
2024年1月1日、石川県・能登半島で起きた令和6年能登半島地震。その後に発生した令和6年9月能登半島豪雨。甚大な被害に見舞われた能登は、今もなお、支援の手を必要としながらも、能登の皆さんが能登らしい創造的な復興に向けた歩みを続けています。
NPO法人ETIC.(以下、エティック)は、2024年1月の発災直後から2026年5月現在まで、被災地域の支援を継続しています。そのなかで、地震発生から2年4カ月が経ち、これまでの活動を振り返って、残すべき学びが見えてきました。
エティックの支援活動のうち、能登半島地震緊急支援事業(※)は、能登で復興支援を行う団体への支援事業です。支援した8つの団体の取り組みは、いずれも、これまでの被災地支援の考え方とアプローチの枠を超える画期的なものでした。
この連載では、エティックが助成を行った8団体が事業から生み出した成果を、「残したい能登からの学び」としてお届けします(8回連載)。今回は、一般社団法人 コミュニティヘルス研究機構 山岸暁美さんです。
本記事は、2025年3月開催の能登半島地震緊急支援事業報告会の一部と、2026年4月に行った追加取材をもとに作成したものです。
※「能登半島地震緊急支援事業(休眠預金等活用事業2023年度緊急枠)」について
令和6年能登半島地震への緊急支援および中長期的復興を見据えた基盤強化事業です。災害弱者・広域避難者・小規模事業者等への緊急性の高いプロジェクトを実施するとともに、プロジェクトを通じて能登および周辺地域におけるリソース不足の解消を目指します。2024年1月から2025年3月まで助成事業を実施しました(一般社団法人 コミュニティヘルス研究機構においては2024年7月から2025年2月まで資金支援を実施)。

山岸 暁美(やまぎし あけみ)さん
一般社団法人 コミュニティヘルス研究機構 機構長・理事長
慶應義塾大学医学部公衆衛生学教室
日本赤十字社医療センター勤務後、渡豪し小児病院および総合病院に勤務。帰国後、2000年~訪問看護に従事。2007年~厚労省戦略研究緩和ケア普及のための地域介入研究OPTIM-Studyプロジェクトマネジャー。2009年~厚労省入省、在宅医療専門官として、診療報酬・介護報酬同時改定、東日本大震災対応、医療計画指針策定、在宅医療連携拠点事業などに携わる。2016年8月から現職、週1-2日は訪問看護を行う。
日本在宅医療連合学会特任理事、日本在宅救急医学会理事・学術誌編集委員長、神戸市看護大学臨床教授を務める。そのほか、政策と研究と現場を繋ぐタスクを多数務めている。
一般社団法人 コミュニティヘルス研究機構 公式サイト
通院できない高齢者とかかりつけ医をつなぐ、新たなオンライン診療
一般社団法人 コミュニティヘルス研究機構は、令和6年能登半島地震を機に、医療・ケア専門職によるチーム「DC-CAT」を立ち上げます。公的支援を補完しながら、増大するヘルスケア領域のケアに対する需要に対応していくこと、また、中長期的に地域医療や関連機関での復旧プロセスを支援することを目的に能登半島での活動を始めました。
体制の特徴は、災害フェーズや地域ニーズの編成に応じて形を変えながら支援を続けることです。発災直後から半年間は、避難所や福祉施設の支援、4月からは、遠隔健康相談ダイヤル事業、そして、2024年7月から2025年2月までの約半年間は、休眠預金を活用した「ヘルスケアMaaS(マース)事業」を推進しました。
前提として、人口約12万人の能登半島においては、人口減、医療者減の傾向があり、発災前から、住民へのヘルスケア提供体制の維持が大きな課題として挙がっていました。そして、今回の令和6年能登半島地震により、20年ほど前倒しで課題が突きつけられたという前提がありました。
私たちの活動地域は、激甚災害の認定を受けた3市3町(珠洲市、輪島市、能登町、穴水町、志賀町、七尾市)です。最初に始めたのは、徹底的にデータドリブンでということで、各市町の保健師さんと連携して行った住民の方たちの悉皆(しっかい)調査(全数調査)です。現状を調べたうえで、計画を進めていきました。
