※本記事は寄稿記事です

和歌山県田辺市が実施する関係人口創出プログラム「TANABEES」。地域外の人材と地域プレイヤーが継続的につながりながら、地域課題の解決や新たな価値づくりに取り組むプロジェクトです。
今回、地域プレイヤーとして参加するのは、日本三美人の湯・龍神温泉で知られる田辺市龍神村で「菓子工房 HOCCO(ホッコ)」と「atta cafe」を営む榎本さんご夫妻。移住者として地域に根を張りながら、地元食材を活かしたお菓子づくりや、龍神村ならではの魅力発信に挑戦しています。TANABEESでは、「atta cafe」を龍神村の名物カフェにするべく、事業のブラッシュアップを目指します。

榎本大志(えのもと ひろし)さん、恵(めぐみ)さん
「菓子工房 HOCCO」「atta cafe」店主
2020年、埼玉県から和歌山県田辺市龍神村へ移住。地域の素材を生かした洋菓子店「菓子工房 HOCCO」を開業し、国産小麦や甜菜糖、和歌山県産の旬のフルーツなど、素材にこだわった身体にやさしいお菓子づくりを続けている。2022年には2号店「atta cafe」を、道の駅「水の郷 日高川 龍游」の隣にオープン。2024年からはランチ営業も開始し、龍神村ならではの自然や食の魅力を楽しめる場づくりにも取り組んでいる。
※記事中敬称略
地域の素材と経験を、洋菓子という形で届ける

──はじめに、榎本さんご夫婦が「菓子工房 HOCCO」「atta cafe」で取り組んでいる事業について教えてください。
大志:「菓子工房 HOCCO」では、地元の果物を使ったケーキやプリンなどの洋菓子を製造・販売しています。また、店舗だけではなく、たんぱく質を控えたお菓子の通信販売も行っています。
「atta cafe」では、スイーツの提供に加えて、ランチ営業も始めました。龍神村を訪れた方が、ゆっくり過ごせるような場所にしていきたいと思っています。

──もともと埼玉県で暮らされていたお二人が、龍神村へ移住し、事業を始めようと思ったきっかけを教えてください。
大志:都会であくせくと働くなかで、もう少しゆっくり暮らしたいという気持ちがありました。自然のなかで暮らしながら、自分たちのペースで仕事ができたらいいなと思ったんです。
恵:実は「菓子工房 HOCCO」は、埼玉県に住んでいた頃に立ち上げました。きっかけは、私自身の病気です。腎臓を悪くして食事制限が必要になった時期もあり、「なんで私が」と何度も思いました。
でも、「もし元気になれたら、新しい人生を始めたい」と考えるようになったんです。それで、パティシエになるために学校へ通い、起業しました。
その後、腎臓移植をして、今では何でも食べられるようになりました。第二の人生として、自分が経験したことを生かしたお菓子づくりをしたいと思ったことが、すべての始まりです。
──通信販売でたんぱく質を控えたお菓子の提供もされている背景には、恵さん自身のご経験があるのですね。
恵:そうですね。自分自身が食事制限を経験したからこそ、「同じように食べたいものを我慢している人に、楽しめるお菓子を届けたい」と思ったんです。

──以前、大志さんは田辺市が実施する起業塾「たなべ未来創造塾」(以下、未来塾)にも参加されていましたね。現在もつながりは続いていますか?
大志:はい。未来塾に入ったことは本当に大きかったです。未来塾でいろいろな人と出会ったことで、仕事につながったり、仕入れ先を紹介してもらったりしました。
TANABEESの地域プレイヤーである、鈴木ぶどう園の鈴木さんも未来塾の先輩の一人です。
あるとき、鈴木さんが「直売所で、一緒にスイーツを販売しないか」と声をかけてくださって、シャインマスカットを使った商品を販売するようになりました。すると、新しいお客様に「あのお店、知ってるよ」と言ってもらえる機会がぐっと増えたんです。田辺市内での認知度が一気に上がった感覚があります。
人とのつながりって、地方で商売をするうえで本当に大事ですよね。
──未来塾の集まりなどにも積極的に参加されているそうですね。
大志:そうですね。最初は「行かなあかんな」くらいの気持ちでした。でも、行けば行くほど新しい出会いがあります。
役所の方から「そんなに地域の集まりに出る人はいないですよ」と言われることもありますが、やっぱり顔を出すことは大切だと思っています。
恵:私はそういう場は少し苦手なんですけど(笑)。そこは主人が得意なので、役割分担ですね。

──「菓子工房 HOCCO」と「atta cafe」で、お菓子づくりに使う素材を選ぶ際、大切にしていることを教えてください。
大志:基本的に、果物は地のものを使うこと。そして、甜菜糖や国産小麦、バターなど、身体にやさしい素材を選ぶことを大切にしています。できるだけ素材そのもののよさを活かしたいですね。
もちろん、和歌山で採れないものは、ほかの地域から取り寄せています。例えば、りんごは長野県の農園さんから仕入れています。信頼できる生産者さんとつながりながら、新鮮な素材を選ぶようにしています。
和歌山は、言わずと知れた果物大国です。梅やみかんなど、本当に美味しいものがたくさんあります。それをもっと多くの人に知ってほしいと思っています。
移住して気づいた、理想と現実。長く続けるためのペースを探す

