
急激に変化する時代の中で、行政のあり方もまた問われています。官民の垣根を越え、行政や起業家、市民など、多様な主体がフラットに連携し、共に考え実行していく——そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。
本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第1弾「WISE GOVERNMENT×社会起業家=社会起業家と自治体・住民の連携の現在地と未来」の要約をお届けします。

<登壇者> ※左から
長澤 重俊(ながさわ しげとし)さん 株式会社はくばく 代表取締役社長
甲田 恵子(こうだ けいこ)さん 株式会社AsMama 代表取締役社長
<ファシリテーター>
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん 株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。
“売り込まない”ことが信頼を生む。長期的な視野での事業展開
広石:地元企業がコミュニティづくりに参画する上で、気を付けた方がいい点などは何かありますか。
甲田:トップが地域貢献的な思いを持たれていても、例えば幹部社員の方が自社のものを売りたいという色気を出してしまうと、途端にソーシャル要素が少なくなっちゃうんですよね。地元で有名な会社であればあるほど、「結局最後は〇〇売られるよね」みたいに思われてしまうと逆効果なんです。
だからAsMamaで商業施設のファンづくりや不動産会社のまちづくりをお手伝いする際、クライアントさんには「結局家売られるんでしょ?」と思われないようにしてくださいと強めにお伝えしています。
ヨソモノである私たちAsMamaが「この会社がスポンサーになってくれて、みなさんの地域活動を応援してくださってるんですよ」と言うからいいのであって、その地域でブランド力のある会社が自分たちで言い始めると、「何か売られる?」と身構えられてしまいます。
長澤:そこは大事ですよね。ヴァンフォーレ甲府のACL出場の際も、部下からは「海外試合なのでユニフォームに載せているはくばくのロゴはアルファベットに変えましょう」と言われましたが、「海外の人が読めなくてもいい。長年親しんできた、はくばくのあのひらがなのロゴで海外でもプレーしてくれる方がサポーターも喜ぶだろう」と止めたことがあります。
費用対効果を出すことも大切ですが、甲田さんがおっしゃっているのは例えばこういうことなのではないでしょうか。

甲田:長澤さんの成果を急がない姿勢が逆によかったんだろうなと思いました。
広石:ヴァンフォーレ甲府のスポンサーを長年続けてきたことによる社員の変化などはありますか?
長澤:長くやってきたので、今では支えることが社員にとっても当たり前になっていますが、最初は「あんなチームの支援をするくらいなら自分たちの給料を上げてくれ」といった待遇改善を求める声もありました。直接私に言える人はなかなかいませんが、人づてで「こう言ってますよ」とは聞きましたね。今はそういった議論は全くないです。
広石:コミュニティの中で自分たちに何ができるかに意識が向くようになり、社員やサポーターのみなさんとも共有しているというところが興味深いですね。
甲田:長期的な視野で取り組むという姿勢は本当に大切です。自治体の場合、年度ごとに予算が決まっているので年度内での成果を焦ってしまいがちですが、自治体と組む場合、「初年度でいきなり子どもの預け先に困る人がいなくなるとか、地域で子育て支援する人たちが100人増えるとか、そんなことは絶対に起こりません」と最初にきっぱりお伝えしています。
むしろ最初に出てくるのは、行政や今の地域に対する不満かもしれません。それこそ今後の地域を考える上で必要な課題の炙り出しなんですが、それを行政が自らやると「だったら行政でなんとかしてくれ」となってしまう。特に地方の場合はそれが顕著です。
「もう行政が全部やる時代じゃないよね」というのは、ヨソモノだから言えることなんです。地域の困りごとを自分ごととしてどう解決していくかを考えるために、住民それぞれの得意なことや空き時間をどう活かしていくかを議論するのが1年目というイメージですね。そのときにはくばくのような地域密着型の企業が「一緒にイベントを手伝ってくれるよ」、「継続的にサポートしてくれるよ」ということになるとすごく喜ばれます。
民間が果たせる役割・行政とのパートナーシップを考える
広石:地域の課題解決というとまず行政というイメージでしたが、行政と民間がパートナーシップを組むことで解決できることや、民間だからこそできることもいろいろありそうですね。
長澤:我々、経済人の発想としては、一番の地域貢献は雇用創出だという話になりがちですが、ヴァンフォーレ甲府への支援を通じて、「マネタリー経済からボランタリー経済へ」という論調に実感がわくようになりました。
プライドや評判、人とのつながりのような目に見えないものを意識して、地域経済の中で多くの人に影響を及ぼしうる存在として企業を見つめ直す時期にきているように感じます。市民活動に地元で有名な企業が関わることで安心して参加してもらいやすくなるというような、エンドースメント効果もあるんじゃないでしょうか。
広石:地域に根ざした経済活動を行うということには、雇用を生み出す以外にもさまざまな側面があります。その点に少し自覚的になって動くだけで、波及効果も広がっていきそうですね。甲田さんはどのようにお考えですか。
甲田:さまざまな課題に対して、公共頼みでは困る、市民同士あるいは民間と市民の助け合いでなんとかしてほしいという面はあると思います。そうは言っても、地方にいくほど行政がもつ信用力は民間がかなうものではありません。
だからこそ、旗振り役を行政がやるというのはすごく大事だと思います。市民や民間に丸投げするのではなく、行政自らや企業も含め、何かしらできることで全員がまちづくりに参画していく。そしてそこに横串を刺すといったことがこれからの行政には求められると思います。
広石:そうですよね。社会起業家ももちろん大事ですが、その活動を広げていくには地元企業や自治体の信用など、地域のさまざまなリソースを使わないと、孤軍奮闘では解決できませんよね。
甲田:はくばくのような手を差し伸べてくださる民間企業も重要ですし、腹をくくって5年間でやろうという行政職員の方も、我々みたいに黒子になって地域を駆け回る役割も、それぞれ必要だと思います。

