
急激に変化する時代の中で、行政のあり方もまた問われています。官民の垣根を越え、行政や起業家、市民など、多様な主体がフラットに連携し、共に考え実行していく——そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。
本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第2弾「WISE GOVERNMENT×行政の変容=行政は住民・民間との共創へ舵を切れるのか?」の要約をお届けします。

<登壇者> ※左から
上山 隆浩(うえやま たかひろ)さん 西粟倉村役場 副村長
山口 美知子(やまぐち みちこ)さん 公益財団法人東近江三方よし基金 常務理事兼事務局長
<ファシリテーター>
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん 株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。
コミュニティ財団の存在が、住民の「応援したい」という気持ちの受け皿に
広石:公益財団法人 東近江三方よし基金(以下、三方よし基金)は多くの市民の協力を得て立ち上がったものですが、ビジョンの共有や共通の問題意識はありましたか。
山口:「2030年に持続可能な東近江市になっているためには」というビジョンを市民の皆さんで作られたという経験が効いているように思います。もちろん知らずに寄付されている方もいますし、全員がそのビジョンに共感して資金を出しているというわけではありません。
「三方よし基金」の場合、もともとの地域の人間関係と信頼関係がある中で、「あなたが言うならきっと何かいいことが始まるんだろう」と、どんどん寄付者が増えていきました。近隣の京都府域で作った基金でも寄付者は500人程だったと聞いていたので、人口約11万人の東近江市で772名の寄付者を集めるというのは大変でしたが、狭いエリアでやっているからこそのおもしろさを感じましたし、「捨てたもんじゃないな」と思えました。
広石:都市部ではコミュニティが希薄なイメージもありますが、「三方よし基金」は地域の関係資本がベースになっているんですね。地域の人たちが日頃もっていた「応援したい」という気持ちを形にできる場をつくったら、人とお金が集まってきたんだと感じます。
山口:地域の未来に対して「このままいったらどうなるんだろう」という漠然とした不安を感じている人は少なくありません。基金の設立をきっかけにそれが表に出てきて、「子どもをもっと応援してほしい」とか「若い人に託したい」とか、本当にいろいろな方からたくさんのメッセージをいただきました。
広石:応援したい気持ちはあっても、具体的にどうすればいいか分からないことも多いですよね。「ここでこうやって動けばいいんだ」と分かることで動き出せる人たちもいそうです。「三方よし基金」という受け皿ができたことで、東近江の人たちの意識や行政にはどのような変化があったのでしょうか。

協働を進めた先で生まれる、住民や行政の変容
山口:基金での活動を通じて、お互いを知る機会が増えました。「行政」「NPO」という人がいるわけではなく、山口さんや上山さんという個人がいて、それぞれ「まちがよくなったらいいな」とか「困ってる人がいなくなったらいいな」という思いをもって活動している。そのことに気付くだけでセクターを越えたリスペクトが生まれるし、「もっとこんなことをやってみたい」という希望や、「なんとかなるよ」という前向きさも広がっているように思います。
広石:お互いの顔が見えてくると応援したくなりますよね。西粟倉村では外からローカルベンチャーを立ち上げる人たちが入ってきたことによる地域の変化は感じますか。
上山:移住者の多くが20代から40代の生産年齢人口で子育て世帯も多いので、村全体の人口は微減しているものの活力を維持できています。何より先ほどもお話しした通り、Iターン者やローカルベンチャー企業との交流を通じて、特に地元の若い世代にチャレンジが伝播していることが大きな変化です。
例えば被災状況の調査や物資輸送など、災害時の活用も視野に入れたドローン事業は、行政で実証実験はやれても事業化まではできません。そこでその担い手として、地元の若手が起業して取り組むといったことが起き始めています。役場も43人ほどの小さな組織なので、民間のビジネスが手が回らない行政課題を補完してくれるのは助かります。
そして高齢者側でも、そういった変化やヨソモノを受け入れる土壌ができてきました。地域内のヒエラルキーが変化し、これまでにない課題解決の手法が生まれ始めています。
また自分自身の変化で言うと、行政の場合、せっかくいいビジョンや計画を描いても「誰がやるのか」という部分が抜け落ちてしまうケースが非常に多いんです。でも本当はそこが一番重要で、実行が伴わないビジョンには誰もついてこないですよね。これまでの経験を通じて、この点を強く意識するようになりました。
