲げて活動されていますが、最初はどういったことから始められたのでしょうか。

和田:当時の小高区はまだ居住が認められておらず、何か始めようと思っても、屋根の下で座れる場所さえないようなありさまでした。そこでまず2014年5月にオープンさせたのが、コワーキングスペース「小高ワーカーズベース」です。街灯も家の灯りもない、信号だけが点滅しているような場所に、最初の灯りをつけるということには大きな意義があったと思います。

次に、そこに集う人たちや、復旧・復興のために日中働いている方々に温かい食事を提供したいという想いで、地元のお母さんたちと2014年12月に食堂「おだかのひるごはん」をオープンしました。飲食店もスーパーもコンビニもなくなってしまった小高区に、生活インフラをつくるところからスタートしたんです。

事業が生まれたことで地域に芽生えた変化の波

和田:こういった事業を始めたことで、まずは地元の事業者の皆さんの気持ちが変わっていきました。誰も住んでいないまちを前に、地元ではもう二度と商売ができないとあきらめていた。そんなところにお客さんが来て、利益も出ているのを目の当たりにしたんです。「だったら俺もがんばって再開しよう」という人たちが少しずつ現れ始めました。

そうなると次は住民も変わってきます。お店もぽつぽつ再開してきたし、あの会社も戻ると言っている、だったらあの人も帰ってくる。それなら自分も帰還を視野に入れようかという気運が生まれました。

ですが、インフラを整えたところで帰ってくるのは高齢者ばかりだろうという意見があったことも事実です。震災から3〜4年が経ち、新しい場所での生活が始まっています。子どもたちも転校を繰り返してようやく落ち着いてきた頃です。特に子育て世代にとって、再び生活を大きく変えることになる帰還のハードルは高いものでした。

そこで、ファーストステップとして通勤スタイルを検討してもらおうと、子育て中の女性をターゲットに始めたのが、ガラス工房「HARIOランプワークファクトリー小高」です。子どもを預けられるようになったら戻ってきたいと思えるような仕事を意識しました。ものづくりだと時間の融通がききやすいので、出社時間や週何日働くかも自分で決めてもらうことができます。

結果として縁もゆかりもない人が小高区に移住してくるようになり、アクセサリーを見たり買ったりするために立ち寄る人や、卒業したらここで働きたいという高校生、こんな場所があるならカフェを開きたいという相談など、新たな動きが生まれていきました。

経済的合理性がないまちに起業家を呼び込んだステートメントとは

濱本:とはいえ、1社だけで100もの事業をつくるのは難しいですよね。100の事業を創るというミッションを加速させた契機はなんだったのでしょうか。

和田:2017年6月に南相馬市から委託を受け、Next Commons Lab社と連携してローカルベンチャー育成事業「Next Commons Lab 南相馬」をスタートしたことで、小高区に集う起業家がぐっと増えました。この事業は、地域おこし協力隊制度を活用して起業家の誘致と伴走支援を行うもので、これまでに24名が移住し、13名が起業・開業、6名が起業準備中という成果が出ています。

普通だったら経済合理性のない原発被害の跡地を選んで起業はしないと思うんですが、集まってくれたのは「予測不能な未来を楽しもう」というステートメントに共感した起業家たちです。今、世界は目まぐるしいスピードで変化しています。さらに災害も激甚化していて、いつどこで被害にあうかわかりません。そんななかで未来を考えたときに、明るい展望よりも漠然とした不安をもつ人が増えているのではないでしょうか。

未来を完璧に予測することはできません。でもその分可能性も埋まっているんです。この事業では、こうあってほしい未来を想像して、そこに向かっていこうという思いに共感してくれる起業家を採用しています。

課題からビジネスをつくることで、絶望のループを逆転させる

濱本:そんな起業家たちの拠点となっているのが、2019年3月にオープンした、簡易宿所付きのコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」なんですね。

和田:この施設は、自己資金に加えて日本財団の「New Day基金」とクラウドファンディングで349名もの方々から支援していただき、補助金等の公的資金を使わずに建設することができました。現在利用者は30社ほどです。何億円も調達するような宇宙ビジネスを手掛けている方もいれば、個人事業主の方もいます。こんな風に、地域に潜在している自分で事業を創り出せる人材の掘り起こしの場にもなっているんです。

濱本:まさに、多くの事業の積み重ねで「ほしい未来」に近づいているんですね。

和田:どこの地方も、過疎化が進んで商売が成り立たなくなり、雇用の場が失われることから若者が流出し、地域の本質的な課題解決に取り組むことができず、さらに過疎化が進む……といった絶望のループに陥りがちです。でも、本当にそうなんでしょうか?

