イベントレポート

意図しない組織的価値も見えた、社員2,300人がバトンをつないだNTTパビリオン運営のソフトレガシーを紐解く【Beyondカンファレンス2026(1)】

2026年5月、虎ノ門ヒルズで開催された「Beyondカンファレンス2026」に、多様なセクターから491名が集結しました。第5回目を迎える今回は「個の意志に、組織の動力を。」がテーマ。個人の意志や想いを組織の動力にし、社会を動かすエネルギーへ変えていくために、社会課題解決の最先端を走る挑戦者たちと、実践的なアプローチを議論しました。

今記事では、NTTとの共創セッション「NTTパビリオンで実施した2,300名の社員運営は何を試み、何を残したか」をご紹介します。

34万人の社員から構成されるNTTグループ。2025年の大阪・関西万博では2,300名もの社員が「NTTパビリオン」の運営に関わる、前例のない挑戦を行いました。その結果、社員エンゲージメントは大きく向上し、「会社を辞めるのをやめた」という声まで生まれたと言います。

本セッションでは、NTTの佐藤優さんとNTT・上席特別研究員の渡邊淳司さん、モデレーターとしてETIC.の小泉愛子が、各業界から「奇跡のパリビオン」と呼ばれた理由を紐解きました。その背景にあった設計思想と、企業活動における「ソフトレガシー」の可能性について語ります。大規模プロジェクトはなぜ成功したのか。プロセスを開示し、分析することで、広く企業や地域が社会課題解決に活用できる共創のヒントがありました。キーワードは「ジブンゴト化」です。

<登壇>
佐藤 優(さとう ゆう)さん NTT株式会社 研究開発マーケティング本部 マーケティング部門 大阪・関西万博担当 担当部長

渡邊 淳司(わたなべ じゅんじ)さん  NTT株式会社 上席特別研究員

<モデレーター>
小泉 愛子(こいずみ あいこ) ETIC. シニアコーディネーター

※記事中敬称略

「絶対に、できない」と言われた挑戦──佐藤 優さん(NTT)

共創セッションは、佐藤さんがNTTパビリオン運営について、当初重視していたことを話す場面から始まりました。それは、「1.ブランディング」と「2.ビジネス」に活かすこと、さらに「3.社員のエンゲージメント向上」は最も注力していたと話します。

NTTの佐藤優さん

パビリオンでは、音楽ユニット・Perfumeが20km離れた会場で行うパフォーマンスをリアルタイムに3D転送し、来場者が未来のコミュニケーションを体験できる仕掛けが用意されました。そこにはNTTが推進するIOWN構想や光電融合技術が活用されています。しかし、佐藤さんが最も力を込めて語ったのは技術そのものではありませんでした。

「実は一番大きな決断は、パビリオンを社員2,300名で運営すると決めたことでした」

通常であればイベント専門会社のスタッフが半年間固定で運営します。ところがNTTは、全国から社員を公募し、5日間ずつ交代しながら半年間運営する方式を選択しました。

「プロの目から見ても無謀だったかもしれません。でも、社員と一緒に挑戦することはどうしても譲れなかった。社員のロイヤリティを可能な限り上げたかった。そのため、何十年かに一度の大きな晴れの舞台で、どれだけ多くの社員がこのステップを踏めるかを考えました。加えて、体験した個人にノウハウが属人的にたまりがちなのを、組織的に経験値として残すことも大事にしました」

続いて、佐藤さんは、NTTパビリオン運営の3つのポイントを説明しました。

1. 募り方:公募制(手上げ)
公募制により約5,000人が応募、2,300名が運営スタッフに決まった。男女比は1対1。19歳から68歳まで多様な年齢、バックグラウンドで所属する会社も全く異なっていた。

2. マネジメント:フラットな雰囲気を意識
運営には、新入社員から、部下が1,000人以上いる組織長までが参加。若手社員は「すごくえらい人」と知らず仲良くなり、最後の打ち上げで肩書きを明かすと誰もが恐縮する、そのくらいフラットな雰囲気で行った。

佐藤さんを含めた運営統括スタッフは、自由な発想を活かせる形を意識した。極力「ノー」と言わない。お客様に迷惑がかかることでなければ、やってみて、評価してみて、いいものは次のブロックに引き継いでいく。うまくいかなかったことは「試す必要のないノウハウ」になっていく。

結果、想像以上に、個の力を発揮する場になった。NTTパビリオンで5日間働いた体験談を漫画本にして漫画家デビューし、広報になった社員もいた。

夜にはペンライトを振りながら、ゲートを出るお客様を見送ることを始めたところ話題になった。視覚障害のあるお客様たちに対して、「こういうサポートができればもっと楽しんでもらえるはず」と一人の発案から、スタッフを集め、実践することでお客様に楽しんでいただけることにもつながった。