ヘルスケアMaaS事業では次の4項目を大きな柱としました。
①オンライン診療「D to P with N 」(Doctor to Patient with Nurse)(※)、②施設のDX化とオンライン診療の導入、③巡回診療の新たなカタチの模索、④保健分野でのオンライン活用、です。
(※)患者が看護師等といる状態で医師が診療を行うオンライン診療のこと
まず、①オンライン診療では、医療機関へ定期的に通うことが難しいという人が多い地域があったため、高齢者の方でも歩いて行ける地区の集会場に、遠隔診療システムを積んだ車両を看護師が運転して向かいます。そこに集まってくださった住民の皆さんに、病院や診療所にいるかかりつけ医をオンラインでつなぐ診療支援を行いました。これが「D to P with N 」です。

オンライン診療を望む介護施設や福祉施設でDX化を推進
②各施設のDX化とオンライン診療は、輪島病院の瀬戸先生から「自分が嘱託医をしている医院のスタッフが少ない。定期受診のために車に乗せて連れてくる家族の負担も大きい。道がガタガタなので道中車酔いで具合が悪くなる患者さんもいる」ということで、施設でのオンライン診療ができないかとご提案いただき、それをきっかけにうちもやりたいという先生方や施設の手上げがありました。
そのため、介護施設や福祉施設でもオンライン診療の導入を進めました。
③巡回診療の新たなカタチの模索、④保健分野でのオンライン活用としても、このしくみを生かしました。「食べることができていない」、「痩せてきた」といった悩みを持たれている方に対して、県の栄養士会ともタッグを組んで、集会所で栄養相談や健康相談を受けられる機会をつくっています。
また、新しく赴任してきた公立病院の院長先生と集会所をオンラインでつないで、住民と医療者の距離を近づけ、安心を届ける活動も地元保健師さんと共に取り組んできました。

他業種の医療者たちが6市町から月に1回集まり新しいケアや医療を模索する場も
令和6年9月能登半島豪雨の際、輪島市・珠洲市の浸水した仮設住宅の方は能登島に避難されました。そこで、能登島に避難した患者さんたちに輪島市のかかりつけ医がオンライン診療を行えるようにサポートをしました。
それによって、医療を途切れさせないことができたのです。つまり、ヘルスケアMaaS事業は、BCP(Business Continuity Plan・事業継続計画)の観点からも有効だと示すことができました。患者さんが医療機関に行けない、医師も往診できないという有事の際に備えて、オンライン診療という手段を平時から確立しておくことは重要です。
さらには、住民の医療アクセス向上に加えて、住みたい場所で健康的に暮らすための未病・予防支援、医師の移動負担の軽減や診療の効率化など、住民と医療双方ニーズに適した地域医療への貢献が叶うことが示唆されたのではないかと考えています。
この活動は6市町に広がり、市町ごとに多業種の医療者が未来志向で話し合う場ができたこと、そして月に1回は6市町の医療者が集まり、ケースカンファレンスとして事例の共有や工夫、質問や疑問などを話し合う、新しい医療やケアの形を模索する場ができたことも大きな成果です。今後この場を通して、さまざまな課題が解決されていく可能性が高まりました。
さらに、この助成事業は、石川県庁、石川県医師会、石川県看護協会による第3セクターの石川県医療在宅ケア事業団に委譲し、引き続き事業を継続してもらうことができ、とても良かったと思っています。
(本助成事業の詳細はこちらのリンクをご参照ください)
国の制度改革につながった「能登モデル」。前向きに歩もうとする能登の人たちを後押し
ここからは2026年4月に、編集部が行ったインタビューです。
──2026年4月に診療報酬改定が行われました。オンライン診療においてどのような点が改正されたのでしょうか。
山岸:地域において良質な医療を効率的に提供する体制を構築する目的で、2025年12月に「医療法等の一部を改正する法律」が公布され、オンライン診療が医療法上で再設計されました。患者さんの自宅と医療機関以外でもオンライン診療が受けられるようになったことが、大きな改正点としてあげられます。