僕たちは課題からビジネスを立ち上げることで、住民がゼロになってしまったまちでループを逆転させることができました。だから、皆さんのまちでも必ずできるはずです。震災前は約1万3000人だった小高区の居住人口は、一旦は住民がいなくなったものの、この3月には約3,800人にまで増え、小学校の全校児童も100人を超えるまでになりました。

和田:僕は100の事業の先に、自立した地域をつくりたいという思いで活動しています。地域が衰退しているから、原発のような巨大な産業を誘致しようという姿勢だと、根本的な解決にはなりません。課題解決できるビジネスやなりわいを生み出すのが当たり前の地域になっていったらいいなと思っています。

12年前、経済合理性が失われた小高区で起業すると言うとみんなに笑われました。でも今は、「小高ってそういうまちだよね」という反応に変わってきている。これからも、2051年までに100の事業ができると信じてやっていきます。

自分を起点に、地域の未来を描いて活動を

濱本:今日は現役の隊員やOB・OG、サポートする側である自治体職員など、地域おこし協力隊関係者の方々が集まっていますので、活動する上でのアドバイスをぜひお願いします。

和田:2つあります。1つ目は、まず地域のため、住民のためというのを一番に置かないこと。なぜなら、うまくいかなかった途端に地域のせいにしてしまうからです。他責思考になってしまうんですね。そうすると、せっかくやりたくて始めたことが進まないし、地域を嫌いになってしまうことさえある。起点はあくまで自分で、自分がやりたいことを実現した結果、地域がこんな風によくなっていくんだという、具体的なイメージをもって活動することが大事だと思います。

2つ目は、逆説的ですが、描いた事業がストレートにうまくいくことはまずないんです。それを前提として、すぐやめられるようにすることも大切だと思います。事業はあくまで手段なので、何を実現したいかがぶれなければいいんです。うまくいかないものや、役割を終了した事業はやめていい。実際に小高区でも、終了させた事業やプロジェクトはいくつもあります。

「Next Commons Lab 南相馬」で地域おこし協力隊として採用する起業家にも、最初に事業計画は作ってもらいますが、「この通りいかないからね」と必ず釘を刺し、実際にピボットしながら進めています。

これまでたくさんの起業家に伴走してきましたが、外貨を稼いでそれを地域に還元する仕組みになっているものはうまくいきやすいという印象ですね。あとは圧倒的に「旨い」とか、わかりやすい強みがあることも、なんだかんだ重要なポイントだと思います。

そして何より、熱量をもって、ビジョンを掲げて活動していくというのが一番大事です。手段にとらわれず、どうありたいのかを内省して進めていくと、霧が晴れていくのではないでしょうか。

濱本:本質的なところを見据えたうえで、実現したい未来を関係者と共有しながら、現状とのギャップを埋めていけるといいですよね。和田さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

「地域おこし協力隊 熊本サミット」当日の様子

以上、本記事では2026年7月24日に開催された「地域おこし協力隊 熊本サミット」のプログラムのうち、基調講演部分をご紹介しました。

「地域おこし協力隊 熊本サミット」は、熊本県内で活動する地域おこし協力隊、協力隊OB・OG、自治体の協力隊担当職員を対象に開催し、約100名が参加。当日は、本記事でご紹介した基調講演をはじめ、6次化や空き家活用など8つのテーマに分かれての事例紹介・グループワークの他、交流会なども実施されました。参加者のみなさまには、これからの活動や事業づくりのヒントを得られる機会としてご活用いただいております。

主催:熊本県
運営:NPO法人ETIC.

※本プログラムは、「令和8年度 地域おこし協力隊等出口戦略支援業務」として、熊本県よりNPO法人ETIC.が委託を受け実施しました。

この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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