そのほか、パビリオン運営の未経験から生じる不安は、運営統括側から「必ず運営サポートをする」とセーフティネットを用意し、社員には思い切り自分を表現してもらった。

3. 期間:1日約25人で計5日間の運営×46回
短期間をつなぐという構造で、万博が開催された184日間、1ブロック約25人が5日間の運営を担当した。終了後は、次のブロックにバトンタッチ。それを46回繰り返した。

振り返ると、5日間という短期間サイクルが絶妙な期間設定となった。NTTの場合、5日間に一度、スタッフが入れ替わることは、その都度、経験がゼロに戻るため、当初の不安要素になっていたが、バトンタッチが積み重なることで、初参加のスタッフも自然と洗練された。さらに、開催期間の後半になると日々フレッシュさも感じられ、素人の集団が強みになった。

最終的に、各業界から「奇跡のパビリオン」と評されるようになったNTTパビリオンの運営は、佐藤さんによると、社員アンケートでも「満足度が5点満点で4点」と、高い数値を示したそう。「NTTで働くことに誇りを感じた」、「自分が経験したことを職場や家族に伝えたい」、「求められた以上に貢献しようと思った」の項目では、99%以上の社員がこうした意識を持ちながら、運営の仕事を担っていたことが明らかになったと言います。「狙いをはるかに超える成功体験ができたと実感しています」。

「万博という大きな晴れの場で、自分を何らかの形で表現できる、自分事化できる、そういったチャンスを得たときに、一人ひとりが大きく輝けることがわかりました。

次のステップとして、NTTパビリオンで起こったことを、社員一人ひとりの取り組みとして学術的に体系化し、ほかの施策や場面でも活用しやすくしたい」

ウェルビーイングの視点からNTTパビリオン運営を分析──渡邊 淳司さん(NTT上席特別研究員)

NTT・上席特別研究員の渡邊淳司さん

NTTパビリオンを見て、研究者として強い関心を抱いたのが渡邊淳司さんでした。柔らかな語り口で会場の笑いを誘いながらも、渡邊さんは本質的な問いを投げ続けます。

「私は勝手に分析していました」

ウェルビーイングをテーマに事業分析・研究活動を行う渡邊さんは、ウェルビーイングの特徴とNTTパビリオンの取り組みを重ね合わせて話しました。

「ウェルビーイングの大きな特徴は、まず誰もが違いをもっているということ。数字など結果として出るものもあるけれど、人との関わりから喜んでもらうことなど、そのプロセスがすごく大事だということです」

ウェルビーイングのISO標準(2024年11月策定)とは: ウェルビーイングを定義するものではなく、「地域には独自のウェルビーイングの概念があることを前提として」、推進のプロセスを可視化するためのガイドライン。つまり、「何がよいか」ではなく「どうやったか」を明示するためのフォーマット。

「私は、国際規格であるISO規格は、ウェルビーイングに資するサービス・組織づくりのプロセスを可視化するものだと解釈しています。

今回については、NTTパビリオンの運営を行ったことを可視化して共有するための設計図のようなもの。研究側の人間として、自分の解釈に基づいた話を紹介したい」

ウェルビーイング版のPDCAループ:
①コミュニティのメンバーは誰かを考える
②コミュニティとして何を大事にするかを決める
③メンバーそれぞれが何を大事にしているのかを明確にする
④指標を決める
⑤サービスを構成する
⑥サービスを行ってみて、期待する指標でどう違ったかを検証する

認定方法: 
現在、MSS(ISOが審査する認定方式)ではなく、「自己宣言」「相互認定」「第三者認定」がある。「相互認定」(取り組んでいる企業が集まり、お互いの取り組みを同じフォーマットで共有する会)は、NTTグループをはじめ複数の企業で行われている。

「今回、非財務など、数字に出てこない大事なこともたくさんあると、皆さんおっしゃってくださっているように思います。自分が思うのは、数字として出てくるものと出てこないものがあったとして、実は数字に出てくる財務的なものも含めて、見えていないものがいろいろ絡み合ったうえで結果が出ているはずだということです。

結果を先に求めてしまうと、絡み合っているところがうまく進まなくなってしまうのではないかと思いました。そのため、プロセスを可視化し、より集まって議論できるようにしました。

また、NTTパビリオンは、最初は企業活動を目的に始まったかもしれない。ただ、もう少し社会的、個人的な意味を視野に入れたとき、実は個人・企業、両方にとって長期的な視点で良いことがあると示唆するものだったように思います。

価値を可視化する方法として、もう一つ、これらを皆さんの企業が向き合っている課題、社会課題解決、例えばNTTパビリオンの社会課題解決・社会活動を考えたとき、同じフォーマットで考えることができるのではないか」

