ローカルベンチャー

高齢化率49%の町がAIを導入。職員にしかできないクリエイティブな挑戦へと踏み出していく──鹿児島県錦江町役場【ローカルベンチャーで変容する地域(9)】

ローカルベンチャー推進で、地域は変わったのか。

2016年にスタートしたローカルベンチャー推進事業(※)。地域に起業家が生まれ続ける生態系を創ろうというこの試みは、2026年3月、10年間に及んだ交付金による事業期間を終え、次のステージに踏み出します。

そこでこの特集では、本事業の主催者であるローカルベンチャー協議会の6つの参画自治体をひとつずつ取り上げます。行政と、民間の中間支援組織またはプレイヤー、双方の視点からこれまでの歩みを振り返り、ローカルベンチャー推進が地域にもたらした変化について聞きました。

第9回は鹿児島県錦江町(きんこうちょう)役場の皆さんです。

錦江町は2023年にローカルベンチャー協議会に参画。錦江町ローカルベンチャースクールをはじめとしたローカルベンチャー事業を進めています。ここまでの3年間でどのような変化があったのか、また、2025年、町として導入を決めたAIについても話を聞きました。

(※)ローカルベンチャー推進事業とは、主に地方において地域資源を活用して起業したり新規事業に挑戦したりする人・団体をローカルベンチャーと呼び、その輩出・育成を目指す取り組みです。NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を務めるローカルベンチャー協議会が、2016年度より地方創生関連の交付金を活用して実施してきました。自治体ごとに行政と民間の中間支援組織とがペアを組んで参画するのが特徴です。1期5年、2期5年、合計10年間、延べ13自治体が参加した本事業の定量的・定性的な成果については、2025年7月に刊行した「ローカルベンチャー推進事業白書」にて紹介していますので、そちらもぜひご覧ください(記事末にリンク記載)。

鹿児島県錦江町の概要
人口:約6,100人
主要産業:農林水産業
ローカルベンチャー推進事業への参画:2023年~現在

左から佐藤道明さん(株式会社A0AI代表取締役)、坪内なな子さん、本村貴浩さん、池之上和隆さん

池之上 和隆(いけのうえ かずたか)さん
産業振興課係長(前課長)

錦江町出身。新卒で入庁。複雑な地域課題をAIなどの技術を活用した解決の可能性に関心を持つようになった。

本村 貴浩(ほんむら たかひろ)さん
介護福祉課 主事、地域包括支援センター

鹿児島県出身。専門学校卒業後、診療放射線技師として医療現場に従事した後、錦江町に移住し入庁。現在は、認知症フレンドリーなまちづくりや窓口DXなど、福祉とデジタルを掛け合わせた取組を行っている。

坪内 なな子(つぼうち ななこ)さん
政策企画課 主事

鹿児島市出身。大学卒業後、祖父母の住む錦江町に。キャリア教育や多文化共生事業、地域おこし協力隊等に携わる。

※肩書はいずれも錦江町役場内の現職
※記事中敬称略

行政の目指すまちづくりへの思いを中間支援組織が住民に届ける

──錦江町がローカルベンチャー協議会(以下、LV協議会)に参画して約2年半経ちました。どのような変化を感じていますか。

池之上:錦江町の職員がローカルベンチャーラボ(以下、LVラボ)やローカルリーダーズミーティング(以下、LLM)などを通じて、志の近いさまざまな方たちと知り合うことができました。

錦江町のLV事業は始まったばかりで、町内には起業の手前の段階にいる方が多いのですが、参画している自治体で「これをやります」と決めて既に動いている段階の方とたくさんお話しでき、私も職員も刺激を受けました。

職員が何かやってみるという育成の機会にもなっています。印象的だったのは、錦江町の中間支援組織エーゼログループによる、職員自身が自分の願いを起点にプロジェクトを生み出す研修でのことです。

私の部下は、その研修を受けながら、ETIC.が運営するLVラボにも参加していました。両方の機会をうまく使いながら事業の解像度を上げていったんです。町内の空き家や空き施設を活用した宿泊を起点とした事業で、今も形にしようと頑張っているところです。

LV協議会を通じて知り合った皆さんとの交流も続いています。錦江町でのイベント「錦江町いきいき秋まつり」に、LVラボで知り合った方が2023年も2024年も足を運んで、お手伝いをしてくださいました。

──錦江町ではエーゼログループが中間支援組織として、町とタッグを組んでLV事業を推進しています。中間支援組織がまちに生まれたことで、どんな変化が起きたと感じていますか。

池之上:エーゼログループさんとご一緒していて、ありがたいなといつも思っています。ご一緒する前も、自治体として住民や事業者の方々のお手伝いをやってきたつもりでしたが、今思えば「ぜんぜん届いていなかったな」と感じます。エーゼログループさんに企画・運営をしていただくことで、目指したいところにしっかり進んでいます。