もう1つは、やはり創発的でないとダメだなと思っています。「こう決めたからこうなんです」という杓子定規な姿勢ではうまくいかない。やりながら、「こうしたらどう?」「だったらこうしたらもっといいかも」というように、お互いパートナーのアイデアに上積みしていける懐の深さをもっておくことが重要だと感じています。

管理型から適応型へ。従来と真逆のやり方で、民間の活動を支える
広石:管理型から適応型へガバナンスを見直そうという動きもありますが、事業の途中で上積みされるアイデアを受け入れるという発想は、管理型だとなかなか出てこないでしょうね。
上山:行政的な視点だと決まった計画の枠の中で考えがちですが、企業家目線で見直すと「ここは利益が出せそうなので民間にやってもらって、行政がやる必要はない」という事業もありそうです。そういった視点での見直しも必要だと思います。
広石:山口さんも官民両方の視点をお持ちだと思います。住民活動の支援は、それこそ従来の管理型に当てはめるのが難しそうな領域ですが、どの事業にお金を使ったらいいのか、どうやって判断しているのでしょうか。
山口:「東近江版SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)」という事業を実施したことが大きな経験値になりました。SIBというのは、民間の資金や知見を活用して行政が抱える社会課題を解決するための枠組みです。地元住民や事業者からの出資を基に事業に取り組んでもらい、成果に応じて行政から出資者に報酬を支払います。
私も公務員時代は助成金を出す側だったので、何に使ったか、いつ使ったかをものすごくチェックしていました。ですがSIBの場合は違います。成果を問うという仕組みなので、何に使ったかではなく成果を評価するんです。ですから最初に団体の方々と、「この活動は何のためにどこを目指すものなのか」を整理してから事業を始めます。
事業の途中では想定外のことも多々あります。私たちもそれに対して、「どう手段を変えれば目的地を変えずにやれるか」という観点から伴走するというやり方を身につけ始めています。そして終了後にお金の使い方をチェックするという、公務員時代とは真逆にあるやり方が徐々にできるようになってきました。
成果を評価する仕組みのいいところは、副次的な効果もきちんと記録して、実践者に意識してもらえる点です。例えば、もともと子育て支援の活動をやりたかったけど、実際にやってみると若者や高齢者も活動の対象にした方がよさそうだと気付くというように、さまざまな課題に目を向けられるようになるのもSIBという仕組みのいい点だと思います。
広石:最近のソーシャル・インパクトをめぐる議論を見てみると、アメリカなどでは成果を単純化せず、もっと複雑な要素を踏まえて測っていかなければという考え方が広がっています。波及効果などは単純なロジックモデルだけでは追えないこともあるので、支援者側も自覚しておく必要がありますね。
地域の中に「ただ、ある」ことの大切さ
広石:西粟倉村でも森林資源の活用から波及してさまざまな分野のプレイヤーが増えていると思いますが、プレイヤーを増やす上ではどんなことが大切なのでしょうか。
上山:行政としてやりたいことがあるのは分かるのですが、実態としてそれに合った人たちが来て、行政が描く事業をやってくれるという話ではないんですよね。ローカルベンチャーの方々は、自分の可能性や地域で活用できそうな資源を見た上で、「こういうビジネスモデルならできる」と思って来ているわけで、必ずしもそれが行政と一致するわけではありません。
特に小さな地域では「ただ、ある」ということが非常に重要なんです。山口さんのお話にもありましたが、地域の中で一人がもつ役割や可能性は1つではないので、その人がやりたいことそのものだけでなく「こういうものが付加価値化として生み出せるかもしれない」とか、「こっちにも重要な可能性がある」と見出していく視点が大切なんです。まずは地域にいてくれることが重要なので、なるべくやってみてもらう方向で考えるようにしています。
その人がもつネットワークを通じて、友人・知人が地域づくりに参画してくれる可能性もありますよね。実際に「西粟倉森の学校」で働いていた人が独立して、養鶏を始めたという事例があります。耕作放棄地の活用や、餌に農作物の残渣などを使うことによるゴミの減量など、地域課題解決にもつながっています。

上山:「地域おこし協力隊」のような制度もありますし、行政がやってほしい領域とは多少違っても、やりたいと思えることをちゃんとやれそうな人たちだったら、一旦受け入れて地域の中で育ててみることも必要ではないでしょうか。
広石:非常に興味深いお話です。行政の枠の中で考えて、「これをやらなきゃいけないから人を探す」という発想ではなく、そこにいる人を起点としてできることをオープンに考えていくというのは、大きなガバナンスの変化だと思います。
これからの時代の協働を考える上で大切なこと
広石:最後に、社会企業家や社会的企業と協働していく上で大切なことなど、アドバイスをお願いします。
山口:昔、私もある方に「こういう時代の行政の役割って何だと思いますか」と聞いてみたことがあるのですが、「飲み会の幹事みたいなものだよ」という答えがすごく腑に落ちたんです。それぞれの好みを把握して、みんながそれなりに楽しく過ごせるようセッティングするのって、実はすごく難しいんだけど、これから公務員に求められるのはそういう力なんじゃないかと思います。
