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不便さを「余白」に変えて、谷戸全体を一つの「家」に。機能を優しく分散させる「まるごとおうち」から紡がれる、これからのコモンズ──株式会社やとと 藤原香奈さん

地方において、一つのお店の存在は、単なる物の売り買いを超え、地域に新たな人の流れや温かなつながりをもたらします。

今回訪ねたのは、神奈川県横須賀市汐入町(しおいりちょう)。

急な坂の上に佇む古民家で、本屋でも図書室でもない、本をきっかけに“問い”を通じて新しい気づきに出会う場所「問室-toishitsu-」(以下:問室)を運営する「株式会社やとと」代表の藤原香奈さんです。

「ここは、本を読む人もいれば、おしゃべりする人もいる。誰もが自分の心地よい過ごし方を見つけられる、大らかな余白のある場所なんです」

柔らかな笑顔で迎えてくれた藤原さんが提案する、谷戸全体を一つの家に見立てて機能をシェアする「まるごとおうち」という暮らし方。そこには、これからの地域とお店の新しいあり方のヒントが詰まっていました。

この記事は、特集「移住して始める、地域にひらかれたお店」の連載として、移住後に地域に根ざした活動を通して、まちに新しいつながりやポジティブな変化をもたらしているお店を紹介しています。

藤原 香奈(ふじわら かな)さん
神奈川県川崎市出身。大学時代からまちづくりに興味を持ち、新卒で都市計画コンサルに勤務後、実務会社へ。約3年前に横須賀市汐入町(谷戸地域)へ移住。2025年6月に「株式会社やとと」を設立し、代表取締役に就任。「問室-toishitsu-」や、みんなの広場「souen」、ものづくり体験ができる「tokotonベース」を運営。2026年8月、谷戸の暮らしを体験できる民泊「実間-minoma-」をグランドオープン。

車も通れない不便な坂道だからこそ生まれる、お互いを気遣い助け合うゆるやかな関係性

100段以上階段がある急な坂を上り、緑が自然のまま生い茂る細い道を進んだ先に「問室」はある

京急線・汐入駅を降り、にぎやかな「どぶ板通り」を抜けて歩き出すと、すぐに目の前に急斜面が立ちはだかります。横須賀ならではの「谷戸(やと)」と呼ばれる、山が複雑に入り組んだ斜面地。車が入ることもできない細い路地と、100段以上続く急な階段を10分ほど登りきった高台に、平屋の古民家「問室」は静かに佇んでいました。

引き戸をあけて小さな玄関を通り抜けると、1階の二間と廊下を一つのリビングに仕立てた、開放的な空間が広がっています。それが「問室」。

ここは、単なる本を静かに読むためだけの「書斎」ではありません。

ある人はお気に入りの本に没頭し、ある人はお茶を片手に楽しくおしゃべりを交わし、またある人は自分の勉強や仕事に励む。地元の元気な子どもたちから地域のおじいちゃんおばあちゃん、そして遠方から訪れた若者までが自然と混ざり合い、時にはお祭りの寄り合いやワークショップが開かれる。

この空間を企画し、自らも谷戸の住人として地域に温かく溶け込んで暮らしているのが、「株式会社やとと」代表の藤原香奈さんです。藤原さんの飾らない自然体な佇まいは、外から訪れる人々を惹きつける不思議な魅力に満ちています。

「問室」で取材中の藤原さん。窓辺のカウンターに配置されている木のテーブルは、近隣で取り壊された住宅の廃材を活用している

「ここは訪れる人それぞれが自分の居場所を見つけられる場所でありたい、という思いで運営しています」と藤原さんは話します。

用途を限定しない「問室」は、大らかな余白に満ちたユニークな空間として育まれています。しかし、やととが手がけるのはここだけにとどまりません。やととでは「問室」を一つの家の書斎・リビングと位置付け、キッチンや寝室などの機能を持つ空間をまちの中に分散させています。それぞれの空間への移動も徒歩1〜2分圏内。歩くことでつながる暮らしを実践しているのです。

