
2026年5月、虎ノ門ヒルズで開催された「Beyondカンファレンス2026」に、多様なセクターから491名が集結しました。第5回目を迎える今回は「個の意志に、組織の動力を。」がテーマ。個人の意志や想いを組織の動力にし、社会を動かすエネルギーへ変えていくために、社会課題解決の最先端を走る挑戦者たちと、実践的なアプローチを議論しました。
今回は、5月16日に行われた共創セッション「Xカーブで描く『次世代地域』への越境~誰も取り残さないトランジションの作戦会議-日立、瀬戸内・直島の事例から」を紹介します。
<登壇者>
佐藤 真久(さとう まさひさ)さん 東京都市大学 教授
本谷 拓磨(もとたに たくま)さん 株式会社日立製作所 社会協創イノベーション事業統括本部 兼 ひたち協創プロジェクト推進本部
内田 真一(うちだ まさかず)さん 公益財団法人福武財団 助成事業部 助成セクション マネージャー
<モデレーター>
腰塚 志乃(こしづか しの) NPO法人ETIC. シニア・コーディネーター
※記事中敬称略
「Xカーブ」で成長と衰退を同時に捉える
冒頭、東京都市大学 環境学部 教授 佐藤真久さんが、世界の産業構造等が大きく変化するなか、日本の地域においても個々の生活基盤やライフスタイル、考え方が急速に変わっていく「トランジション(移行)」状態にあることを説明しました。
さらに、大規模な環境破壊や災害、感染症の広がり、サプライチェーンの寸断、国家間紛争等、昨今の多様な環境・経済・社会・技術・地政におけるグローバルリスクが複雑に相互連関していることを指摘。「一個一個のリスクに対応する時代から、リスクの連間を考えていく時代になりました。これはグローバルだけではなく、世界でのさまざまな変化における影響が地域にダイレクトに来るようになっています。
一方で、少子高齢化、自然災害大国、やり直ししづらい社会、同調圧力が強くてチャレンジしにくいとか日本の社会課題と組み合わせながら、地域課題を捉え直し、そのつながりを見ていくことも必要になります」と述べました。
また、東日本大震災後推進された太陽光発電パネルが自然環境の破壊につながる状況になった例によって、ある時点での解が状況や時間、人の捉え方によって変わってくることを示し、オランダのエラスムス大学トランジション研究所が開発した「Xカーブ」というモデルを紹介(図1)。

従来は上昇曲線(赤ライン)の矢印のみで語られていた変化を、下降曲線(黒ライン)との関係性で捉えることで、解体させていく既存のシステムと構築していく新システムを同時に考えていくという同モデルの特徴を説明しました。
また、各象限について解説(図2)。「①では、既存システムが変わり不安定化し、混乱を生み出していく。まさに日本全国で見られる社会の変化の兆しですよね。②では、さまざまな新しい取り組みやチャレンジが何らか成長の芽を生み出しています。そして③は、①の衰退に至る歴史、②の発展の背景がぶつかるところで、黒と赤が交差し合うカオスな状態。④では新しいシテムができつつも、⑤では既存システムが衰退していく。この5つの視点を意識して、これから紹介される事例を見てほしいのです」と話しました。

市民と共につくる日立の未来
次に企業・団体の担当者から、地域と取り組んでいる事例が紹介されました。最初に、株式会社日立製作所 社会協創イノベーション事業統括本部 兼 ひたち協創プロジェクト推進本部 本谷琢磨さんが、日立市と一緒に進めている次世代未来都市共創プロジェクトについて話しました。
日立製作所は、創業者・小平浪平氏が1910年に5馬力モーターを製作したことに始まり、そこから社会に先駆けてさまざまな技術開発を進めてきました。現在はデジタル技術を中心に事業を展開しています。
茨城県日立市には、日立グループの主要な事業所や工場、研究開発の拠点等多くのアセットがあり、約110年間の歴史の中で、水道や電鉄・バス会社の設立、病院の開院等、インフラ整備を行うことで地域を支えてきました。日立工業専修学校、茨城大学工学部の立ち上げと、高度専門人材の育成にも寄与してきました。しかし今日、日立市は、人口減少、高齢者の増加、公共交通の減便等、国内で起きている課題が先行的に進んだ地域になっています。
そのなかで、「次世代未来都市共創プロジェクト」は、今見えている社会課題を解決するだけではなく、「未来をつくっていく」ことを目指してスタートしました。
日立市と日立製作所は、令和5年(2023年)12月、「デジタルを活用した次世代未来都市(スマートシティ)計画に向けた包括連携協定」を締結。現在、合計170名がこのプロジェクトに参加しています。市役所の中に共創プロジェクト推進本部があり、日立製作所のメンバーが常駐しており、本谷さんもそのメンバーの一人です。本プロジェクトでは、「2031年に日立市のめざす姿」として3つのテーマ(グリーン産業都市、デジタル医療・介護、公共交通のスマート化)を掲げており、日立製作所と日立市役所の担当者は日々対面で検討と議論を続けています。

