社会・公共

地域の風景・会話・文化が価値になる。──地方にしかないデータをAI・Web3.0で産業へ【WISE GOVERNMENT シンポジウム(3)前編】

「自分の住むまちの未来を、誰がつくっているのだろう?」

人口減少や少子高齢化、財政の縮小…。私たちが直面する課題は複雑化し、行政サービスだけでは応えきれない領域が確実に広がっています。もし行政や起業家、そして私たち住民が垣根を越えてフラットに連携し、共に地域の未来を考え、実行できるとしたら──。

そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。

本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第3弾「WISE GOVERNMENT×アート・エンターテイメント=新産業を興す!」の要約をお届けします。

<登壇者> ※左から
新井 モノ(あらい もの)さん AiHUB株式会社 代表取締役CTO / AIアーティスト / エンジニア 
吉田 勇也(よしだ ゆうや)さん 株式会社HARTi 代表取締役社長CEO

<ファシリテーター>
本嶋 孔太郎(もとしま こうたろう)さん 弁護士/RULEMAKERS DAO 発起人/日本DAO協会 発起人 

※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。

Web3.0時代の最新テクノロジーをローカルでどう活かしていくか

本嶋:今回進行役を務めます、弁護士の本嶋です。

今回のシンポジウムでは、「どうすれば持続的に価値を生み出す地域や産業をつくれるのか」、「それを支えるテクノロジーをどう活用したらいいのか」、「地域の行政や民間企業などとどのように役割分担できるのか」といった問いについて議論できればと思います。

それでは、1人目のゲストのご紹介です。情報を受け取ることが中心だったWeb1.0、SNSに代表されるように双方向の発信ができるようになったWeb2.0を経て、現在はユーザーが自分たちでプラットフォームやルールを管理する、分散型のWeb3.0(ウェブスリー)の時代だと言われています。

このWeb3.0時代の技術を活用してクリエイター支援事業などに取り組んでいるのが、新井モノさんです。

新井:エンタメ×テクノロジーの領域で活動しています、AiHUB株式会社の新井です。2022年頃から本格的に、画像生成AIを中心としてさまざまなAIの開発に取り組んできました。自分でも絵を描いたり、複数のAIを組み合わせて使う「AIオーケストレーション」という技術の研究開発をしたりしています。

AiHUB株式会社の公式サイトより

風景、会話、文化…地方創生のカギは「地方にしかない」データのAI活用

本嶋:現在AI技術はどのような進化を遂げているのでしょうか。また、人間のクリエイターはそれをどう活用すべきだとお考えですか。

新井:これまでのAIは、「テキストだけ」「画像だけ」というように、1種類の情報しか扱えないことが多かったのですが、最近はChatGPTのような複数の種類の情報(モード)を同時に扱える「マルチモーダル(multimodal)AI」が主流です。

これによってAIの進化は非常に速くなりました。1枚の絵から3D映像を生成したり、AIと自然におしゃべりできたり、2ヶ月ごとに「え、もうこんなことできるの!?」と驚くようなことが起きていますよね。

技術を進化させていくには、行政・民間・クリエイター、そしてデータを持っている人たちが最初からチームとして動くことがとても重要です。あとから別々にやるのではなく、最初からみんなで協力することで、今までにないAIの性能を引き出せるようになると思います。

さらにAIはコストもどんどん下がっていて、誰でも使える「コモディティ(汎用品)」になってきています。ですが、すごいAI技術があるからといって人間がいらなくなるわけではありません。

AIを活用して優れた作品を生み出すには、やはり専門知識をもった人間が、独自の感性に沿ってマネージャーとしてAIを使いこなすことが大事です。優れたアーティストが優れたAIを使うことで素晴らしい作品が生まれます。

本嶋:今回のシンポジウムでは「WISE GOVERNMENT」を大きなテーマとして掲げていますが、ローカルではAIをどのように活用していけるのでしょうか。

新井:地方創生の文脈で考えるなら、そこに暮らす人たちの生活や会話、風景、文化など、その地方にしかない、その企業しか持っていないようなプライベートデータを活用し、ある用途に特化したAIを開発することで、地方からもグローバルに成功するようなスタートアップが出てくる可能性があるのではないでしょうか。

たとえば富士山の画像生成に特化したAIモデルなどが考えられます。1枚出力するごとに1万円とすると、このモデルを世界中で日常的に使ってもらえば数億円規模の利益を生み出すことができます。広告や映像作品など、いろいろと活用してもらえそうです。

またECサイトや音楽アプリのおすすめ機能に代表されるようなパーソナライゼーションAIを活用すれば、子ども一人ひとりに合わせて個別最適化された教育も可能です。これからの時代は、それぞれの個性に応じた細かいケアや、そこにしかないものの価値が大きくなってくるので、そこに地方再生のカギがあるように思います。