また、ふだんお話をする機会が少ない、若い人や女性たちと意見交換できる場づくりをしていただいたこともありがたかったです。

もう一つ、変化を象徴する出来事が、錦江町がAIを導入したことだと思います。

「全部マンパワーでやってきた業務を今後も続けるのは難しい」と決断しAIを導入

AI研修会の様子

──なぜ錦江町がAIを導入しようと決めたのか、教えてください。

池之上:錦江町の高齢化率は約49%で、県内の自治体で2番目の高さになっています。2005年に大根占町(おおねじめちょう)と田代町(たしろちょう)が合併して錦江町になってから、錦江町役場では職員の人数が60人ほど減りました。

それから20年、さまざまな工夫を凝らしてきましたが、「目の前に差し迫った地域課題に対処するには、マンパワーでやってきた業務を改善する必要がある。新たな手法を取り入れながら職員や町民のちいさな幸せを実現しよう」と町長がAIの導入を決断したんです。

──自治体がAIを導入すると聞いて、どのように始めるのかなと思ったのですが、役場内にAI検証班というチームをつくったそうですね。人選はどのように決めたのですか。

本村:三人とも、町長から「やってみない?」とお声がけいただきました。AIは文章作成やAI画像を遊びに使っていた程度でしたけど、おもしろいと感じていましたし、今の時代のスピード感についていくテクノロジーを吸収したい気持ちもあって、ありがたくお受けさせていただきました。

池之上:僕はAIについては、仕事で「初めての人にこんな要件でメールを送らないといけないから、文章を考えてくれないか」といったシーンで利用していました。

坪内:私も、敬語などで「正しい表現ですか」と調べたり、相談をしたりする程度にはAIは使っていました。

役場職員向けAI研修会で話題提供をする本村さんと坪内さん

──具体的にはどんなことから着手していったのですか。

本村:最初に、AI導入をサポートしてくださっている株式会社A0AI(エーゼロエーアイ)代表取締役の佐藤道明さんから説明を受けて、チーム名やチームで大事にしたいことを決めるところから始めました。

チーム名は「Soyjaga(そいじゃが)」です。鹿児島弁で「それだよ」という意味で、相手を励ます掛け声としても使われます。大切にしていることは次の三つです。

①「とりあえず、やってみっが!」。深く考えるよりも、まず小さな一歩。
②「火山より先に、会話が噴火」。日々の会話が、チームのエネルギー。
③「失敗はごちそう」。失敗は、挑戦した人だけが味わえるごちそう。

池之上:このチーム名は、何回聞いても「いいなぁ」と気に入っています。「そいじゃが!」とみんなで言い合おうと約束もしていますので、これからもそうしていきたいです。

チームTシャツにも「そいじゃが!」

──チームの雰囲気が伝わってきます。「噴火」は桜島からですね、鹿児島らしいです。

坪内:さらに、AIを使った先にどういう未来を描きたいかを「北極星」と呼び、それを次のように決めました。

「できるかどうかより、やってみたいを信じたい。
誰かの思いが、“そいじゃが!”という掛け声で育ち、やがて町で花ひらく。
人も、自然も、AIも、ちがいを尊重しながら育ち合える土壌を、
わたしたちが耕し始めます。」

「やらなければいけない、正解のある仕事」にAIが力を発揮

──「やってみっが」「そいじゃが!」から始まっていくんですね。自治体の機能とAIとの相性については、どう感じていますか。

池之上:相性はすごく良いと思いますよ。当たり前ですけどAIはとても頭が良いし、使いようによっては業務を楽にして、時間をつくってくれたりします。

本村:相性は「良くできる」っていう感覚ですね。何も考えずに使うとAIの力が発揮されない部分もあるので、AIと業務をそれぞれきちんと理解して、それに合わせてフィットさせていく作業ができれば、ものすごい力を発揮しそうだなと感じています。その作業はやっぱり人間でないとできないとも感じていますね。

情報の質についてAIは完全ではないんですが、AIは24時間365日稼働できるので、100点ではなくても90点の回答をしてくれれば、効率化になります。

役場職員向けAI研修会で話題提供をする池之上さん

──ここまでで見えてきたこと、わかったことを教えてください。

坪内:特に二つの業務について検証をしました。一つが、役場に多い「前任者からの業務引き継ぎ」です。職員は2、3年で異動することが多く、アナログでの業務引き継ぎが発生しています。

そこで聞きたいときに聞ける仕組みをつくっています。例えば、ある制度のあらゆる情報を話し、AIに業務内容を習得させるんです。やればやるほどAIに蓄積していけるので、質の高いインプットが重要です。

AIが前任者の職員にその制度の目的や背景、現状、課題などをたずねるインプットインタビューも行います。実際にテストとしてインタビューを受けた職員からは「本質的なところを聞いてくるなと感じた」とコメントをもらいました。

