
「自分の住むまちの未来を、誰がつくっているのだろう?」
人口減少や少子高齢化、財政の縮小…。私たちが直面する課題は複雑化し、行政サービスだけでは応えきれない領域が確実に広がっています。もし行政や起業家、そして私たち住民が垣根を越えてフラットに連携し、共に地域の未来を考え、実行できるとしたら──。
そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。
本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第2弾「WISE GOVERNMENT×行政の変容=行政は住民・民間との共創へ舵を切れるのか?」の要約をお届けします。

<登壇者> ※左から
上山 隆浩(うえやま たかひろ)さん 西粟倉村役場 副村長
山口 美知子(やまぐち みちこ)さん 公益財団法人東近江三方よし基金 常務理事兼事務局長
<ファシリテーター>
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん 株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。
誰とどう協働するか、が地域活性化の屋台骨。西粟倉村が活動の土台に据えること
広石:これからは、 行政と市民それぞれが対等なパートナーとして協働していけるかどうかが重要な時代です。そのためには、行政も企業も住民もそれぞれが変容していかなければならないのではないでしょうか。
自分たちが感じている課題を行政に「なんとかして」と任せるのではなく、行政がしたいことを一方的に民間にやらせるのでもなく、「私たちのしたいこと」にしていくのが、これからのパートナーシップ型の協働だと思います。今日はこのような視点から、「パートナーシップとは何か」というテーマも一緒に考えていければと思っています。
今回のゲストは、行政の立場にありながら、それだけではない発想をもってパートナーシップ型の協働に向き合ってこられたお二人です。まずはこれまでの取り組みなども含めて自己紹介をお願いします。
上山:人口約1300人の岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)で副村長をしています、上山です。私は大学卒業後すぐ西粟倉村に戻り、役場職員としてさまざまな事業に携わってきました。西粟倉村は平成の大合併の時期にあたる2004年に「合併しない」という選択をした村です。
村が生き残るための最大の資源が、地域の資源面積の93%を占める森林でした。そこで、先人たちが苗木を植え50年もの間守り育ててきた森林を、私たちがあと50年がんばって100年生の美しい森林にしていこうと2008年に打ち出したのが、「百年の森林(もり)構想(以下、百森・ひゃくもり)」です。

上山:個人での森林管理が難しくなってきたため、所有者から森林をお預かりし、役場が主体となって10年単位で森林の間伐や作業道整備に取り組んでいくという契約が、この構想の中核をなしています。現在では村の森林面積の約半分を役場で管理するまでになりました。
課長として立ち上げ期から「百森」に関わってきた他、地域でビジネスを起こす若者を応援する「西粟倉ローカルベンチャースクール(以下、LVS)」も長年担当してきました。西粟倉村は特に木材資源を活かしたローカルベンチャーが数多く誕生したことで全国的な注目を集めてきましたが、教育や介護、医療など、村の地域課題を解決するようなローカルベンチャーも生まれています。

