社会・公共

被災した重要伝統的建造物群地区の住宅を、専門家ネットワークで復興。まちづくり支援で過疎地の再生を目指す──認定NPO法人日本都市計画家協会 神谷秀美さん【残したい能登からの学び(4)】

2024年1月1日、石川県・能登半島で起きた令和6年能登半島地震。その後に発生した令和6年9月能登半島豪雨。甚大な被害に見舞われた能登は、今もなお、支援の手を必要としながらも、能登の皆さんが能登らしい創造的な復興に向けた歩みを続けています。

NPO法人ETIC.(以下、エティック)は、2024年1月の発災直後から2026年1月現在まで、被災地域の支援を継続しています。そのなかで、地震発生から2年が経ち、これまでの活動を振り返って、残すべき学びが見えてきました。

エティックの支援活動のうち、能登半島地震緊急支援事業(※)は、能登で復興支援を行う団体への支援事業です。支援した8つの団体の取り組みは、いずれも、これまでの被災地支援の考え方とアプローチの枠を超える画期的なものでした。

この連載では、エティックが助成を行った8団体が事業から生み出した成果を、「残したい能登からの学び」としてお届けします(8回連載)。今回は、認定NPO法人日本都市計画家協会の神谷秀美(かみや ひでみ)さんです。

本記事は、2025年3月開催の能登半島地震緊急支援事業報告会の一部と、9月に行った追加取材をもとに作成したものです。

※「能登半島地震緊急支援事業(休眠預金等活用事業2023年度緊急枠)」について
令和6年能登半島地震への緊急支援および中長期的復興を見据えた基盤強化事業です。災害弱者・広域避難者・小規模事業者等への緊急性の高いプロジェクトを実施するとともに、プロジェクトを通じて能登および周辺地域におけるリソース不足の解消を目指します。2024年1月から2025年3月まで助成を実施しました。

神谷 秀美(かみや ひでみ)さん
認定NPO法人日本都市計画家協会 理事/株式会社マヌ都市建築研究所 代表取締役

千葉大学工学部建築学科 卒業。国土庁、国交省、国総研、郵政研究所での防災に関する調査研究業務、市川市、神戸市、葛飾区等での防災計画・マニュアル等の作成業務等に従事。著書に『仮設住宅 その10年―陸前高田における被災者の暮らし』 (編著)等がある。
認定NPO法人日本都市計画家協会 公式サイト

重要伝統的建造物群保存地区の輪島市黒島で住宅の修理と2次避難者への帰還支援

私たち認定NPO法人日本都市計画家協会は、まちづくりを通じた課題解決をミッションに全国のまちづくり支援を行う団体です。今回、能登半島での震災を機に立ち上がった地元の有志団体・黒島みらい会議とコンソーシアムで取り組んだ、輪島市・黒島地区での復興まちづくりに向けた活動を報告します。

黒島地区は、文化庁が指定する重要伝統的建造物群保存地区で、計284棟の建物の大半が被災しました。江戸後期から明治中期にかけて活躍した北前船の船主や船頭・水夫が多く居住した集落で、黒瓦屋根の街並みが美しい地区でした。住民の75%が2次避難(※1)したため、復興するためには住民が戻ってこられることが前提です。

(※1)2次避難:発災後、学校の体育館などへ避難した後、集団生活に難しさを感じ、より安全安心な環境だと思える別の場所へ避難すること(高齢者、障害のある人たち、乳幼児を育てる家庭など)。

被災前の黒島地区

私たちは、住民が黒島地区に戻りやすくなるように、住宅の修理支援と、2次避難をされた方に対する帰還支援を行いました。支援体制は、建築家チーム16名、都市計画家協会4名、黒島みらい会議2名、構造研究者8名、大工・職人チーム15名で、輪島市や文化庁と連携し、取り組みを推進しました。重要伝統的建造物群保存地区は、地区そのものが保存対象のため、応急処置だけではなく、被災した多々物の再利用を目指さなければならない難しさがありました。

黒島地区の被災前と被災直後

住宅の修理は主に、①連絡網の作成、②空き家所有者の把握、③住宅修理ネットワークの構築、④建築家による住宅の診断調査と個別相談、⑤大工等による緊急対策、の5つを行いました。

①連絡網の作成を進めるにあたっては、各地域に2次避難した住民たちの所在を把握していきました。現在、約8割の方といつでも連絡が取れる状態です。

②空き家の所有者の把握は、調査により、4割ほどの方が把握できた状態です。大正時代に登記されたまま所有者不明の空き家が多いこともわかりました。司法書士に相談すると、「専門家でなければ調査は無理だろう」とも言われました。