本谷さんは「これまで、日立製作所は『ものづくり』を通じて、まちの発展を支えてきました。そして、2050年を見据えたこれからのまちづくりでは、市民の皆さん一人ひとりの力やアイデアがより重要になってきます。日立製作所や日立市、市民の皆さんがそれぞれの強みを持ち寄り、『未来の暮らし』をつくっていくことが大切であると考えます。
昨年度より、2035年の日立市の未来の暮らしづくりを検討する『スマート住宅エリア』プロジェクトが立ち上がりました。豊かな自然環境や穏やかな気候、市民性といった『ひたちらしさ』とデジタル技術を掛け合わせて、市民の誰もが安心して住み続けることができる暮らしづくりを目指しています。未来の暮らしづくりに向けた羅針盤として、未来の暮らしのコンセプトを策定しました。日立製作所や日立市役所だけでなく、地域の大学、市民団体、事業者の皆さんにワークショップに参加してもらい、さまざまな視点から暮らしのアイデアを出してもらいました。
今後、そのコンセプトをもとに、デジタル空間上で未来の暮らしを可視化して市民の方に体験してもらい、暮らしへの共感を醸成していく予定です。こうした取り組みを通して、市民や事業者の方々を巻き込んだ共創エコシステムをつくって、持続的なまちの発展を目指していきたいです」と語りました。
アートの活動で、地域にあるものを活かし、これまでにない価値へ
続いて、公益社団法人福武財団 助成事業部 助成セクションマネージャー 内田真一さんが「現代アートによる地域再生の取り組み ~直島から瀬戸内国際芸術祭へ~」と題して取り組みを紹介しました。
福武財団は、ひとが「よく生きる(=Benesse)」ことを理念に、文化芸術による地域振興を事業目的に置いています。「ベネッセアートサイト直島」は、1987年以来、企業・ベネッセ創業の地である岡山県の面する瀬戸内海の三つの島(直島・豊島・犬島)を舞台にアート活動を展開してきました。
瀬戸内海の島々は、日本で最初の国立公園に指定された景観を持っていますが、日本の近代化による環境破壊、産業配棄物の投棄、産業の衰退による過疎化等、さまざまな社会課題の集積地にもなってきました。
ここでの文化芸術を活用した地域再生として、直島(なおしま)での古い民家を修復・保存・復元させながら、現代アートの空間として再生させる「家プロジェクト」や民家に屋号の表札やのれんを配するプロジェクト、廃墟になった精錬所を美術館として蘇らせた犬島(いぬじま)のプロジェクト、16年に渡る産業廃棄物の不法投棄で汚染された豊島(てしま)の棚田を復活させながら美術館を創る取り組みと、それぞれの島の歴史をベースに、これまでにない価値を創る多様な活動を、約40年かけて行ってきました。
その結果、世界中から取材が入り、過疎地を文化の力で地域を再生していくことを「直島メソッド」と呼ばれるようになっています。
福武財団では、日本全国の社会課題に対し、文化芸術による地域振興を助成する取り組みも行っています。自然など土地の持つリソースや固有の地域性を浮き彫りにするもの、現代社会において今後重要度が高まる介護に関連する取り組み、被災地におけるアート作品の重要性を考えるもの等、アートを媒介に地域課題とそこに住む人に向き合う団体の多様な活動を、さまざまな形で支援しています。
現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」は2010年からスタート。3年に1度約100日間の会期で開催されています。6回目となる2025年には、香川県の沿岸部約80キロ、全17エリアで展開。訪れた人々は船で移動してアート作品を巡り、同時に瀬戸内の海、島々の景観や各エリアの持つ歴史や文化を楽しむことができます。
来場者数は約100万人、ボランティアサポーター総数は約1万人、香川県内における経済波及効果は約200億円、収支差額も約1億円の黒字(香川県発表)と、日本を代表するアートの祭典となっています。
実行委員会は、香川県をはじめとする14の自治体や福武財団など計49団体からなり、開催を支えています。協賛企業は280社を超え、金銭だけではなく物品、ボランティア等の提供も行っています。自社の技術を使って実証実験をしたり、新たな事業連携をしたり、同芸術祭との共創により新たな企業価値をつくろうとする試みも生まれています。
また、実行委員会は株式会社ベネッセコーポレーションと共催で「SETOUCHI企業フォーラム」を開催し、「企業がいかに文化活動や社会課題に向き合うか」について経営層やリーダーたちが集まって情報共有や交流を深めています。