この法改正を受け、今年2026年4月から診療報酬改定が実施されました。具体的には、看護師が医師の横についてオンライン診療を補助する行為に対し、診療報酬を算定できるようになりました。この改正に、私たちが提唱してきた「能登モデル」が反映されたといえます。
──「能登モデル」について教えてください。
山岸:「能登モデル」とは、オンライン診療において地域医療を守るために、能登の方々と一緒に作った診療モデルです。地元の医療を数少ない医療従事者たちでいかに守っていくか、住民の受診する機会をどのように担保できるか、を根底に据え、能登の方々と試行錯誤して構築しました。
「能登モデル」では、主に以下の5つを軸にしています。
- 地域の医療介護機関・行政との連携がベース
- D to P with Nを原則
(能登は高齢者が多い町なので、デバイス操作の問題や診療の質を確保するために患者の横に看護師がつくスタイルD to P with Nを原則とする) - 外来・在宅における対面診療の補完
- BCPの観点からフェイズフリーな診療手段の確立
- 運用・コストの面からも持続可能な地域医療、在宅医療を目指す
この「能登モデル」が、2026年4月の診療報酬改定に踏襲されたのです。
──「能登モデル」5つ目の、運用・コスト面での持続可能性には、「DC-CAT」が確立した、軽自動車やパソコン、通信システム(Zoom)等、普段使用している物を活用したオンライン診療スタイルが大きく貢献していますね。
山岸:当初、私たちはMaaS車の遠隔診療システムを、高いリース料金を支払って使用していました。しかし、本当に必要なのか議論しながら進めた結果、軽自動車と普段のパソコンでZoomを使用したオンライン診察を実証できました。

能登では、医療施設のみならず介護や福祉施設でも、このスタイルでのオンライン診療が取り入れられています。全国的に見ても、このスタイルの導入を検討する医療機関が増えたと感じます。「本当にズームで安全性を確保できるのか」と問い合わせも受けましたが、高価な遠隔診療システムを使用せずともセキュリティを確保した上で診療できることをお伝えしてきました。
オンライン診療の必要性に迫られる自治体は、都市部より、市街地から遠く離れた交通が不便なへき地が多いんです。高額な遠隔診療システムの導入は予算上難しい一方、軽自動車とパソコン(Zoom)という診療スタイルなら運用・コスト面の持続可能性から、現実的な手段として受け入れられやすい。それに、Zoomだと遠く離れたご家族も簡単に診療に同席できるというメリットもあります。「能登モデル」に準じてオンライン診療を取り入れる自治体が、全国に非常に広がっていると感じます。
──「能登モデル」が全国へ広まっていることを、能登の方々はどう捉えていますか?
山岸:令和6年能登半島地震の発生から、3年目を迎えました。現地に足を運び、現地の方々と一緒にお手伝いしてきたこれまでの年月には、能登の方々が非常につらい思いを抱く時期もありました。しかし最近、能登の方々がもともと持っておられた力がまた戻ってきたと実感する出来事があったのです。
今年(2026年)4月、能登の全医療機関と全福祉機関を訪問したとき。以前は私たちから取り組み内容を提案することが多かったのですが、今回の訪問時には、「こういうふうに取り組んでいる」と報告をもらうことが非常に増えたんです。目の前の患者さんや利用者の方々に対し、どうすればより良い医療ケアが提供できるか、を能登の方々が考え、模索できるフェーズに戻ってきたのだと感じています。
今回の診療報酬改定で、国の制度に「能登モデル」がしっかりと反映されたことを受け、「これまでの取り組みは間違っていなかった」と能登の皆さんが自信を持つことができました。医療制度の改革が能登の方々を勇気づけ、次のフェーズへ踏み出そうとする背中を押したのだと思います。皆さんが、再び前を向いて歩んでくれていると感じました。

能登だからこそ浮かぶアイデアがある。変化する覚悟と共に、地域医療のあり方を模索したい
──さらなるフェーズへと進む能登では、どんな課題を抱えていますか?