上山:また「百森」は、2019年から「百森2.0」として新たなフェーズに突入しています。「百森2.0」は、防災や生物多様性、コト消費や森林農業など木材資源の生産以外にも多様な視点から森林資源を見直し、その価値を最大化していこうというものです。
中でも、町内で再生可能エネルギーによる経済循環を生み出すことには力を入れています。これまでも家具や内装材に使えない木材を活用した木質バイオマスエネルギーなどに取り組んできましたが、「脱炭素先行地域」として2030年までに公共施設と住宅の一部で、電気由来の二酸化炭素排出量をゼロにするという、新たな事業に挑戦中です。
LVS事業の方も、2021年からは「TAKIBIプログラム」として新たなスタートを切りました。これは西粟倉村の中にある「願い」を起点として、村内外の人と協働しながら売上規模1億円以上のビジネスを複数創出していこうという事業です。 民間企業と一緒に新しい事業開発に取り組んでいます。
広石:西粟倉村は、自然資本の最大化を目指すという姿勢を貫いています。「百森」にも表れている通り、中長期的な視野で取り組んでこられたんだなと感じました。
上山:そうですね。やはり2058年を見据えて何を加えていくか、誰とどのように協働していくかを基本的な土台として考えています。そうすることで個々の計画も一本筋が通ったものになるのではないでしょうか。
広石:そこにも重要なヒントがありますね。地域活性化というと目の前の課題に振り回されがちですが、関わる人が屋台骨となる構想を共有しているからこそ、こういった展開ができるんだと思います。
資金調達は自分たちで。お金以外で市民と行政が連携する「東近江三方よし基金」
広石:続いて山口さんからも、東近江の取り組みをご紹介いただきます。
山口:「公益財団法人 東近江三方よし基金(以下、三方よし基金)」の山口です。私はもともと滋賀県の林業技師でしたが、ご縁があって東近江市(ひがしおうみし)の職員になり、今は財団法人の職員をしています。「三方よし基金」の活動エリアは、滋賀県の琵琶湖の東側にある東近江市です。特定の企業や個人ではなく、772名の市民の寄付を基本財産として設立された、「市民コミュニティ財団」といわれる財団です。
2016年、東近江市が地域のNPOや金融機関の方々と共に財団の設立検討会を立ち上げました。そして「持続可能なまちをつくりたい」というビジョンの下、実現に向けて必要な資金を調達するために財団が設立されたという背景をもっています。
2017年に一般財団法人として設立されて以来、補助金に頼らず自分たちで資金調達してくる仕組み作りや、支出の削減、地域内でのタンス預金の活用などに取り組んできました。その後2018年に公益財団法人となり、地域の皆さんのさまざまな活動を応援しています。
誰かを応援したいと思っている個人や団体、企業の方々と、地域で行動を起こそうとする方々をひたすらつなぐというのが私の日々の仕事です。地域の方の声からプロジェクトを一緒に立ち上げて伴走し、振り返って、またみんなで次のプロジェクトを発見するというサイクルの繰り返しですね。

広石:行政だと地域課題や困っている人への対応を優先しなければならない面がありますが、山口さんのお仕事はサイクルの最初と最後が「発掘」なのがすごくすてきですね。まちづくりは「お金がないから引っ張ってきて」という発想になりがちですが、実は地域にあるんだよということが「発掘」という言葉に込められているように思いました。
山口さんは元々公務員だったこともあり、財団でのお仕事はさまざまな場面で発想の転換が必要だったんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
山口:私に限らず、発想の転換は住民側にも必要だと思います。「行政にとってもいいことをやるんだから、お金を出してくれて当たり前だろう」と考えてしまうことが不幸の始まりなんです。行政側からすると「いやいや、そんなこと頼んでないし」という感じで、お互い目指すものは重なっているはずなのになんだかうまくいかないというのを何度も経験してきました。
行政に予算を求めるのとは違ったアプローチから始められたら、もう少し健全な関係性づくりができるのではと考えていましたが、行政の立場からは言いづらいんですよね。それが財団をつくったことで、地域の皆さんに「行政にお金のことを頼みに行くんじゃなくて、もっと別の連携のやり方を相談してみよう」というお話をしやすくなりました。
広石:行政が「お金は自分たちでなんとかしてください」なんて言い方をすると角が立ちますが、間にコミュニティ財団があることで、行政と住民、活動者との関係も変えていけるんですね。
行政と民間の役割分担を明確にした協働が、ローカルでのスタートアップを促した
広石:西粟倉村の取り組みも初期は行政主導だったかもしれませんが、LVSのような事業には民間のプレイヤーを巻き込んでいきたいという狙いがあったのでしょうか。
上山:人口減少・少子高齢化と言っても、住んでいる人が特別何かに困っているかと言われると、別に困っていないんですよね。そんな中で、地域住民がリスクを取って事業を起こすということは考えにくかった。そこで地域の資源を最大化していくには、自分がリスクを取ってでも事業に挑戦したいという人たちに地域の中に入ってもらう必要がありました。
住民から「どこの誰とも知れない人がよく分からないことをやっている」と警戒されないよう、公的な制度で後押しすることで「お墨付き」を与え、生活していけるだけの基盤を提供するなど、行政はベースを整える役割を果たします。一方で事業をやるのはあくまでプレイヤー自身です。このように役割分担をはっきりした上で協働することが大事だと思っています。
広石:村の人にとっては当たり前の森林などの資源も、ヨソモノ目線で「こんなすごいものがあるんだ!」と言ってもらうことで、地域の価値の再発見につながるという側面もありますよね。
上山:まさにそうです。地域内で同じ価値観の人同士で話していても新しいアイデアはなかなか生まれませんが、ヨソモノが入ってくることで化学反応のように新しい視点や価値が生まれていくという経験を何度もしてきました。