③住宅修理ネットワークの構築は、建築家や大工のネットワークで、現在も活動を続けています。

④建築家による住宅の診断調査と個別相談は、倒壊した建物や、すでに自主改修済みの建物などを除いて65棟の相談があり、うち45棟は修理の目処がついた状態です。

⑤大工等による緊急対策では、令和6年9月能登半島豪雨の被害状況を目の当たりにし、「倒壊しそうな建物をなんとかしてほしい」と急遽、22棟に対して緊急的な対策を行いました。

建物の修理の方針について話す専門家たち(黒島みらい会議Facebookページより)

当初は住民から「家の修理は難しいんじゃないか」と懸念する声もありましたが、大工さんの仕事ぶりを見て、「修理できるんだ」と実感してもらえたのではないかと思います。

倒壊しそうな建物の応急修理
被災した住宅の調査風景

2次避難者の帰還支援は住民に寄り添いながら

2次避難者への帰還支援は、大きく3つの柱を立てました。①家屋の本格修理に向けた寄り添い支援、②修理期間中の家財道具一時保管場所の確保、③「復興まちづくりビジョン」の提案に向けた取り組み、です。

①家屋の本格修理に向けた寄り添い支援は、当初は短期集中型の相談対応を考えましたが、住民の方や2次避難者の方が地域に戻れるタイミングは異なり、我々に求められる対応も違ってくるため、一軒ずつ住民の方に寄り添いながら、本格的な修理に向けた随時支援に方針を変更しました。

修理中の建物。屋根瓦や扉等に被害を受けている(黒島みらい会議Facebookページより)

②修理期間中の家財道具一時保管場所の確保については、公民館の駐車場にコンテナ倉庫を3つ購入して設置し、運用しています。一戸分の家財道具をコンテナ倉庫で一時保管し、修理が終わるとコンテナ倉庫が空くので、次に修理する方の家財道具を保管するといった循環をスムーズにつくることができました。

修理中の家の家財道具を一時保管するコンテナ倉庫

③「復興まちづくりビジョン」の提案に向けた取り組みは、復興まちづくりを住民同士で考える勉強会を行いました。地域の伝統的な踊り「八千代栄(やっちょい)踊り」を後世に伝えたいとの意見もあったので、学生ボランティアに地元の人たちが踊りを教える機会をつくっています。

地元の人たちが学生ボランティアに八千代栄踊りを教える

今回の支援の成果として、住民の住宅修理や帰還への期待が高まり、一定数の住民が、地域で暮らし続ける将来が見えてきたと思っています。

2024年1月頃、黒島地区に残っていた住民は70人ほどでしたが、約1年経った2025年3月時点では140人に倍増しています。しかし一方で、2次避難者の方々からは「帰還後のまちづくりが心配だ。空き家や空き地が増えてしまう」と心配する声もあります。

そのため今後は、黒島みらい会議の皆さんとまとめた「黒島らしさ・黒島の魅力」の将来ビジョンや基本理念を地域の皆さんに提案していく予定です。同時に、具体的なまちづくりや周辺地域との連携、関係人口を増やしていく取り組みも模索しています。

地震の揺れでずれた塀を元に戻す修理(黒島みらい会議Facebookページより)

他地域からの支援要請や県全体での相談会に発展

想定外の変化としては、黒島地区の活動を知った近隣・周辺地区の住民などからも、さまざまな支援要請を受けるようになりました。

能登全体に活動のニーズがあることがわかり、金沢市の建築家団体「一般社団法人 能登復興建築人会議」が石川県全域で相談会を開催してくれました。石川県として、既存ストック活用の取り組みを行うなど波及効果もありました。広域での変化は、全く想定していなかったことです。

輪島市黒島地区がある門前町それぞれの地区で実施されている復興まちづくりの取り組み

最後に、住民からの声で報告を終わります。

「この取り組み(住宅修理と2次避難者への帰還支援)があったから、黒島のまちはかろうじて存続できている。この活動への支援に感謝しています」

これ以上の倒壊を防ぐために傾いた門戸を固定する(黒島みらい会議Facebookページより)

黒島地区の「まちづくり協定」と「集落の教科書」を住民と制作へ

ここからは、2025年9月に編集部が神谷さんに行ったインタビューです。

――助成期間の終了後、2025年4月から7月まで4カ月間の状況を教えてください。

神谷:2024年に行った住宅相談は、工務店や関連業者が大きく不足し、思うように進まなかったものの、徐々に屋根や建物の修理が始まる動きもみられました。

一方で、町全体で建物修理に対する意気が増し、地元の人たちにより立ち上がった黒島若宮八幡宮再建委員会が、ワールド・モニュメント財団(WMF)の支援を受けるかたちで、若宮八幡宮の再建を始めました。

