
SDGsでは3つめの目標「すべての人に健康と福祉を」にあたるメンタルヘルスに、現在、取り組んでいる事業所は、全体の63.2%(厚生労働省「令和6年『労働安全衛生調査(実態調査)』の概況より)とされています。具体策は、ストレスチェック(65.3%)などが挙げられますが、では、人々の健康を守るための新たな方法は何か考えられるでしょうか。例えば、人のニーズに寄り添う社会起業家の取り組みにはどんな可能性があるのでしょうか。
その答えを、社会起業家や一般参加者、企業人が考える場が開かれました。2026年3月17日、東京都内で開催された「2025年度 社会起業塾イニシアティブ DEMO DAY」(主催:NPO法人ETIC.)の分科会「メンタルヘルス」です。今記事では、3人の社会起業家によるメンタルヘルス事業に対する考え方、また、参加者たちとの対話をご紹介します。
※今記事は、「2025年度 社会起業塾イニシアティブ DEMO DAY」にて行われた、8つのテーマで構成する分科会Ⅰ・Ⅱより「メンタルヘルス」に焦点を当てています。
(分科会 I ①孤独・孤立 ②多様な学び ③家族・子育て ④共生社会、分科会 II ⑤メンタルヘルス ⑥インクルージョン ⑦当事者発信 ⑧社会性と事業性)
<テーマ>
「メンタルヘルス」
心の健康を支えるために私たちができること〜メンタルヘルスを“個人任せにしない”社会設計〜
<登壇団体>
・株式会社mimococo
・心の休憩処engawa
・社会福祉法人子供の家ゆずりは
<モデレーター>
大竹礼奈 ETIC. ソーシャルイノベーション事業部 コーディネーター
※記事中敬称略
運動×人の力を信じて。メンタル不調の方に向けた復職運動サービス──伊藤美幸さん(株式会社mimococo)

伊藤 美幸(いとう みゆき)さん
株式会社mimococo 代表取締役
<事業内容>
うつ病など精神疾患の再発率が5年以内に約50%にのぼる現状を変えることを目指し、2022年に法人設立。レッスン提供団体Rechair代表も務め、自身の休職経験とトレーナー経験をいかした運動プログラム講座による復職支援を展開している。
伊藤:メンタルヘルスという課題に、運動の切り口から取り組んでいます。メンタル不調などで休職・離職中の方を対象に、ベストコンディションでの復職を目指した運動プログラム講座を、福祉施設など法人や個人向けに提供しています。大事にしているのは、当事者の方が、自分自身をいたわり、セルフケアによって自分を知り、体調の変化に気づき、困ったときには誰かに相談できるようになることです。
医療など既存のサポートが必要なのはもちろんですが、ほかにも必要なサポートがあるのではないかと考えて、身体から心へのアプローチとして開発しました。また、復職後のセルフケアプログラムも検討中です。
癒しを“入り口”に、訪れた人を受容する居場所──兼松明日佳さん(心の休憩処engawa)

兼松 明日佳(かねまつ あすか)さん
心の休憩処engawa 代表
<事業内容>
精神的な不調を抱える当事者や家族、支援者などを対象に、2023年より居場所+個別ケアを提供。縁側のある平屋や森林、オンラインにて定期的にイベントを開催している。
兼松:「病気や疾患があっても、自分らしく生きられる場所って必要だよね」と、2023年から活動しています。いま日本では、10代から20代の死因の1位が自殺で、海外においても高い水準を占めています。最新の情報でも2026年(令和8年)1月に1,526人(警察庁・令和8年5月暫定値)の方が自殺で命を落としているなど、深刻な状況にあると私は考えています。
本人だけでなく、家族や関係者を含めるとすごく多くの方が影響を受ける状態になったとき、悩みや本音を言える、その人すべてが受容される場所が少ないと思ったので、居場所のengawaを作りました。主な事業内容となるイベント企画・運営は、当事者も企画から携わるものを含めて月5、6回開催。活動スタートから約3年間で約700名の方に参加いただきました。
engawaでは、白黒はっきりしなくてもいい“あいまいさ”をすごく大事にしています。いまの時代とは逆行しているかもしれませんが、温かい場所を目指してゆるやかに活動しています。
虐待や貧困などで苦しむ人々の相談から、安心をともにつくる──高橋亜美さん(社会福祉法人子供の家 ゆずりは)

高橋 亜美(たかはし あみ)さん
社会福祉法人子供の家 ゆずりは 代表
事業内容:2011年法人設立。虐待などの理由で親や家族を頼ることができない人からの相談を受けている。一人で対応していくには難しい困難や問題を一緒に考え、整理し、手続きなどをサポートする。
