ローカルベンチャー

在宅診療医が、シェフとして飲食店を立ち上げた理由。「食事の場」には旅立つ側と、周囲の支える人をつなぐ力がある──イタリアンバールkozorite 高桑雅弘さん

今回ご紹介する高桑雅弘さんは、平日は福井県福井市で在宅診療医として勤務しながら、週末は長野県小諸市でシェフとして飲食店を経営するという、ユニークなキャリアの持ち主です。「善く生き、善く逝く社会」の実現を目指してたどり着いた、高桑さんならではの地域に根ざした事業について伺いました。

※この記事は、【特集「自分らしさ」×「ローカル」で、生き方のような仕事をつくる】の連載として、地域に特化した6カ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」を受講したプログラム修了生の事業を紹介しています。

高桑 雅弘(たかくわ まさひろ)さん
株式会社Clinic Restaurant 代表取締役/ローカルベンチャーラボ第9期生

石川県金沢市出身。北海道大学医学部医学科卒業。在学中に、文部科学省「トビタテ!留学JAPAN」11期奨学生として地中海食の本場イタリアのフィレンツェに料理留学し、現地リストランテ「Il Guscio」にてインターンシップに取り組む。帰国後、長野県小諸市の浅間南麓こもろ医療センターにて初期臨床研修を修了(2022~2024年)。現在は、平日に福井県福井市の在宅診療クリニック・オレンジホームケアクリニック(医療法人社団オレンジ)にて在宅診療医として勤務しながら、週末は小諸市で飲食店「kozorite」の経営に並行して取り組む。

医療と食、双方をつなぐ二刀流の働き方

母方の実家が発酵食品のメーカーだったことから、幼少期より飲食業を身近なものとして感じていたという高桑さん。幼稚園の頃から、料理人や自分のお店をもつ人に憧れがあったそうです。

「僕の人生は食べることばかりなんです(笑)。小学生の頃はよく祖母の家に親戚が集まって、いろいろな年代の人が長テーブルを囲みながら楽しそうに食事をしていました。それが心地よくて、僕にとっての理想の状態ですね。こんな場をつくりたい、こういう場所にいたいという思いが、今の事業の根底にあります」

一方で父親が医師だったことから、将来は医師になりたいという思いも芽生えていきました。

「人生をどう生きるか悩んだ時期に父の背中を見ていて、医師はわかりやすく人に求められる仕事だと感じました。自分の存在理由になるのではと、大学は医学部に進んだのですが、料理人への憧れも忘れられず、学生の今しかできないことをやっておこうと、思い切って1年間休学してイタリアに料理留学したんです。

現地のリストランテで実際に働くなかで、自分にとってウェルビーイングを体現しているのは食事の場だということを再確認できました。よく生き、よく死んでいくお手伝いができる場所として真っ先に浮かぶのは、やっぱり飲食店のイメージなんです」

イタリア留学中、リストランテの仲間と

「医師と飲食店の両方をやっている人材という面白さもありますし、食事の場を提供できる側になりたいという思いが、医師になってから飲食店をオープンする原動力になりました」

帰国後は長野県小諸市で臨床研修医として勤務しながら、イタリアンバール「kozorite」の開業準備にも取り組みます。

「土日や就業後の時間をDIYでの店舗の改装に充てていました。自分一人でやることも多かったのですが、友人が都度助けにきてくれたり、イベントみたいにみんなでやったこともありました。小諸の冬は寒いのでなかなかハードでしたが、好きでやっていることだし、『やるしかない!』という思いでやりきりました」

店舗改装の様子

多くの人の関わりが生まれ、多様な食事の場が提供されるイタリアンバール「kozorite」の誕生

こうして2024年6月、小諸駅前にkozoriteがオープン。店舗の運営には、高桑さん以外にも多くの人が関わっているそうです。

「ボランティアで関わってくれている人もいれば、利用料をいただいて日替わり店長的にお店を使ってもらうパターンもあります。医師、看護師、社会福祉士、管理栄養士といった医療福祉関係者のほか、コーヒー屋さんなどそれ以外の本業をもつ方も使ってくれています」

kozoriteを活用する仲間たち

第一日曜日の朝に薬膳粥を提供してくれる薬剤師と介護士の方、各地を旅しながら表現活動としてポテトサラダを作っている「旅するポテサラ屋さん」、平日の朝に高桑さんのイタリアンとは違ったメニューでお店を開けてくださる方、お菓子屋さんを目指している方による焼き菓子の提供など、担当される方によって多岐にわたる食事の場が生まれています。