新しい暮らしとまちづくりの構想「まるごとおうち」

「問室」から徒歩2分ほどの場所にある、みんなの集会所「tokotonベース」。2023年に立ち上げられたこの拠点は共同で使える大きな台所を備え、「まちのキッチン」の役割を担っています。それだけでなく、本格的な木工/DIYスペースも備えていて、訪れる人がものづくり体験をしたり、自分で作った木の食器でみんなで一緒に作ったご飯を囲んだりと、地域コミュニティの土台としても機能しているのです。

「問室」から徒歩2分程度の場所にあるリノベーションした「tokotonベース」。本格的な木工/DIYスペースや大きなキッチンがある

さらにみんなの広場「souen(そうえん)」には、自然農法の小さな畑がひろがります。家における「庭・家庭菜園」といった機能を持つこの広場は、2024年3月にオープンしました。まちの町内会や住民と共に、近隣の4軒の空き家が解体された約100坪の跡地を整地し、古いレンガや柱をイスやテーブルに再生。雨水を利用した水道も作られています。しかし2025年5月に地主が代わり、撤退を余儀なくされました。

その後、2026年8月に誕生した、谷戸の暮らしを五感で体験できる一棟貸しの宿泊施設「実間-minoma-」(以下「実間」)は、家における「寝床」としての機能を備えています。

書斎やリビングの役割は「問室」、食事を作るキッチンは「tokotonベース」、そして寝室やお風呂は宿である「実間」。生活に必要な機能を一つの家に詰め込まず、あえて歩いて行き来できる距離に分散させ、地域全体を一つの大きな「家」に見立ててシェアしながら暮らす。これこそが、やととが掲げる「まるごとおうち」という、新しい暮らしとまちづくりの構想です。

2024年春にオープンしたみんなの広場「souen」。地域の有機的なつながりの場になっていた

「今の時代、おじいちゃんやおばあちゃんが、大きなおうちにぽつんと一人で暮らしている、という現実がこの谷戸にもたくさんあります。家族のあり方が変わってしまったのだとしたら、もう『おうち』のあり方自体が変わってしまってもいいんじゃないか。そう思ったのが、この構想のきっかけです」。

「1つの家の中にすべての機能を閉じ込めて完結させようとすると、その中で孤立しがちになってしまいます。そうではなく、おうちの機能をちょっとまちにひらいてシェアしてみる。ご飯を作りに外に出て、本を読みに少し歩いて、移動する。あえて少し移動しながら暮らすことで、ご近所さんとすれ違ったり、立ち話をしたりする『偶然の出会い』や『暮らしの余白』が生まれるんです。そのほうが、今の時代において、ずっとあたたかく豊かな暮らし方なんじゃないかと思っています」

2026年8月、クラウドファンディングで集めた資金をもとに古民家をリノベーションした宿「実間」がオープンした

原体験は「おばあちゃんのふりかけ」。手作りの暮らしへの憧れと、見過ごされた価値に目を向ける草木染め

藤原さんは神奈川県出身ではあったものの、谷戸とは接点のない生活を送ってきました。なぜ、この場所に移住し「やとと」を始めるようになったのでしょうか。

「『やとと』は、地域活性化プロジェクトチームである『Homiiie(ホミー)』の活動がもとになっています。7年ほど前に谷戸にたどり着いたメンバーの一人から、この地で新たな地域づくりをしようと声をかけてもらい、一員としてホミーの活動に加わりました。最初に関わったプロジェクトが「tokotonベース」の立ち上げです。当時の私は住まいのある横浜から通っていましたが、『生活するには不便な場所だな』と思っていました」

しかし、「活動するなら地域に根付きたい」と思っていた藤原さんは、約3年前の2023年、正式に谷戸に移住。地域で暮らすようになると、「不便さ」としか見えなかったものが、全く違う意味を持ち始めたと言います。

大型商業施設もある汐入駅から徒歩10分の急斜面に広がる谷戸地域。車が進入できない不便さと、緑豊かな静けさが共存している

「暮らしてみて初めて、この場所が持つ本当の豊かさに気づいたんです。駅の下に降りれば便利な都会のまちがあるけれど、たった10分坂を登るだけで、全然違う静けさと、豊かな自然が広がっている。慣れてしまえば、この坂道を毎日登るのもちょっとした運動になります(笑)。それに、車が入って来られないということは、良さでもあるんです。子どもたちが走り回っていても安全ですし、坂の途中で自然の木の実やおもしろい石を拾って遊び始めたりするのも、この坂道と階段があってこその良さだなと感じています」

