地方では、ひとつのお店の存在が地域に大きな影響をもたらします。物が売買されるだけでなく、人々の暮らしに新たなつながりや、ポジティブな変化が生み出されています。
今回は、広島県福山市にある鞆の浦(とものうら)という港町で、東京から移住して自宅の土間で小さなパン屋「緒(いとぐち)」を営むことになった長田果穂さんにお話を伺いました。
「パンを売るためにパン屋を始めたわけではない」と語る長田さん。それまでの歩み一つひとつが積み重なって始まった「緒」には、「自分らしいお店」を始めるヒントが詰まっています。

この記事は、特集「移住して始める、地域にひらかれたお店」の連載として、移住後に地域に根ざした活動を行い、まちに新しいつながりやポジティブな変化をもたらしているお店を紹介しています。

長田 果穂(ながた かほ)さん
1991年生まれ、神奈川県育ち。大学卒業後、複数社で会社員を経験し、コミュニティマネージャーとパン職人を両立するため独立。現在は、2011年より学生インターンとして関わっていたETIC.に再び参画し、ソーシャルビジネスの創業支援や企業向けプログラムの企画・運営などを行う。その他、移住先の鞆の浦(広島県福山市)にて夫婦で設立した合同会社コト暮らしの事業として「暮らし観光」の実現を目指す。また、2026年4月よりパン屋「緒(いとぐち)」を開業。ご近所さんと挨拶する日々が楽しい。5歳と2歳の二児の母。
このまちで、あいさつできる関係性の人を一人でも増やしたい
鞆の浦の観光地エリア、海まで徒歩30秒の場所に、長田さんの自宅兼パン屋「緒(いとぐち)」はあります。オープンは2026年4月。東京のフルリモートの仕事を週3日続けつつ、週2日の営業からスタートしました。現在は20種類ほどのパンと、オリジナルブレンドの珈琲などのドリンクをテイクアウトで販売しています。

「少しずつパンの種類や営業日を増やせていけたら……」と語る長田さん。一家で東京から鞆の浦へ移住した4年前は、ちょうど地域にあった最後のパン屋さんが閉店し、一軒もなくなってしまった頃だったといいます。
そうした背景のなか、まちの人に「パンを作ることが好き」と話すと、「パン屋さんがほしい!」と声をかけてもらうことも多くあったのだとか。とはいえ、まさかパン屋を本当にオープンできることになるとは、正直なところ思っていなかったと語ります。
「私、パンを売りたくて売っているわけではなくて、このまちであいさつできる関係性の人を一人でも増やしたいんです。人とのつながりをつくりたくて、手段としてパンを選んでるだけで。パンを買いに来なくても、『ちょっと暑いから涼ませて』と立ち寄ってもらっても全然いいんですよね。
例えば土間にベンチを置いているのですが、息抜きしたいママ友が1時間くらいそこに座って喋って帰っていくこともあるんです。でも、それも私がつくりたい時間だなと感じるんです」

転機はパンのメッカ・京都での暮らし。趣味で作っていたパンと向き合い直すことを決めた日
長田さんのキャリアは、最初からパン一本だったわけではありません。その原点は、東京・渋谷にオフィスがある社会起業家支援のNPO法人ETIC.(エティック)での4年間のインターンでした。100人の社会起業家を支援する内閣府のプロジェクトに携わるなかで、いつしか自分も社会起業家のように人生に全力をかけて働いてみたいと憧れを持つようになったのだといいます。
「ただ、自分もそんなふうに生きてみたいと思った一方で、大学卒業までに向き合う課題が何なのか見えなくて。このままじゃ会社員になるしかないなと思うと、成長できるのかな? このままでいいのかな? という不安が常にありました」
新卒で働き出したのは、東京に本社がある機械メーカー。期待に胸を膨らませるようなスタートは切れなかったものの、全国転勤がある会社で配属された新潟県で出合ったのが「パン」だったと言います。
「お気に入りのパン屋さんがあったんですけど、自転車で15分ぐらいの距離があって、雪が降ったときや道が凍ったときには、危なくて行けない日があったんです。でも毎週絶対そこでパンを買ってコーヒーを飲んで帰るっていうのが、自分の中の習慣としてあって。
友達に車を出してもらっていた時期もあったんですけど、ある日ふと『自分でパンを作ればいいんだ!』と思いついて。家に発酵器やオーブンがあるわけではなかったので、ポリ袋に粉を入れてシャカシャカ振って、お風呂に入ったときに蓋の上にポリ袋をのせて温度管理をしながらゆっくり発酵させてと、自分の環境に合わせた独自の作り方でしたが、パンを作り始めました。
本格的に学ぼうと思った転機は、京都のベンチャー企業に転職したことです。京都ってパンのメッカと呼ばれていて、めちゃくちゃパン屋さんが多くて、しかも全部がおいしかったんですよ。チェーン店も少なくて、クオリティが高くて、すごく感動してしまって。『自分が作っていたパンって、パンって呼んでいいのかな?』とまで感じて、あらためてパンの技術をちゃんと学びたいと思いました。
この先、何者かになりたいけれどなれるような気もしないし、『これだ!』と思えるど真ん中のものに出合えていなかったのもあります。手に職としてパンを作れるようになったら死にはしないだろうという気持ちも、実は半分ありました」
人生で初めて「これだ!」と思えた「コミュニティマネージャー」という仕事
その後、パンづくりの専門学校に通う資金を捻出するため、東京に本社がある大手人材派遣会社に転職したという長田さん。仕事を終えた後と週末に新宿の学校に通って、2年間ほどかけて2017年に専門学校を卒業しました。
「当時は副業がメジャーじゃなくて、もちろん働いていた会社でも禁止でした。でも、せっかく専門学校を卒業したのにこのまま日常に戻ったら、多分パンのことを忘れちゃうだろうなと思ったので、フリーランスになって朝はパン屋で5時から11時まで働いて、午後はコミュニティマネージャーの仕事をしようと決めたんです」