次に、新任者の職員がAIから情報を吸収します。時間短縮になりますし、いつでも聞ける。人に聞きにくいこともAIだと聞きやすいというメリットもあります。

本村:もう一つが、「記録作業の効率化」です。今は所定用紙に手書きで記入し、さらに共有用にシステム台帳に入力している業務があります。これを、音声入力を使ってAIに学習させているのですが、実はここに方言の壁があったんです。そこで標準語で復唱するようにしています。

“余白の時間”が生まれ、本当にやりたかったことに踏み出せる自治体へ

AI研修会の様子

──検証が進んでいくなかで、発見や気持ちの変化はありましたか。

坪内:AIの特徴とか、それまでは考えたことがなかったんですけど、何が苦手で何が得意か分かるようになりました。

本村:それは私も、坪内さんと同じように感じます。さらに、AIの見方みたいなものが大きく変わりました。先ほども話が出ましたけど、AIに完璧を求めるのではなく、AIは自分の一部を補ってくれる存在、パートナーとしてとらえて、自分にしかできないことは自分でやる、という方向に見方が変わりましたね。

池之上:僕はAIをアプリケーションのひとつのように思って使っていたんですよね。以前は一問一答のような使い方しかしていませんでした。でも、「こういうこともできるんだ」「ここを見に行っているんだな」と少しずつわかり始めて、「これまでは聞き方を間違っていたな」と感じています。

──役場業務でのAI導入は、すぐに実用が可能なのですか。

池之上:「はいどうぞ、明日から使えますよ」という状態にするには、もう少しいろいろAIに勉強させたり、資料をあげたりしないといけないんです。それをすべて我々三人で行うのは非常に難しいので、2025年度は例えば各分野でひとつずつ行って、あとはつくり方を体系的に整理する役割なのかな、と。それを各部署に教えて、触っていただいて、バージョンアップさせていこうと考えています。

ロボット、多言語への翻訳、職員の意識を変えクリエイティブな挑戦へ

左から池之上和隆さん、坪内なな子さん、本村貴浩さん

──なるほど。今AIに対して、どのような可能性を感じたり、ワクワクしたりしていますか。

本村:いろいろな地域課題があるなかで、特定の一分野だけではどうしようもないことがあると思うので、例えば福祉分野をほかの分野とAIを活用して掛け合わせ、解決していくことも可能性としてあるんじゃないかな、と考えています。

ワクワクする部分は、フィジカルのAI、つまりロボットの登場が予想されていることですね。見てみたいなって思います。特に介護や農業などで活用できるかもしれませんし、うちのまちの未来にロボットがいたらおもしろそうだなって思います。

坪内:現在まちに住んでいる外国籍の方々が、買い物などをする店舗や職場をはじめとした地域で安心して過ごせるよう、多文化共生の取り組みを進めています。そのなかでやはり大きな課題となるのが「言葉の壁」です。

今後、リアルタイムAI翻訳がさらに進化し、互いの言葉をその場で理解し合えるようになれば、言語や文化の違いを超えて自然に助け合える社会が広がると感じています。個人的にも、言葉の心配をせずに旅を自由にできると思うと、ワクワクします。

池之上:AIができるところはAIに任せると、時間を割きたい仕事に使えるようになるんだと思ったら、「どこにどう組み込めばいいかな」と考えてワクワクしています。全然手をつけられていない、新しいことを考えるクリエイティブな時間ができればいいなと。

さらに僕がワクワクしているのは、これから役場職員の意識がガラッと変わるんじゃないかなということです。

──今年度でLV協議会による交付金を活用したLV事業が終了します。今後について教えてください。

池之上:2026年度以降、LV事業で目指してきた「地域内にチャレンジを増やしていくこと」については、今後も継続して取り組んでいきたいと考えています。

これまでは、移住・起業してくる方のサポートを中心に進めてきましたが、今後はそれに加えて、地域内からのチャレンジを生み出すことや、錦江町のアセットを活かした、錦江町らしい事業が生まれていく仕組み・体制の構築にも力を入れていきたいと考えています。

AIの活用については、業務効率化の体制づくりを進めていく予定です。林業や農業分野の知識でAIを活用し、錦江町の資源資本を使った新しい事業、新しいリソースをつくれたらと考えています。


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この記事を書いた人
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編集者・ライター。2003年よりフリーランス。専門はローカル・ソーシャル分野と医療分野。担当書籍は『まほうのだがしや チロル堂のまほうの書』『地域が動く経営戦略 公益経営のすすめ』『ライク・ア・ローリング公務員』『コミュニティナース』など。2017年、東京から奈良へ移住。企画・編集やライティングを伝える講座も対面・オンラインにて行っている。

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