──移住してみて、想像していた暮らしとの違いはありましたか?
恵:仕入れが本当に大変ですね。都会だったら5分あれば何でも揃う。でも、ここでは「ない」と思ったら片道50分かけて買いに行かないといけないんです。往復すると2時間ですから、時間の使い方は大きく変わりました。
大志:最初は漠然と、田舎に住めばゆっくり暮らせると思っていました。でも、実際に商売を始めると、やっぱり一筋縄ではいかないもので……。
開業してからは、「お客さんに喜んでもらいたい」という気持ちもあって、近隣で開催されるマルシェに出たり、新しいことに挑戦したりと忙しくしてきました。
でも、無理を重ねた結果、2025年の6月に体調を崩して、危うく死にかけたんです。
──なんと、それは大変でしたね……。健康について、再び考えるきっかけになったのですね。
大志:そうですね。以前は「もっと頑張れば、もっと暮らしがよくなる」と思っていました。
でも、自分が倒れてしまったら、店も続けられないし、奥さんにも負担をかけてしまうことに気づいたんです。それからは、身体の調子と相談しながら、自分たちが長く続けられるペースを大事にしています。
恵:田舎暮らしにはいいところがたくさんあります。ただ、病院など生活面で考えなければいけないこともあります。
自然が豊かなことは素晴らしい。でも、それだけでは暮らしていけない部分もあると感じています。
「昭和の夏休み」をリアルに体験できる場所へ

──榎本ご夫婦が感じる、龍神村の魅力とはどのようなところでしょうか?
大志:僕は、古き良き日本を感じられるところだと思っています。
25年くらい前に、昭和の田舎の夏休みを追体験できるゲームがあったんですけど、あれをリアルで体験できる場所なんじゃないかなと思っています。
川で遊んだり、虫を捕まえたり、地域のお祭りに行ったり……ここには、都会ではなかなか経験できない時間があります。残念ながら海はないけれど、龍神村では、夏休みに田舎のおばあちゃん家へ遊びに来たときのような感覚が味わえると思います。
恵:私は龍神の秋の景色がおすすめです。紅葉で綺麗に染まった山々に感動したことが、移住の決め手にもなりました。
TANABEESを通じて、龍神村に新しい人の流れを

──今回、TANABEESに参加しようと思った理由を教えてください。
大志:一番の理由は、「atta cafe」をもっと唯一無二のカフェにしたいと思ったからです。
最近、隣の道の駅にあるカフェがテレビで紹介されたことで、お客さんの流れが変わってきました。同じことをしていても選ばれない。だったら、「龍神村に行くなら『atta cafe』に行きたい」と思ってもらえる店にしていかなければならないと思っています。

──TANABEESで出会う参加者やコーディネーターには、どのようなことを期待していますか?
大志:参加者のみなさんには、自分たちだけでは気づけない視点をもらいたいです。
例えば、メニュー開発やSNSでの発信方法、「atta cafe」をどういう人に届けばいいのか。外から見た意見を聞きたいですね。
あとは、実際に一緒に手を動かしてもらえるとありがたいです。忙しい時期なので、現場を理解しながら一緒に施策を考えてもらえたらと思います。

──具体的に、解決したい課題はありますか?
恵:テラスをもっと活用したいですね。
とても景色がいい場所なんです。日高川と龍神村の山々を背景に、初夏には藤の花が咲きます。でも、まだ十分に使い切れていなくて……。レンタルスペースにしたり、イベントをしたり、犬連れのお客さんにも楽しんでもらったり。可能性はあると思っています。
龍神村の「わざわざ行きたいカフェ」になる

──TANABEESを通じて、来年2月にはどのような未来を実現したいと考えていますか?
大志:最終的には、「あのカフェに行くために龍神村へ行きたい」と思ってもらえる場所になっていたら嬉しいです。
温泉に入って、龍神の景色を楽しんで、帰りに道の駅でお土産を買って帰る。そんな流れのなかに、この店があったらいいなと思っています。
龍神村には、「龍神しいたけ」や「龍神こっこ」のような、すでにブランドになっている食材があります。
そうした地域の魅力と、自分たちのお菓子や料理を組み合わせながら、「龍神に来たらここ」という場所を作っていきたいです。
──最後に、TANABEESに参加する方々へメッセージをお願いします。
大志:一緒にいいカフェにしていきましょう!そして、みなさんにちょっとディープな龍神村を紹介したいです。
恵:龍神村は、1回来たら絶対好きになる場所だと思います。都会に疲れている人や、少し人生を見つめ直したい人には、ぴったりなのではないかなと。
大志:温泉旅館ももちろんいいですが、古民家のゲストハウスに泊まると、本当におばあちゃんの家に来たような感覚になります。
観光地を見るだけではなく、少し暮らしに入って、龍神村を楽しんでもらえたら嬉しいですね。
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