広石:別の論点ですが、行政からすると企業はお金儲けが目的の組織と捉えられがちなのではないでしょうか。営利企業を「地域づくりのパートナー」として理解してもらうことへのハードルがありそうですが、行政側の変化などがあれば教えてください。
上山:たしかに単なる企業支援になってしまうと、地域の共感は得られにくいと思います。西粟倉村の場合、最初に入ってきたベンチャー企業の皆さんは、「百森」で掲げた地域のありたい姿に共感して入ってきた人たちでした。つまり「お金のため」だけでなく、「地域の思い」に共鳴してスタートしたんです。
共感をベースとして、外部のプレイヤーが地域資源を活かした事業を立ち上げてきたという創発性が重要だったと考えています。このような流れの中で、以前は「行政がやるべき」と思われていたことを住民がビジネスとして解決したり、地域資源を活用する共同組合をつくったりと、地域内でも主体的な動きが生まれています。
地域にある課題と資源を見つめ直し、そこから「50年後の姿」を描いて共有するというプロセスが大切だったのではないでしょうか。
>> 後編 一緒につくる姿勢が、人と人をつなぐ。──管理から伴走へ、官民協働が育つ理由とは
<登壇者プロフィール詳細>
上山 隆浩(うえやま たかひろ)さん
西粟倉村役場 副村長
岡山県西粟倉村出身。1960年生まれ。大卒後、西粟倉村役場に入庁し、 村の宿泊施設や観光施設の総支配人として企画や立て直しに従事。2009年より「百年の森林構想」「環境モデル都市構想」を掲げ、新たな地域経営モデルの構築に向けローカルベンチャーの発掘と育成に力を注ぐ。2017年に地方創生推進班の設立とともに地方創生特任参事に就任。2024年より現職。「生きるを楽しむ」というコンセプト作成や「西粟倉むらまるごと研究所」をはじめとするシンボルプロジェクトを推進。2019年度SDGs未来都市(モデル事業都市)、2022年「脱炭素先行地域」に選定。面積の93%が山林、人口1300人の村は62社のスタートアップが集積し、人口の約20%は移住者。「奇跡の村」として行政・企業の関係者から注目を集めている。
山口 美知子(やまぐち みちこ)さん
公益財団法人東近江三方よし基金 常務理事兼事務局長
滋賀県生まれ。東京農工大学大学院修了。1998年に林業技師として滋賀県入庁。林業事務所、琵琶湖環境政策室などを経て、2012年3月滋賀県を退職し、2012年東近江市職員となる。2019年から創設に関わったコミュニティ財団「公益財団法人東近江三方よし基金」常務理事に就任。2021年3月に市役所を退職。一般社団法人kikito、NPO法人まちづくりネット東近江等の活動に参加。 「東近江三方よし基金」では、地元住民や事業者から出資を受け、成果が出たら行政の補助金を返す東近江市版ソーシャルインパクトボンド(SIB)を展開。自然資本、社会資本、人的資本、社会関係資本の4つの地域資源を活かし、地域活性化や社会課題の解決と組み合わせた資金支援を行っている。
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん
株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
1968年生まれ、大阪市出身。東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク、NPO法人ETIC.を経て、2008年株式会社エンパブリックを創業。「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる。著作に「ソーシャルプロジェクトを成功に導く12ステップ」「専門家主導から住民主体へ」など。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部などの非常勤講師も務める。ネットラジオ「empublicの一語一歩」も配信中。
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