そして何より藤原さんが魅了されたのが、ご近所のおじいちゃんやおばあちゃんたちとの顔の見えるあたたかなつながりでした。

「問室」で開催されたイベント終了後の藤原さん(一番右)。イベントには町内会会長がいつも見に来てくれるという

「道が狭いということは、豊かさでもあるんです。広い道では誰とも話さず前に進めますが、道が狭いとすれ違うときに自然とあいさつをしたりする機会が生まれるんです。そんな暮らしをしているうちに、いつの間にかお祭りや地域の草刈り活動などにも、住人の一人として当たり前に参加するようになりました」

外から地域を支援するのではない、このまちに暮らす当事者として自然体でそこにいること。そのあり方が、助け合いながら暮らす谷戸の温かな関係性を育む土台になっています。

いまでは気づかぬうちに、地域の方が「問室」の周りの草をきれいにお掃除してくれることもあるそう。こんなお話から、藤原さんが地域住民の方と信頼関係を構築している様子が伝わってきました。

綿素材の草木染ワンピースは、谷戸に自生する身近な野草を摘んで染め、ご自身で作られたもの

取材中、藤原さんが着ていた草木染めのワンピースが、自然の色ならではの色彩でとても美しく映えていました。

「これ、実はこの谷戸の近くで採れた植物なんです。地元の美術家・山本愛子さんに手ほどきを受けながら草木染めしたものなんです」と、うれしそうに教えてくれた藤原さん。

実間では、谷戸に生い茂る植物を使った草木染めや、ハーブを使った蒸留を通して、谷戸の「豊かな暮らし」を体験することができます。藤原さんが「暮らしの豊かさ」に目を向ける背景には、自身のおばあさんとの原体験がありました。

「私にはいわゆる『田舎の祖父母の家』というものがなかったんです。実家は神奈川県の川崎市で、両親が共働きだったため、ずっと同居していたおばあちゃんに育てられました。おばあちゃんはもともと、地方の田舎で畑をやったり手作りをたくさんしていた人だったので、都会の川崎に住んでからも、庭でちょっとした野菜を育てたり、一緒にふりかけを作ったりしてくれました。だから、私の中に『田舎の田園風景』としての故郷はないけれど、おばあちゃんと一緒に手を動かした『手作りの暮らし』への強い憧れが、ずっと根底にあったんです」

就職し、都会で働きながらも「いつかは自分も自然に近い地方で手作りの暮らしをしてみたい」と思っていた藤原さん。しかし、突然遠い地方に飛び込むのはハードルが高く、二の足を踏んでいました。そんなとき、偶然出合ったのが、谷戸でした。

「ここで暮らし始めて、自分は緑に囲まれてこういう手作りの暮らしが好きなんだなと、原点に戻ってきた感覚がありました」

「問室」で開催されたワークショップでは谷戸に自生する春の草木を使った染物体験を開催した

その「手作りの暮らし」への憧れと、美術家・山本愛子さんが開催した問室での草木染めワークショップの広がりから、「実間」での体験プログラムが生まれました。

「パッと見渡すと、谷戸の斜面に生えているのは全部ただの『雑草』に見えますよね。でも、よく見るとヨモギやセイタカアワダチソウなど、本当にたくさんの種類の植物が自生している。そして、それらを摘んで煮出して布を染めてみると、驚くほど全く違う鮮やかな色が浮かび上がってくるんです。

豊かさというのは、遠くにある特別なものではなくて、目の前にあるものの美しさに、自分自身が『気づけるかどうか』。草木染めを通して、それまで見えなかった価値が『見えるようになる』。『実間』に地域の野草を用意しているのも、宿泊者の方が五感を通してその土地を知るきっかけになればと思って設計しました」