高橋:児童養護施設など福祉施設を出た人たちが、社会に出てから安心して暮らせる一助になればという思いで、2011年、「ゆずりは」を立ち上げました。
年齢、性別、福祉施設の経験の有無など、相談に来てくれた一人ひとりの特性は違いますが、皆さんに共通するのは、安心して子ども時代を生きてこれなかったこと、子ども時代に受けた深い傷つきによって今も生きていることが苦しいと感じていることです。
事業を一言で表すと、「ソーシャルケアワーク」という言葉がしっくりくるかなと思っています。社会で生きていくための最低限の手続きを一緒に行うソーシャルワークと、相談してくれた人の状況を理解して応援していくケアワーク。ソーシャル的な視点とケア的な視点を融合したような事業が、私たちがずっとやってきたことかなと思っています。
参加者の声「いかに予防していくか」
――参加者の皆さん、ここまでの話の感想や思いについてお話ください。
参加者:メンタルヘルスという一つのキーワードでも、皆さんの関わり方やアプローチの仕方が違っていて、気づきがありました。私は、日本に住んでいると、日本がいい国だと感じることが多いのですが、自殺率の高さについてはショックでした。自分にできる範囲で、メンタルヘルスについても関われるようになりたいと思いました。
参加者:メンタルヘルスは、すごく個別性の高いことだと思います。NPOなど法人として関わると、どう再現性を高めるのかといった問いが生まれたりするかと思いますが、必ずしもそういう話ではないんじゃないかなとすごく感じます。
社会のなかでそういう課題感を持っている方、当事者の方がいるのも事実で、社会の仕組みのなかでカバーされていないこともある。どう向き合っていくのか、どう一緒にやっていくのか、それぞれ考えていくことがあるのだろうなと思いました。
参加者:予防について気になっています。ケアにいきつくまでの段階で、どう気づいてもらうかといった取り組みの裾野を広げていかないと、人数は減っていかないという課題があるように思います。社会の変化がこれだけ激しい中で、メンタルヘルスに関する人は増加傾向にあると思うので、いかに予防していくのか考えていかないと、この流れを止めるのは難しいのではないかと。自分自身、どうすればいいか考えさせられました。
参加者:高齢者も認知症などメンタルヘルスに関係すると考えると、事前に予期症状などを知ることも大事だと思いました。また、対象となる方々はどこにいるのか、その人たちを気にかけている人はいるのかが気になりました。みんなが集まれる場所で話をしたり、一人ひとりが何か役割を持ったりすると、人生の最期まで「自分たちってかっこいいな」と思えるかもしれないと思いました。
――予防の話も出ましたが、社会起業家の皆さんは、そもそもそうならないようにといった取り組みについて何か考えていますか?
伊藤:運動プログラムの対象は、発症した方が中心になりますが、運動をきっかけにしたセルフケアを、再発予防や発症予防につなげていけないか、模索しながら取り組みたいと考えているところです。その先に、カウンセリングなど専門家との連携も並行して、解決策が広がっていくといいなと思っています。
「セルフケアは欠かせない」自分のための時間を常につくる
――自分が支える側であると同時に、自分自身のケアも必要だと思います。普段、心がけていることはありますか?
高橋:メンタルヘルスは、人にすごくコミットする仕事です。だから、セルフケアは欠かせないと思っています。私の場合は、ヨガをしたり、お風呂に入ってドラマを観たり、好きなことをやる時間を大事にしています。ただ一方で、いざ誰かの支援に一生懸命になっているなかで、自分のことはさておきの状態になっていることもあります。
そのときには、一緒にいてくれる人、例えば仕事仲間や家族、友達など、自分のことを本音で気にかけてくれる人からの言葉がすごくありがたいです。ほどよい距離感を保つためにも、私も仲間に同じように伝えていく。伝え合える関係性を大事にしています。
兼松:私も必ず自分のケアに使う時間を決めています。サービスを利用される方に伝えたいのは、本当につらくなる前に、自分のための場所をつくっておくことは予防にもつながるかもしれないということです。そのためにも、すごく落ち込んだり、誰かとつながりたいと思ったときに行ける場所が増えるといいなと思っています。
AIの発達とメンタルヘルスの関係
参加者:AIの発達について、実際、メンタルヘルスではAIの活用が当たり前になる時代が近いと思っています。この先、人の表情を感知しながら、AIがカウンセリングしてくれる時代も遠くないと思っていますが、そのことについてどう思いますか?