目に見えにくい価値、例えば、今回、NTTパビリオンの運営を始めた当初、抱いた「社員のロイヤリティを上げたい」という目的、人事における「人的・関係資本」は無形資本となり、過程や数値化の把握は難しい。しかし、今回、ISO規格に基づいたフォーマットを活用することで、人的・関係資本、また組織資本が可視化され、有形資本につながっていく可能性が高くなる。それにより、組織価値を高める企業の資本として換算できるのではないか。

そんな新しい可視化の原理を、渡邊さんは紹介してくれました。

「財務的な価値も生み出す仕組みにしていきたいとき、企業が業務の中で社会課題と向き合い、試行錯誤を重ねながら社会的価値を創造します。

そして個人のウェルビーイングの向上と企業の総合的成長や、ネットワークの関係資本、組織の文化などがまさにソフトレガシーですが、それらがより作られていくのではないか。そのときにISO規格の視点で可視化すると、受け継がれやすくなるかもしれない。結果的に、長期的な視点で財務的にも良いことにつながる」

「企業の取り組みだけでなく、各地域の取り組みでも有効」参加者との対話

最後は、会場に集まった参加者からの感想と質問をもとに、対話を行いました。渡邊さんは言います。

「フォーマットは、『ステークホルダーはどこまでですか?運営スタッフの家族も入りますか?』などが決まれば、スタッフが持ち帰れるグッズを作るなど、出てくる施策も変わってきます。決して、『正しい答え』を出すためではありません。共通理解をしているつもりでも、実際は理解が異なっていた場合も含めて、『フォーマットを使えば、一緒に理解を進めることができます』と、対話をすることがすごく大事。一人ひとりの大事にしたいことも見えてくると思います」

渡邊さんの話を受けて、佐藤さんはあらためてNTTパビリオン運営を振り返りました。

「ISO規格のフォーマットで、NTTパビリオンの営みを検証しましたが、意図して得た学び、図らずもという学びも含めて、すごくバランスよく、しっかり書き出せることがありました。結果的に成功したことがわかってうれしいです」

こう話す佐藤さんに、参加者から質問が出ました。「運営メンバーが決まったときの所属先の反応」についてです。「一週間であっても貴重な戦力がいなくなってしまう。正直、困る職場の人もいたのでは?」。佐藤さんは答えます。

「組織長が運営スタッフに決まったチームもあり、正直心配もしました。多くの優秀な人材が5日間、不在にすることで、組織的な負荷は相当高かったのでないかと思います。しかし、私たちは『NTTとして社員のためにできること』の有効性を確信しました。事実、参加してくれた社員の中には、視野が大きく広がり、会社での自分の可能性を感じた人も多かったと聞いています。やって良かったなと思っています」

続いて、参加者からの感想です。

「NTTパビリオンの取り組みやISO規格のフォーマットの活用は、各地域でも応用できると思います。また、各地域が真似をするのではなく、プロセスを参考にすることで、自分たちが何をしたいのかがより明確化されて、大事なことや新しい価値が目に見える形で蓄積されると思いました」。この言葉に対して、渡邊さんは「どう変わってきたか、年輪が見えそうです。すごく大事な気づきだと思いました」。

その後、渡邊さんと佐藤さんはメッセージを発言し、共創セッションを締めくくりました。

渡邊さんが最初に一言。

「NTTが行ったことで、人と議論できる中間言語ができればと思いましたが、今回の議論が、今後の活動のきっかけになればいいなと思います。自分の解釈についてのご意見もぜひ教えてください」

共創セッションの冒頭から真剣な表情で語っていた佐藤さんは、晴れやかな笑顔で話しました。

「このカンファレンスで学んだのは、強い覚悟があれば枠組みを飛び越える力が出るということ。でも企業にいる人の大多数は本気の覚悟ができない。なんとなく覚悟が出てきたけど振り切るところまでいかない人が大多数。その人たちの殻を破る最後の一押しを、組織側が仕組みとして提供できるんじゃないか。頑張らずして、安全に、多くの人が個人としての力をもっと発揮できる環境。パビリオンでやったことは結果的にそれだった」

モデレーターはETIC.の小泉(一番手前)

最後は、モデレーターを務めた小泉から今回の企画の背景が語られ、セッションは幕を閉じました。

「今回取り上げたNTTパビリオンの実践は、企業の成功事例として社内で共有するだけでも素晴らしい取り組みだと感じていましたが、Beyondカンファレンスでは、その経験を一企業の中に留めるのではなく、社会に開かれた実践知として共有できないかと会話し始めました。

一社ではできない社会課題の解決や新たな価値創造が求められる時代においては、個人の想いや実践を組織の知恵へと変換し、さらに社会に共有可能な形へと翻訳していくことがとても重要になると思います。今回ご紹介いただいたISOのフレームワークでも、それぞれの組織・コミュニティが活用し、実践ケースが集積しあうことで社会(企業)として持続的にウェルビーイングを“つくりあえる”仕組み=価値の循環を引き起こす仕組みになるのではないでしょうか?」

この記事を書いた人
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愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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