「現在関わってくれているのは、お店ができてからつながった方が中心です。社会貢献がしたいというよりも、ご自身にやりたいことや問いがあって挑戦してくれているケースが多いように思います。

平日は福井市で訪問医療の仕事があるので、僕は週末しかお店を開けられないんですが、関わってくれるみなさんのおかげで平日も小諸で食事の場が提供できているので、本当にありがたいですね。こういう人が31人いれば毎日開けられるようになるので、そういう状態を目指したいです。

皆さんには、積極的に僕とは違う使い方をしてもらっていますが、結果として市民が気軽にチャレンジできる場所になっていて、小諸にとってもいいことだと思っています。また、僕がお店に立っているときは、疾患を抱えている方に医師としてアドバイスをすることもありますが、僕を医者だと知らずに来てくれるお客さんのほうが多数派ですね」

憧れの医師の実践を解釈して芽生えた、「地域を診る」「生活を診る」という姿勢

高桑さんは、平日は小諸市から電車で約3時間離れた福井県福井市で、医師として訪問医療に従事しています。病院内にとどまらず、利用者の生活により近い場で医療を提供する、地域医療を選んだ背景にはどういった思いがあったのでしょうか。

「先進医療や高度医療への関心はもともとあまり高くなくて、高校生くらいから地域医療に興味がありました。浪人時代、どんな医者になりたいかを考えようと何冊か本を読んでいたんですが、そのときに長野県佐久市で地域医療の第一人者として活躍した故若月俊一(わかつき としかず)先生のことを知って、『こんな医者になりたい!』と思ったのがきっかけです。活動拠点として、佐久市に隣接する小諸市を選んだのもそれが理由ですね」

高桑さんが大切にしている「地域を診る」「生活を診る」という姿勢には、若月医師が掲げていた「人民の中へ」「農民とともに」という思想が大きく影響しているといいます。

「本当に困っている人は病院に来ること自体が難しい場合もありますし、病院で待っているだけの医者じゃないところがかっこいいなと思いました。若月先生がやっていたことを僕なりに解釈して、現代で実践しようと形にしたのが今のお店なんです。

お店のカウンターだと、その人がどんな環境にいるのか、どんなことで悩んだり困ったりしているのかといった話題も出てきて、地域の仕組みや暮らしが見えてきます。病院では身体にでている症状だけ切り取って治療しようとするので、そういったことはなかなか見えてきません。お店に立っていると、病院との対比をすごく感じます。今は小諸では医療には携わっていませんが、そちらにも関わったら、また違うことが見えてきそうです」

長いスパンで価値を生むことを考える、ローカルベンチャーのあり方

高桑さんは、地域に特化した6カ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム・ローカルベンチャーラボ(以下LVL)の卒業生でもあります。LVLに参加された動機や、プログラムで印象に残っていることについても伺いました。

「地域医療に携わりながら『生活を診る』ということを考えたときに、どうすれば地域と仕事ができるのかに関心がありました。その問いがばっちりハマる場所なのではないかと感じ、地域に入っていくやり方を学べると期待して参加したんです。

講義の中では、『地域の人にやりたいことを正直に話す』という言葉が心に残っています。誰に何をどう伝えていくのがいいのか、考えすぎていた部分もあったんですが、基本的には正直に伝えて起こったことを受け止めるというスタンスでいいのかな、と気持ちが軽くなりました」

LVL最後の日となるデモデイで、同期生たちの前で事業をプレゼンする高桑さん

「他地域で悩んでいることに、自分と共通することもたくさんありましたし、これから進んでいくとこういう課題に当たるのかも、といった見通しももてたように思います。何より、10年20年というスパンで考えるという話を聞けて安心できました。