兼松:人間とAIそれぞれのよさがあって、AIの発展もすごくいいことだと思っています。一方でスマホやAIを使いづらいと思っている方との分断が生まれそうだと考えていて、どれだけAIが進化しても対面の居場所は必要だと思っています。人が持つ温度感、「この人に聞いてもらえた」「この人になら話せる」と思えるのは人だから。いいかたちで共存、協働できるといいなと思います。
伊藤:人間だと24時間365時間通して対応することは難しいので、AIの活用は必要だと思っています。ただ、デメリットもあるので、まずは使い方を間違えないようにITリテラシー教育が必要だとも思います。
AIがどんなに発展しても「今度はこういうことをやりたい」と思えたとき、身体を動かしていく必要はあるし、「自分の心身の健康をどう保つか」という課題は残っていくような気がしています。うまく役割分担し、補っていけたらと思います。
高橋:私も協働・連携していけたらいいなと思っています。ただ一方で、AIの発達と共に寄せられる相談が増えている現状もあります。また、どうしても生身の人間がいるところ、例えば一緒に役所に行くとか、生活費の工面を一緒に考えるなどはまだAIには難しいので、生身の人間がいるところへのニーズが高まっていくことを感じています。そういった点を考慮しながら、AIと連携していけたらいいなと思います。
「メンタルケアを個人任せにしない」
――分科会のテーマ「個人任せにしない」について、普段、支援する側として意識していることはありますか?
伊藤:運動は、立場や社歴、性別などを越えて一緒にできることです。皆で運動しているうちに、自分の体の悩みについても言いやすくなって、チームビルディングの効果も見いだせるのではないかと思っています。
高橋:個人任せにしないことはもちろんですが、任されすぎない、自分の塩梅みたいなことを知っておくのは大事かなと思っています。私たちができることは、「見守っているし応援しているよ」「一緒にアイス食べよう」といったアプローチで、あまり深刻になりすぎないこと。行政での手続きなど具体的にできるサポートはどんどん進めていく。メンタルヘルスはやはりすごく難しい面もあるから、なるべく軽やかにやっていきたいという思いは私の境地としてあります。
参加者:結局、個人がなんとかしないと変わっていかないと思います。皆さんのところにたどり着いたとしても、実際、生活を成り立たせるためには本人が変容する必要もあるのではないでしょうか。皆さんは、取り組みによって当事者の方が自分で課題を解決できるところまで目指しているのか、考えを聞かせてください。
高橋:最終的にどうするかは、自分だと思うこともあります。私たちができることは住居を担保するサポートをするなど、最低限の生活をするための整えをする、ソーシャルワーク的なところは可能です。その先の自分の気持ちについては、壁打ちのようなカフェを開いたり、一緒にご飯を食べに行くなど。私たちにもできないことはあるというスタンスで関わっていくことを今は大事にしています。
伊藤:私は、出会っている方が離職・休職中の段階で、「社会の現場に戻りたい」という思いを持った方が中心になっています。「あんなことやってみたい」など興味や関心が広がっていくことで、心が動き、世界や視野が広がっていくと思っています。たとえ就労ではなくても、映画を観に行く、資格取得に挑戦するなど、対象となる人がワクワクすることに広がっていけるように、セルフケアを自分でできることを目指しています。
兼松:engawaの入り口は癒しですが、まず訪れてくれた人を受けとめることを大事にしています。いろいろなイベントを通して対話をする中で、自分で自分のことに気づいていく、動く力を溜めるスポットのようなイメージです。私たちが価値観や考え方を変えようとすることは一切しません。
また、休憩する場所もすごく大事だと思っています。走り続けて疲れてしまった人たちがたくさんいるなかで、engawaは、立ち止まって「休んでもいいんだ。こんなに頑張っていたんだ」と自分を受容してあげる時間として使ってほしいと思っています。
――登壇された3名に共通しているのが、「本人自身が、自分には回復できる力があると信じることがすごく大事」ということでした。まさにこのメッセージが伝わる場になったように思います。ありがとうございました。
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