一人ひとりの「熱量」が地域を動かすエンジンに。サッカーチーム支援に見る地域の力
広石:僕たちの会社でもよく「コレクティブな協働」という言い方をしているんですが、それぞれが力を持ち寄るというのがすごく大事ですよね。誰かに任せるのではなく、「自分にはどんな関わりができるだろう」と一人ひとりが考え始めることで、何らかの形が生まれてくるのではないでしょうか。
長澤:甲田さんのお話を聞いて、ヴァンフォーレ甲府が一番苦しかった時期を思い出しました。私たちがスポンサーになった2000年頃のことですが、お金は出せないけど床屋さんが無料で選手の髪を切ってくれたり、クリーニング屋さんがタダでユニフォームを洗ってくれたり、町の飲食店が選手にご飯を食べさせてくれたり、そういう輪が広がっていったんです。これはすごい、これが地域の力なのかと感じました。
応援したい気持ちは、こんな風にみんなが出せるんです。サッカーチームを核として支援のムーブメントが巻き起こったことは非常に驚きでしたし、素晴らしいことだなと思いました。
広石:まさに力を持ち寄っていったわけですね。放映権などスポーツビジネスの話ばかりしていると、まずは一人ひとりの思いや関係性があり、それが熱量になって、地域を動かすエンジンの一つになっていくというようなことは見落とされがちです。甲田さんの取り組みも、地域にこういう熱量みたいなものを生み出すことにつながっているのではないでしょうか。
甲田:そうですね。日本全国、高齢化と子育ての問題は避けて通れません。分かりやすい課題なので、子育ては支え合うまちづくりの軸として、各地で共通するテーマになりうると思います。
広石:みんなで課題を共有して、いろいろな形の関わりからよりポジティブなエネルギーが生まれていく。そしてそのエネルギーがまた地域の課題の解決にも役立っていく、といった循環も生まれていきそうです。
持続可能な地域づくりは、「ある」ものを見直すことから始まる
広石:持続可能な地域づくりには、やはり自治体や企業、市民の協働が非常に大事だと改めて感じました。これからの地域づくりに向けて、やってみたいアイデアなどがありましたら、ぜひお聞かせください。
長澤:子育てや高齢化、人口減少問題については、企業もかなり責任があるのではと強く感じてきました。例えば男性の育休も、会社の風土として取得しにくい雰囲気があれば男性が子育てに参加するのは難しいでしょう。介護についても同様です。
どういう会社で働いているかによって、結婚や出産、子育てのあり方が大きく変わってしまうということについて、まずは経営者が認識を改めなければならないと思います。今後は経済同友会などを通じて、意識改革につながるような活動をしていきたいです。
甲田:子育てのことは子育て支援課というように縦割りで考えられがちですが、防災や観光からつながりが生まれることもあります。むしろ保育園や幼稚園だけの問題ではないので、どこの課でも子育てという切り口でできることを考えていただけたらと思います。
自治体が動くほどの規模ではないけどどうしよう、年度途中でどうしたらいいか分からないといったときも、お手伝いできることがあると思いますのでお気軽にご相談ください。

長澤:甲田さんのような社会的企業やNPOの方からすると、私たちのような地元の普通の中小企業ってなかなか接点を持ちにくいという面もあるのではないでしょうか。協働に向けてそういった点を変えていく必要もありそうですね。
広石:うちの町には予算もないし人もいないという言い方もよく耳にしますが、お二人の話を聞いて、実は地域の中にもさまざまなリソースをもった企業や「なんとかしたい」という思いをもった人がいるんじゃないかと感じました。
外部とのネットワークも大事ですが、地域の中の点と点をつなぐ、それぞれができることを持ち寄るという視点がやはり大切だと思います。行政にしかできないことがあるという点も、改めてこの「WISE GOVERNMENT」構想の中で一緒に考えていけたらと思いました。
長澤さん、甲田さん、本日はありがとうございました。
<登壇者プロフィール詳細>
長澤 重俊(ながさわ しげとし)さん
株式会社はくばく 代表取締役社長
1966年生まれ。山梨県出身。東京大学経済学部卒業後、住友商事に入社。1992年に家業である株式会社はくばくへ入社し、2003年より現職。赤字体質だった穀物加工業を立て直し、健康志向の高まりを追い風に「穀物のある豊かな食生活」を提案し続けている。地域との関係も深く、Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府のスポンサーを20年以上にわたり継続。
甲田 恵子(こうだ けいこ)さん
株式会社AsMama 代表取締役社長
1975年生まれ。大阪府出身。米国留学を経て関西外国語大学英米語学科卒業後、環境事業団にて役員秘書と国際協力室を兼務。2000年、ニフティ株式会社に転職し、海外渉外・広報・IRを担当。ビジネスモデル特許を多数発案。2007年、ngi group株式会社(現ユナイテッド株式会社)で広報・IR室長を務めた後、2009年11月に株式会社AsMamaを創業し、代表取締役社長に就任。創業以来、「子育ても暮らしも、一人にしない社会」を掲げ、各地で地域共助コミュニティの形成や地域課題解決に取り組む。
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん
株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
1968年生まれ、大阪市出身。東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク、NPO法人ETIC.を経て、2008年株式会社エンパブリックを創業。「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる。著作に「ソーシャルプロジェクトを成功に導く12ステップ」「専門家主導から住民主体へ」など。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部などの非常勤講師も務める。ネットラジオ「empublicの一語一歩」も配信中。
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