それから、小さなことでもいいので一緒に何かをやるという経験も大切だと思います。何かを一緒にやって初めて、個人と個人としてつながれるんです。どこの部署に移動しようが、仕事を辞めようが、「山口さん」として変わらず付き合ってくれる。これから民間との協働に取り組む方には、そんな経験値を積む機会を増やしていただきたいなと思っています。
広石:上山さんはいかがでしょうか。
上山:行政の視点と地域住民の視点は必ずしも一致しているとは限りません。西粟倉村でも「百森」を打ち出してから15年以上が経ち、若い移住者の増加といった成果があるからこそ、住民の危機感がやや薄れてきた面があります。とはいえ人口減少は止まっていませんし、企業育成だけでは解決が難しい課題もあります。だからこそ、住民と意思疎通を図ることは大切にしています。
住民同士で意見が対立する場合など、行政職員がいわゆる悪役になるケースもあるでしょう。そういった覚悟もしつつ、地域の将来の展望に向けて必要なものを俯瞰して考えていく必要があると思っています。
広石:本日は行政の変容をテーマに議論してきました。行政というと管理型になってしまうこともありますし、民間を下支えする黒子のようなイメージになりがちですが、「一緒につくる」という姿勢がパートナーシップを育む第一歩なんだと感じました。
上山さんのお話にあったように、行政と住民、企業の考えが全く同じということはありませんし、もしかしたら最初はすれ違いから始まることもあるかもしれない。コミュニケーションを重ねて、どうしたら一緒に運営していけるか、すり合わせていく根気強さみたいな面もこれからの行政には求められるのかなと感じました。
「持ち寄る協働」という言い方をしていますが、パートナーシップというのは一方的に与えるのではなく、どちらも持ち寄って一緒につくっていくことが大切です。この姿勢を多様なステークホルダーとどう共有して形にしていくかといったことも、本プロジェクトを通して皆さんと考えていければと思っています。
上山さん、山口さん、本日はありがとうございました。
<登壇者プロフィール詳細>
上山 隆浩(うえやま たかひろ)さん
西粟倉村役場 副村長
岡山県西粟倉村出身。1960年生まれ。大卒後、西粟倉村役場に入庁し、 村の宿泊施設や観光施設の総支配人として企画や立て直しに従事。2009年より「百年の森林構想」「環境モデル都市構想」を掲げ、新たな地域経営モデルの構築に向けローカルベンチャーの発掘と育成に力を注ぐ。2017年に地方創生推進班の設立とともに地方創生特任参事に就任。2024年より現職。「生きるを楽しむ」というコンセプト作成や「西粟倉むらまるごと研究所」をはじめとするシンボルプロジェクトを推進。2019年度SDGs未来都市(モデル事業都市)、2022年「脱炭素先行地域」に選定。面積の93%が山林、人口1300人の村は62社のスタートアップが集積し、人口の約20%は移住者。「奇跡の村」として行政・企業の関係者から注目を集めている。
山口 美知子(やまぐち みちこ)さん
公益財団法人東近江三方よし基金 常務理事兼事務局長
滋賀県生まれ。東京農工大学大学院修了。1998年に林業技師として滋賀県入庁。林業事務所、琵琶湖環境政策室などを経て、2012年3月滋賀県を退職し、2012年東近江市職員となる。2019年から創設に関わったコミュニティ財団「公益財団法人東近江三方よし基金」常務理事に就任。2021年3月に市役所を退職。一般社団法人kikito、NPO法人まちづくりネット東近江等の活動に参加。 「東近江三方よし基金」では、地元住民や事業者から出資を受け、成果が出たら行政の補助金を返す東近江市版ソーシャルインパクトボンド(SIB)を展開。自然資本、社会資本、人的資本、社会関係資本の4つの地域資源を活かし、地域活性化や社会課題の解決と組み合わせた資金支援を行っている。
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん
株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
1968年生まれ、大阪市出身。東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク、NPO法人ETIC.を経て、2008年株式会社エンパブリックを創業。「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる。著作に「ソーシャルプロジェクトを成功に導く12ステップ」「専門家主導から住民主体へ」など。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部などの非常勤講師も務める。ネットラジオ「empublicの一語一歩」も配信中。
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