山岸:奥能登では、高齢化や人口減少を見据えて地域医療構想(※)が議論されています。賛成・反対意見を踏まえ、どんな方針とするのかは難しい決断であり、能登における大きな課題です。
また、人材確保も深刻な課題です。医師も看護師も少なく、地域の各医療機関が非常に困っている状況が続いています。例えばオンライン診療をうまく活用し、少ない医療従事者で現場を回せるように効率化を図る。検診で住民が診療所に集中するときは、訪問看護師さんたちがあらかじめ訪問予定を調整し診療所に手伝いに行く。このような形で、地域全体の医療を人材の再配置も含めて検討していけたらと話をしているところです。
さらに自然災害など有事の対応も想定し、被災地に、被災していない動ける医療機関が手伝いに行く、といったしくみを、BCPと絡めながら検討していきたいです。
能登の各医療機関の医師や看護師の方々も、少ない人数でどう回していくかを医療機関の枠を超えて地域単位で考えていくことが必要だと考えています。被災した経験があるからこそ浮かぶアイデアがあると思いますし、能登だからこそできる取り組みを進めていきたいです。
(※)今後の医療機能ごとの需要とそれに基づく病床の必要量などを推計するとともに、目指すべき医療提供体制の実現に向けた施策の方向性を示すもの。
引用:石川県地域医療構想(概要)
──能登だからこそできる取り組みとして、なにか動きはありますか。
山岸:能登で働く医師や看護師の多くの方が、発災直後や1カ月後、医療現場がどんな様子だったかを、今でも鮮明に覚えておられます。実際の現場で具体的にどのような対応をしたのか、どう対応すれば良かったのか。このような能登の方々にしかわからないことを、他地域と共有できないかと思っています。
この数年間、統括を拝命している、自然災害や感染症等発生時の在宅医療におけるBCP策定支援研修(厚生労働省委託事業)では、全国から参加した在宅医療提供機関の方々にBCPを作成する支援を行っています。しかし受講者がBCPを作るうえで、発災後に具体的に何が起きるのか想像しにくいという声があがります。そこで能登の方々と各医療機関の担当者をつなげられたら、BCP策定支援に活かせるのではないかと思っています。
被災後3年目を迎えた能登では、医師や看護師の方々が目の前のことで精一杯で振り返る余裕がなかった状況から、これまでを振り返り整理しようという状況へ変化していると感じるからです。記憶が鮮明な早めの時期に、話を聞いたりまとめたりするお手伝いをしたいと思っています。
──この先も、能登ではさまざまな地域医療の取り組みが続いていくと思います。山岸さんは今後、能登とどのように関わりたいと考えていますか?
山岸:能登の方々のフェーズに合わせて関わる頻度や内容は変わりますが、被災後5年間は何かしらの形で関わり続けたいと思っています。医療・福祉への従事者の多くの方は、「命が助かって良かった」と患者さんに言ってもらえるように尽力するとお話しされます。私は医療・福祉専門職の皆さん自身も、「生きてて良かった」と思ってもらえるようなお手伝いをしていきたいです。
能登は、前向きにさまざまな変化をし続けています。人は変化を嫌うので、変わることに前向きになりにくいですよね。にもかかわらず、能登の皆さんは、被災して人口が減少する状況でも、復興していくために新たなチャレンジをしていかなければいけないとお話しされます。大切なものをブレずに守りながら、変わっていこうとする覚悟が能登の方々にはある。この覚悟を間近で見てきて、私自身も見習わなければいけないと強く思っています。これからも能登の皆さんと共に挑戦していきたいです。
エティックでは、災害復興支援のための寄付を受け付けています。
詳細は災害支援基金プロジェクトのページをご覧ください。
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