リノベーションした宿「実間-minoma-」では、宿泊者が地域の野草を使い、蒸留水や草木染をつくる空間がある

会社員と並行した起業。暮らしているからこそ見えてきた坂の上にあるインフラの大切さ

藤原さんは、現在も会社員としてフルリモートでまちづくりの仕事に携わりながら、起業しています。自分でリスクを背負って事業を動かす会社経営の経験は、会社員としてのクライアントワークにおいても、自信と根拠を持った提案ができるようになるという、大きな相乗効果を生んでいるそうです。

「会社経営では、自分たちがリスクを背負って運営します。現在は、ここ『問室』を平日の日中に撮影スタジオとして法人に貸し出したり、週末は本を通じた対話の場としてひらいたり、『実間』での宿泊事業を基盤としながら、将来的にはこのエリアで自立した経済循環の仕組みを構築しようと模索していますね」

谷戸での取り組みを続けるなかで、藤原さんのもとには、地域のおじいちゃんやおばあちゃんから「空き家になって困っている。あなたたちなら、きっとこの家を良い場所にしてくれるから、使ってもらえないか」という、切実な相談が直接舞い込むようになりました。すでに3軒の空き家を再生し、現在は4軒目のプロジェクトも動き出しつつあると言います。

「空き家が増えていくのは確かに地域の課題です。でも、私たちはそれを『自分たちの暮らしをより良く、おもしろくしていくための、新しい可能性を含んだ余白』として捉え直しているんです」

2023年。空き家を仲間たちと改装している当時の様子。この場所が今は「問室」になっている

「これからこのまちでやりたいことの構想はたくさんあります。空き家の片付けのときにまちの人が持ち寄ってくれた古いけれどまだ使える家具や、大工道具、生活資材を1カ所にストックして、みんなで共有して使えるような『シェアストレージ』。高齢の方や、小さなお子さんのいるご家族が、重い洗剤や水を坂の下から抱えて登る必要がなくなる『量り売りスタンド』や、重いお布団も楽に洗える『コインランドリー』。

これらが坂の上の一角にあれば、もっと暮らしが快適で、安心して住み続けられる場所になるんじゃないか。そんな妄想を膨らませながら、実際に何が実現できるか考えを巡らせています」

余白があるから重なり合う、「機能が限定されていないお店」がうみだすあたたかい連鎖

最後に、藤原さんにとって、地域にあるといい『お店』とは、どんなお店かを伺ってみると、少し考えたあと、このように答えてくれました。

「『機能が限定されていないお店』が地域にあるといいな、と思っています。たとえば『ここはレストランです』と決めて機能を1つに限定してしまうと、お客さんはただ『ご飯を食べるため』だけに来て、食べてそのまま帰ってしまいます。もちろんそこにも価値はありますが、それだけだと、それ以上の新しい関係性やひろがりは生まれにくい。

そうではなく、『問室』のように、余白があり、用途が決まりきっていない場所。そのような場所が地域にあると、偶然同じ空間に居合わせた人たちの間に、思いがけない出会いや助け合いが生まれるんです」

「問室」で開催される草木染ワークショップを主催する藤原さん(一番右)

「たとえば、問室も、『古民家』だと言えば単なる『古民家』でしかないけれど、それをひらくことで出会うこともなかった人たちとの出会いが生まれます。あるときはワークショップとしてイベント会場になる。またあるときは作品を展示してギャラリーになる。そこで出会った人たちがつながり、次の取り組みが生まれる。 

そういう、ひらかれた場・ひらかれた会話から、予想もつかない連鎖が自然に生まれていく場所。それこそが、これからの地域にあるといいお店の姿なんじゃないのかな、って思います」

人がゆるやかに行き交う「余白」があるからこそ、意図していなかった出会いや助け合いが、ごく自然に生まれつながっていく。

藤原さんたちがこの谷戸で紡ぎ出す日常の風景は、そんな「用途が決まりきっていない余白」から生まれる、可能性のひろがりに満ちていました。

この記事を書いた人
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1984年東京生まれ。日本大学芸術学部卒。 20代は地元と銭湯好きがこうじ商店街での銭湯ライブを開催。
1000人以上の老若男女に日常空間で非日常を満喫してもらう身もこころもぽかぽか企画を継続開催。2018年からETIC.に参画。

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