本嶋:ありがとうございました。「何を生み出すのか」「なぜつくるのか」というディレクションの部分は人間が担うべき大事な役割ですね。価値やサービスの受け手は世界中に広がっているので、何が必要とされるのかを見極め、AIなども活用しながらどう形にしていくかがますます重要になりそうです。

世界に通用する新産業を構想するための、「ハレとケからスターを生む」という考え方

本嶋:ここで私から問題提起をさせてください。新たな価値を生み出そうとする場合、これまでは課題や困りごとを解消していこうというアプローチが中心だったように思います。ですがそのやり方だと、本当に生み出したい価値に直接向かうことができません。

そこでまずは理想を描き、生みだしたい価値を設計してから、実現に向けて小さな実証事例を積み重ねながらブラッシュアップしていくという転換が必要です。

本嶋:そして日本の地方から世界規模で展開できるような新産業を構想する上で大事になるのが、「ハレとケとスター」という考え方です。

「ケ」というのは日常や地域における価値創造を表しています。ここではローカライズや個々のデータの蓄積が起こります。そして、「ケ」における活動の目標となる「ハレ」の場が、コミックマーケット(マンガ・アニメ・ゲームのファンが自作の作品を展示・販売する世界最大級の同人誌即売会)に代表されるようなお祭です。

「ハレ」の場では関係性が構築され、その関係性が日常や地域における価値創造にも還元されます。この「ハレとケ」の相互作用の中で、スターに該当するような個人やIP(Intellectual Property:知的財産 ※1)が生まれます。これらがグローバルに展開していくことで、新たな変化を生み出し、業界全体を牽引していけることが理想です。

漫画・アニメ・ゲームといったエンターテインメント分野では日本に優位性があり、東京に限らず地方においても新たな産業を生み出せる可能性があると思います。本日は大きな座組みの中で、どのように「ハレとケ」の循環の中からスターを生んでいくかという議論もできればと考えております。

これについては、もう1人のゲスト・株式会社HARTiの吉田さんの取り組みを聞くとイメージしやすくなるのではないでしょうか。吉田さんに自己紹介と合わせてお話ししていただきます。

1:人間の知的活動から生まれたキャラクターや物語などの創作物の総称で、アニメ・ゲーム・映画といったビジネスの元となる重要な資産

「本気で人を動かす力がある」IPコンテンツが、ローカルな人の流れも生み出していく

吉田:株式会社HARTi代表の吉田です。現在、日本と中東のバーレーンの2ヶ国で、アートやエンターテインメント領域の事業を展開しています。日本の次の産業を考えたときに、エンターテインメント、広く言うと、感性や人間であることの価値が評価されていくだろうと思っていて、「感性が巡る経済を創る」というビジョンを掲げて活動してきました。

日本のIPを世界に届ける上で一番大事なのは、それを生み出していくコンテンツの作り手です。国産企業がきちんとプラットフォームを整え、日本のIP資産が海外流出することがないようにしなければなりません。

国内だと実感がないかもしれませんが、ゲーム市場や日本発のアニメは海外でも非常に盛り上がっています。特に富裕層には日本のIPをきっかけに訪日する人も多く、日本の長期的発展を考えたときにIP産業の育成や振興は欠かせません。

「推し活」の広がりからも伺えるように、国内外を問わず、コンテンツの力は本気で人を動かします。たとえば鉄道会社4社と合同でNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン ※2)がもらえるスタンプラリーを実施した際は、3,000人もの人がIPコンテンツを求めて5つの駅を周遊するということが起きました。

こんな風に、自分の好きなものや推しているものを原動力に人が動くという世界があるんです。今後は東京だけではなく、IPの力で地方にも国内外から人を集めることができると考えています。

2:画像や音楽などのデジタルデータに唯一無二の価値を持たせられる仕組み

生成AIの仕組みとは?カギを握るのは他にはない独自の学習モデル

本嶋:続いて、ローカルでIPから価値を生み出していくためのアイデアや構想などがあればお話しいただけますか。

新井:山梨県のような地方でも、今トレンドの生成AIを活用して産業を広げていくことが可能だと思います。生成AIというと難しく思われがちですが、仕組みは簡単です。

まず、パソコンに内蔵されるグラフィックボード(GPU)という、画像や映像を表示したり処理したりするための装置に学習モデルを読み込ませます。そうすると、テキストだけではなく画像・映像・音声・3Dまで生成できるようになります。

新井:そして生成AIの競争力を決定づける上で一番大事なのが、この学習モデルなんです。スマホアプリ内で課金すると、15~30%が手数料としてApple社とGoogle社に入っていくという仕組みがありますが、生成AIもこれと同様のビジネスモデルとなっています。