実は長田さん、会社員時代はパンの専門学校のほかにも、モバイルアプリ内のユーザーコミュニティにおけるコミュニティマネージャーを始めて、それが人生で初めて「これだ!」と思えたしっくりくる仕事だったのだそう。
さらにコミュニティマネージャーの集まりで出会った、同じくコミュニティマネージャーだった長田涼さんとご結婚されたことをきっかけに、高円寺にある名物賃貸「高円寺アパートメント」に転居され、ここでの日々が現在の鞆の浦での日々の背景にあるのだといいます。
※DRIVEメディアで長田涼さんの鞆の浦での活動を取材した記事はこちらから
「高円寺アパートメント」は1階がすべて店舗で、2階以上が住居スペースになっている建物。そこにはコミュニティマネージャーが常駐していて、長田さんは仕事でそのコミュニティマネージャーだった方にお話を聞いたことをきっかけに、この場所に関心を持つようになりました。
「高円寺アパートメントで子育てするなかで、子育てを夫婦2人で完結させずに地域の人とみんなで育てる、みんなで暮らす、ということに重きを置けるような暮らし方を模索したいと思い始めたんです。
高円寺では、大きな拡張家族みたいなイメージで暮らせました。『自分たちのことは自分たちでしなければいけない』のではなくて、誰かが旅行で1週間家を留守にするとなったら住人が鍵を預かって、観葉植物に水をあげるなど助け合うのが普通でした。
『棚がここに欲しいんだよね』と誰かが世間話の中で呟いたら、『じゃあ今度の日曜日みんなでDIY活動しよう!』となって、みんなで木材を買ってきて庭でそれぞれ自分が欲しいものを作る会を開くこともありましたね。
例えばハロウィンとかわかりやすい行事のイベントは、一般的なマンションでもあると思うんですけど、『今度引っ越す人もいるし、みんなでフリーマーケットでもする?』とか、住民がぽろっと言ったことからみんなで暮らしを豊かにする方法を考えていく場所だったので、家族の境界線というものを曖昧にしてくれたんだなと思っています」

地域に子育てをひらいていくことを求めて辿り着いた鞆の浦。パン屋も地域に家をひらいていく一つの手段
「もっともっと、地域に子育てをひらいていけないか」──夫婦でそう考え始めた先にあったのが、地方移住という選択でした。いくつかの地域を実際に訪れるなかで、鞆の浦は同世代の移住者の方々や地元の方が持つシビックプライドへの高さが印象的だったのだそう。探すのが難しいとされる賃貸物件との縁もつながり、移住を決意。2年ほどかけて築いてきたパン職人のキャリアは、移住とコロナ禍をきっかけに一度ここで止まります。
鞆の浦で賃貸アパートに住みながらさらに購入できる空き家を探し続けるなかで出合ったのが、現在「緒」のある物件でした。1階の土間でクリーニング屋を営んでいた家主の方が施設に入居と同時に空き家になり、亡くなられたことをきっかけに売り出されたのだそう。価格は、なんと土地代込みで破格の1万円でした。

残された家財類の処分や、雨漏りなどもしている住宅の修繕は自分たちで行うことが条件でしたが、物件は縁だとしみじみ感じていたというお二人は即決。3年ほどかけて友人たちの手も借りながらDIYをしていきましたが、土間の活用法については「地域にひらく」以外、当初は決まっていなかったそうです。
「この家がある場所が、観光地の人通りの多い通りなんですね。もともと商売をされていた場所だったので、それを引き継いでなるべく地域にひらかれた場所にしたい、地域の人がここに立ち寄ってダラダラおしゃべりしたり、居場所になるといいなと思っていて。
その中で、『パン屋をやってほしい』という声がおじいちゃんおばあちゃんたちから届いて。毎日は焼けないけど、たまに焼く程度だったらいいかなと建築士さんを含めて夜な夜な話し合って、とりあえず土間はパンが焼けるような場所で設計を進めようと決めたんですが、どうせパンの機材を置くならお金も借りなきゃいけないし、ちゃんとパン屋としてやったほうがいいよね、と気持ちが固まっていきました」