2025年4月以降の4カ月間で、住宅修理の相談も10棟分ほど増え(約75棟)、「建築家や工務店を紹介してほしい」との相談も相次いでいます。

また、昨年から黒島みらい会議の皆さんとまとめた「復興まちづくりビジョン(案)」の具体化に向けた取り組みが進んでいます。市とも相談をしながら、「まちづくり協定」と「集落の教科書」を完成させようとしています。

「まちづくり協定」については、黒島地区は重要伝統的建造物群保存地区のため、保存計画の中で新築へのルールが決まっています。しかし美しい景観を守るという意味では、用途や広告物の制限は曖昧なため、もっと具体的なルールを決めるべきかなど、住民間で話し合っています。

「集落の教科書」については、被災した建物を購入して修理し、黒島地区を二拠点居住の拠点にする人が徐々に増えています。そのため、「みんな、こうしています」といった町の暮らし方をお知らせする必要性を感じています。

また地区の伝統文化を後世に伝えるために、この助成で始めた「八千代栄踊りの会」への協力は継続しています。参加者が増えて、若い人たちも参加するようになりました。今年(2025年)の黒島天領祭では、祭典実行委員会の呼びかけにより、「100人はいるのではないか」と言うほど、地元の人たちが大勢集まって、2時間あまり八千代栄踊りを踊り、大盛況でした。

8月に開催された黒島天領祭での八千代栄踊り(日本都市計画家協会Facebookページより)

「過疎地の再生」へ向かう黒島。復興を機に究極の過疎地をどう回復させられるか

――現在、課題に感じていることはありますか?

神谷:随時、取り組みをアウトプットしてみんなで共有することです。もともと100軒くらいあった空き家と空き地が今後さらに増える見込みです。公費解体(※2)の留保期限が迫っていることで、やむを得ず公費解体で空き地が出始めて、解体される家も増えそうで、その空き地をどう使うか、誰が何を再建するのかなどを課題に、何ができるかを市と一緒に考えていく段階になっています。

――黒島地区の建物保存やまちづくり協定など、町の景観や文化を守りながら、いよいよ地域外から移住者を受け入れていく段階に入ったのでしょうか。

神谷:そうですね。しかも、移住者が金沢市内の外国籍の方だったりするんです。国際色豊かな町になる可能性もある、おもしろい展開だなと感じています。

2025年5月には、門前町の各地区に声をかけて、町内で「門前町まちづくりフォーラム」を開催し、黒島地区での取り組みや課題、アイデアを共有しました。結果、これからの課題として、観光は大きなポイントになると思いました。門前町の商店街や中心市街地、観光をどうしていくかなど、「これから考えていきましょう」と確認できました。

一方、観光協会が観光庁の助成金を活用して、門前町全体の観光の復興ビジョンをつくろうとしています。黒島地区の人にも声をかけて、隆起してしまった海岸を活用できないか、さまざまな取り組みを始めようとしています。

(※2)公費解体:大規模な災害後、自治体が被災した家屋などを所有者に代わって解体・撤去する制度。2025年12月時点で、実施した16市町すべてで申請受付が終了している(七尾市は自費解体の申請を2026年1月31日まで受付)。

門前地区商店街の皆さんとの話し合い(日本都市計画家協会WEBサイトより)

――今後に残したい学びはありますか?

神谷:痛感しているのは、「究極の過疎地は非常に難しい」ことです。黒島は高齢化率が約78%(2020年国勢調査より)と、高いのです。門前町全体でも60%を超えています。

若い人がいない。いても仕事があるから、まちづくりに全力投球できない。結局、地域外から人が中に入り込み、原動力となって動き回るしかない。僕も月の半分は黒島にいて、地元の人と汗をかいています。復興を機にどう過疎地から回復させられるか、継続性のある過疎地にするかなど、一緒に考えながら取り組んでいかなきゃいけない。

僕の中で「復興」という意識はあまりなくて、「過疎地の再生」だと思っています。人手がないから縮小しかないけれど、専門家としては、どういう縮小の仕方がいいか、将来をイメージしながら考えざるを得なくて、一生懸命議論しています。

黒島だけではなく、門前町の中心地の大半を占める更地をどう活かしていくか。プレイヤーをどう招き、動いてもらうか。どんな施設をどう造り、運営していけば将来につながっていくか。公共施設などを建て直す話も出ているので、学校の統廃合や保育園の統合も含めて、市民の間で議論しています。

黒島地区の夕暮れ(黒島みらい会議Facebookページより)

エティックでは、災害復興支援のための寄付を受け付けています。

詳細は災害支援基金プロジェクトのページをご覧ください。


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この記事を書いた人
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愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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