生成AIの場合、最も強いのは学習モデルの所有者です。さらに生成AIは全産業に波及していくので、下手をするとGDP(国内総生産)の30~50%が学習モデルの所有者にもっていかれてしまうほどの可能性を秘めています。だからこそ巨額の投資が行われているんです。

学習モデルの開発ではインターネット上にあるデータを読み込ませることが多いのですが、一方でネット上では拾えない、特定の企業や個人、地域にしかないデータも大量にありますよね。冒頭でもお話ししましたが、こういったデータを学習させたモデルを開発することで、地方発のグローバル産業を生み出しうると考えています。

たとえば各地の自治体が開催しているフォトコンテストなどで集まった日本の風景なども、有効なデータセットです。「お寺」というワードで検索したり生成したりすると、日本のデータが少ない現状では中国のお寺が出てきてしまいます。

そこで、日本の日常風景や、方言をはじめとする音声、各地に伝わる伝統芸能の映像データなどを集めて学習させれば、貴重な学習モデルとして販売できます。

さらに、NFTに代表されるようなWeb3.0の仕組みを活用すれば、データを提供してくれた人や作品に関わった人をトレースして、利益を還元する仕組みもつくれます。

日本の特定のアニメ会社だけがもっているデータを基に学習モデルを開発し、それを活用して作品をつくる。そういった作品群から世界的なヒット作が生まれ、利益が関係者に還元される。

さらにそのデータが学習モデルにフィードバックされ精度が上がっていく……といったサイクルを作ることが重要です。最初は小さなネットワークでも、広がっていくにつれてよりよいエコシステムが生まれていくと思います。

>> 後編 AIは地方のチャンスになるのか。──新産業創出のために、いま行政が担うべき役割とは

<登壇者プロフィール詳細>

新井 モノ(あらい もの)さん
AiHUB株式会社 代表取締役CTO / AIアーティスト / エンジニア
PM/Pdm/アーキテクトとして、エンタメ×Tech領域を中心に数多くの起業/プロジェクトを手掛ける。日本Linux協会、日本医師会ORCA管理機構”ORCA Project”の立ち上げに参画。Web3領域では和組DAO Adminとして、和組SBT(SoulBoundToken)開発、カンファレンス登壇、イベント、web3勉強会、壁打ち多数。2019年OpenCVを利用したIoT機器”配電地上機器向けシティキオスク”の設計開発を通じて画像AIに触れたことをきっかけに、2022年よりStableDiffusionをはじめとしたAI画像生成系オープンソースソフトウェアのコミュニティ開発に取り組む。現在は企業が安心して利用できるAI基盤モデルのブロックチェーントレーサビリティの確立に尽力。AI×Web3のクロスオーバーを目指して、AiHUB株式会社を設立。AI研究開発、ユースケース開発、社会実装に力を注ぐ。

吉田 勇也(よしだ ゆうや)さん
株式会社HARTi 代表取締役社長CEO
1995年、広島県生まれ。広島大学附属福山高校、中央大学法学部法律学科卒業。19歳で起業し、フランス語のオンライン塾を経営したのち事業譲渡。世界40カ国をバックパッカーとして巡り帰国。2017年、英国・ウェストミンスター大学でアートマーケティングを専攻。2019年、HARTiを創業。東洋経済「すごいベンチャー100」に掲載。2020年、Plug and Play JapanのBrand&RetailにてAward受賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2020に採択された。

本嶋 孔太郎(もとしま こうたろう)さん
弁護士 / RULEMAKERS DAO 発起人 / 日本DAO協会 発起人
2017年東京大学法学部卒業後、一般社団法人zingzing設立、弁護士登録、森・濱田松本法律事務所入所、RULEMAKERS DAO(2022年)や日本DAO協会(2024年:Rep Holder就任)、共創DAO/100万人DAO(2024年)といったDAOを立ち上げるほか、2020年、香川県移住を契機に森・濱田松本法律事務所退所。現在、30以上のDAO設立を支援。ソーシャルコーディネーターとして、伊勢神宮のお膝元でのプロジェクト、北海道道南でのDAOプロジェクト、イヌのお祭り等のコーディネートを行った。テクノロジーと文化とを調和させつつ、 バーチャルでは、無限の生き方、繋がりからリアルでは、少人数で自給自足・意思決定をし、「人らしく」「人間らしく」生きられる無数にあるコミュニティから選択して生きていける世界の実現を目指している。専門は、スタートアップ法務、テクノロジー法務(医療・薬事・web3・データ・AI等)。主な著書に、『ヘルステックの法務Q&A』(商事法務、2022)、『60分でわかる!改正個人情報保護法 超入門』(技術評論社、2022)。


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この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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