「お客さんとお喋りしたいから」。店主がパンを取るスタイルだからこそ生まれる交流
こうした道のりを経てオープンした「緒」は、一般的なまちのパン屋さんとは一味違う、長田さんならではの意図と工夫が反映されたパン屋さんになっていきました。
例えば、お店に入るとパン屋おなじみのトングとトレーは置かれておらず、ショーケースにおいしそうなパンが並んでいます。そのパンを眺めて決めてもらって、店頭に立つ長田さんに食べたいパンを取ってもらうという方式なのだそう。

「私がお客さんと喋りたいので、来た人は絶対に私と喋らなきゃいけないように、パンは私が取るんですよ。それで選んでいただくたびに、私がそのパンのおすすめポイントを話したり、『どこから来たんですか?』と尋ねたり、20個とか30個とか買ってくれる方もいるので、『差し入れですか? 誰にですか? 何でですか?』とか、『何で知ってうちに来てくれたんですか?』とか、とにかく喋って。お客さんにとっては嫌かもしれないですけど(笑)。
お店のベンチについてもそうだし、あらためて、やっぱり単純にパンを売りたいわけではないのはずっと変わらないのかもしれないです。でも、コミュニティをつくっているぞという意識はなくて、ただ人と喋りたい、あいさつできる関係性を広げたいんですよね。
友達にもぎょっとされるのは、私はこの辺りに住んでいる人たちがどんな車の何色の何番に乗っているか全部覚えてて、車でもすれ違ったら手を振るんですけど、向こうは気づいてくれないんです(笑)。でも、そうやってまちの外に出ても手を振り合える関係性って、東京ではなくて、鞆の浦だからできているなというのが、このまちに住んでいてすごく楽しいことの一つです。
昨日も、ふと思い立って『16時から家でプールしようかな』って近所の友人にLINEをしたら、友人たち家族が来てみんなでプールして、『晩御飯今日めんどくさいね』となって、『じゃんけんで負けた人が買い物に行って、うちでバーベキューする?』みたいな流れが生まれて。
1カ月前から約束して集まるのも楽しいですが、自然とその日その場で決まっていく感じが居心地いいですし、その場その場でそれぞれがやりたいことをお互いが『いいね』って言って進めていく日々が、拡張家族のような暮らし方だなと思っています」

観光地であり住宅街でもある鞆の浦。まちが大好きな住民とまちを知りたい観光客が混じり合い、良い変化が生まれていくお店にしたい
移住者として地域に根付いたお店を始めること、お店のこれからについて長田さんに尋ねると、このように語ってくださいました。
「移住者として根付いているとまちの人が思っているかは、まだわからないですね。日常のあいさつをちゃんとすることは気をつけているのですが、もっとコミットしなきゃいけない行事もあるなかで、夫も出張が多くて出れないとか、子どもたちもまだ小さいので行けないときも全然ありますし……。
昨日も鞆の浦生まれの同世代の男の子と飲んでいたのですが、『みんな、なんでもっと祭りに参加せんのんかな』って悲しんでいたので、これは肝に銘じてもっとコミットせねばと思っていたりしたところです。
ただ、この地域の祭りは、男の人が準備して男の人が主体でやっていくので、私はあまり出番がなくて。なので日常の部分でまちの飲食店に定期的にご飯を食べに行くようにして、顔を出してしゃべるという機会も意図的につくるようにはしています。
『緒』も、『自分のもの』だという感覚もそんなになくて。水曜日と土曜日しか営業できていないのもあり、間借りでお店をやってくれる人が増えたら、毎日土間に人が集まる風景が生まれてすごくいいなと。少しずつそんなふうに何かをやってくれる人が現れるような取り組みをしていきたいなとも思ってます。
あとは今、鞆の浦に素泊まりの民泊施設が増えてきているのですが、ご飯を食べるところがなくてコンビニで買っている人とかを見かけるんです。せっかく来てくれたのにと、すごく切なくなるので、ご依頼があったらモーニングセットを利用できるようにそれぞれの宿と連携していきたいなとは思っています」

最後に、この特集でお話を伺った方々に尋ねている質問「地域にあるといいお店とは?」を尋ねると、長田さんはこんなお店の姿を語ってくれました。
「鞆の浦特有かもしれないですけれど、観光地であり住宅街なので、そういう人たちが混じり合うような場所が増えるといいなと思っていて。
現状は観光客向けの価格帯のお店、もしくは地元の人しか行きにくい隠れたお店に二極化していて、もう少し間のお店が増えたら外の人が地元の人たちとも会話ができて鞆の浦の魅力が伝わるだろうし、地元の人も外の人たちと喋れていい刺激になるだろうな、と思っています。
実際、鞆の浦の人たちは、歩いてる観光客を捕まえては『どこどこは見たか? あそこには行ったか? あれは食べたか?』と自分から話しかけにいく人もけっこういるんですよ。みんなまちが大好きなので、外と内が交流できるような場所が増えるといいなと思っています」
「緒」の営業日は公式Instagramから確認できます。美しい瀬戸内の海が望める鞆の浦にお越しの際には、ぜひお立ち寄りください。

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