なんとなくそれくらいの時間は必要だと思っていたものの、資本主義ど真ん中で生きられる人みたいにはできなくて、『簡単にお金になりそうな気配もないし、どうやったら価値にできるんだろう。自分はこのままでいいんだろうか……』と悩んでいたんです。LVLに参加したことで、『10年後20年後に価値になるようなものとしてやり続ければいいんだ!』と覚悟が決まりました」

また、ボランティアとしてkozoriteの運営に関わってくれているメンバーへの見方にも変化があったといいます。

「なぜ金銭でお礼をすることができない自分に関わってくれているのか疑問だったのですが、メンターの方が『地域においては受け取っているものはお金だけではない』という話をしてくれて、自分は今お金以外の何かを提供できているらしい、と納得できました。その分僕も、お金にならないことであっても自分が楽しめて誰かの力になれることをたくさんすることで返していけたらと思っています」

kozoriteの運営を助けてくれている仲間と

旅立つ側と残される側にコミュニケーションの機会を。医師と料理人のキャリアが活きる食事の場

医師と料理人の二刀流でキャリアを築いている高桑さんですが、つくりたいのはあくまで食事の場なのだそう。

「僕自身がやりたいと思っているのは、『善く生き、善く逝く社会』を実現するために役立つ場をつくることです。そのためには、旅立つ側だけではなく残される側にとっても食事の場が大切だと考えています。

大きな病院で働くなかで、「人が亡くなること」を受け入れられないのは多くの場合、亡くなっていく本人ではなく、残される側であると感じてきました。家族や周囲の方は、『なるべく長く生きてほしい』と言われることが多いのですが、それは必ずしもご本人のための医療ではないのかもしれません。

僕自身は、残される人が後悔を恐れて、本人の意思に依らず目の前の医療手段に頼るという構図こそが課題だと考えています。『善く逝く』を実現するには残される側の心構えが重要なので、生きてるうちに納得のいくおわかれができるようなコミュニケーションの機会を飲食店でつくりたいんです」

高桑さんがやりたいこととして掲げていた疾患のある方との食事の場作りは、LVL期間中の昨年10月に、モニター実施という形で実現することができました。対象としたのは、突然脳の疾患に見舞われた方です。かつては多くの仲間と登山に行ったり、食事会を主催するような方でしたが、病気をきっかけに本人が声をかけることはできなくなり、周りの人もその方を以前のような活動に気軽に誘うことは難しくなっていました。

ごはん会の様子

「ごはん会を企画したことで、病気によってこれまでの社会的なつながりから外されてしまう構造があることなど、理解を深めることができました。病気そのもの以上に、こういった点で困っている人もたくさんいるはずです。自分では戻ってくるパワーがないという人もいると思います。食事の場をきっかけとして、また社会の中につなぎ直すことができるんだという実感を得られた、貴重な機会になりました」

大切な人とのおわかれについて、考えるタイミングや機会がないということを社会課題だととらえている高桑さんは、在宅医療のネットワークを活かし、自分や身近な人が亡くなることについて考えるワークショップも開催しています。

「長く生きることが価値になるような力が働いている世の中なので、それによって歪んでしまったこともあるのではないでしょうか。ワークショップに参加したことで、死について考える機会をもてたと感謝の声もいただいています。

kozoriteを始めてもうすぐ2年ですが、人が集まって、自由に使ってくれるような食事の場作りが実践できているので、今後も続けていけたらと思っています。

ローカルベンチャーの世界では、今すぐ形にならなそうなものを扱ってもいいと思いますし、LVLでは自分・地域・事業という3つの軸が重なる部分について、しっかり考えることができました。長いスパンで取り組めることを見つける機会がLVLにはあると思うので、なんとなく地域が好きだ、これは正しいと思うことがあるような方は、ぜひ自分を信じて参加してみてください」

高桑さんが参加されていた「地域と自分を活かすビジネスをデザイン」をテーマにしたゼミのメンバーたちと

高桑さんが受講されていた「ローカルベンチャーラボ」では、例年3月から4月に受講生を募集していますので、気になった方は公式サイトをご覧ください。

>> ローカルベンチャーラボ公式サイト

>> ローカルベンチャーラボ X(旧Twitter)

>> ローカルベンチャーラボ Facebook

>>ローカルベンチャーラボInstagram

この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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