内田さんは「芸術祭は3年に一度の発表会、いわば“ハレ”の日。けれども、それ以外の3年間の日常(“ケ”)がより重要で、日々の活動と芸術祭をどう接続するかに知恵を絞っています。芸術祭の経済的な効果や来場者の高評価は大事ではありますが、地域の住民が『芸術祭があって良かった』と思ってくれないとやる意味はないのです。
男木島(おぎじま)で小・中学校、島民に芸術祭のボランティアが加わり運動会を行われているように、外から入ったボランティアと島民が地域活動にお互いに参画し合うようになっています。このプロセスそのものが一番重要だと思っているのです。実際に若い移住者が増えて、休校していた小・中学校が再開するようなことも起こりました」と述べました。
異質な他者との協働と偶発的な出来事の活用で、自己変容ができる地域へ
佐藤さんは、二つの事例を「Xカーブ」の視点から分析。上昇曲線(赤)と下降曲線(黒)両方の視点から各事象で起こっていることを振り返りました。
日立の事例では、経済成長の中で企業と行政が一緒にまちに必要なインフラを整え暮らしを支えてきたゆえに、地域の主体性が育まれていなかったこと、市民が中心となる共創社会をつくっていくにあたり、企業城下町として培ったものづくりが基盤になっていること。
瀬戸内においては、高度経済成長を支えた製鉄所や石油化学コンビナートと重化学工業の集積地となっていたのが産業構造の変化で経済が衰退してきたこと、アートが地域になじむかどうかを模索しつつ、産業廃棄物や廃墟等、放置されてきた負の遺産を新たな価値に転換させてきたことをあらためて説明しました。
また、特にトランジション(移行期)において、これまでの構造が外部の環境変化の影響で不安定な非平衡状態になり、内部の個々の要素が互いの相互作用によって新たな構造をつくる「自己組織化」し続けることで安定を保つことを示しました(図3)。

佐藤さんは、「二つの事例とも、地域住民、行政、企業・団体、大学等、異質なメンバーが時間を掛けて信頼関係を築いてきたことの上に成り立っていました。我々自身が多様な他者と協働して互いに学び合うことによって解を更新していく時代がきているのです。予期せぬトラブルや偶然の出来事をポジティブに捉えて活用しながら、自ら変化し続けられる地域になることが重要になっているのです」と締めくくりました。
参加した環境省 大臣官房地域政策課 地域循環共生圏推進室 室長補佐 菅谷真実さんは、佐藤さんが研究会の座長を務める「地域トランジションモデル構築事業」の概要を紹介。
火力発電や製油所等、地域経済を支えてきた産業が脱炭素社会への移行の要請で撤退・縮小を余儀されている背景と、あらためて地域資源を掘り起こしが求められることを説明し「自治体も企業も住民も、依存ではなく共創にマインドを変えていくのに苦労しています。今日の議論を聞いて、多様なメンバーが混じり合う『場づくり』が大切だと思いました」と話しました。
また、ほかの参加者からは「新しいシステムと既存のシステムは対立構造だと思い込んでいたのですが、これまで培ったものを新しい視点で生かしていく、という発想になりました」「より良い未来に向けて移行していくときの時間軸も重要だと思いました」と、「Xカーブ」で捉えることで複合的な視点を持つことの助けになるという意見が出されました。
弁証法的関係で対立を超えた進化を
企業と地域、行政と住民、立場が異なる故の時間軸や価値観が違いは、筆者の認識では、ものごとを進める上で支障と捉えていましたが、佐藤さんの提唱する「自己変容型知性」では、むしろ異なる複数の意見や矛盾する考えを生かして、時にはぶつかりながら対話を重ねる弁証法的関係を構築することで、個人も、社会も変わり続けることを大事にしています。その構えが、この先の見えない時代にあって、地域がトランジションしていくポイントになることを、実例からも学んだセッションでした。
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