
「自分の住むまちの未来を、誰がつくっているのだろう?」
人口減少や少子高齢化、財政の縮小…。私たちが直面する課題は複雑化し、行政サービスだけでは応えきれない領域が確実に広がっています。もし行政や起業家、そして私たち住民が垣根を越えてフラットに連携し、共に地域の未来を考え、実行できるとしたら──。
そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。
本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第1弾「WISE GOVERNMENT×社会起業家=社会起業家と自治体・住民の連携の現在地と未来」の要約をお届けします。

<登壇者> ※左から
長澤 重俊(ながさわ しげとし)さん 株式会社はくばく 代表取締役社長
甲田 恵子(こうだ けいこ)さん 株式会社AsMama 代表取締役社長
<ファシリテーター>
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん 株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。
お金だけでは語れない、地域に根ざすビジネスの社会的側面とは?
広石:シンポジウムの第1弾は、特に社会起業家や社会的企業の果たす役割に注目したいと思います。ビジネスというとどうしてもお金の話になりますし、地域活性化も経済活性化と結び付けて考えられがちです。
ですがビジネスには、地域の潜在ニーズを見つけ出す、地域にあるものを活かして価値にするといった面もあります。社会あるいは地域に眠る可能性を見出していくこともビジネスの役割ですし、仕事があるからこそ出会う人やつくれるつながりもあるわけです。
そして新しい仕組みを作ることで、人々の動き方や役割もどんどん変わっていきます。このように、地域の中のビジネスには、さまざまな社会的側面があるのです。今日はビジネスがもつ社会的側面に注目して、地域や行政との関わり、どのように事業や地域を活性化していけるのかなど議論していきたいと思います。
それでは改めて、ゲストの二人に自己紹介をお願いしたいと思います。
長澤:株式会社はくばく代表取締役社長の長澤です。自分が社会起業家だという意識はありませんが、2003年に36歳で社長になってから20年以上山梨で穀物加工の食品メーカーを経営しています。「私たちは穀物の感動的価値を創造し、人々の健康と豊かな食生活を実現します。」というのが当社のミッションです。ミッションはただ掲げるだけでなく、本気で追いかけているかどうかが経営では重要だと思っています。
穀物というと米や小麦を連想する方が多いと思いますが、我々は大麦や雑穀、キヌアなど健康食品としての穀物をメインに扱っています。当社は雑穀の国内シェア約60%で、売上は約200億円、社員約450名の中堅企業です。どうぞよろしくお願い致します。

甲田:株式会社AsMama代表取締役社長の甲田です。AsMamaでは、誰もが育児も仕事もやりたいことも叶えられる社会を目指して2009年から活動しています。創業当初から社員は全員リモートワークで勤務していることが特徴です。
お母さんたちが集う場がない、働く場がない、子どもを預けられる場所がないなど、地域ごとのさまざまな課題解決に取り組んできました。現在は、子育て世代だけでなく多世代の課題解決にも目を向けています。
AsMamaでは、知り合い同士の送迎・託児が気軽にできる「子育てシェア」、地域内の共助を促す「マイコミュ」といったアプリや、全国各地で活躍する「シェア・コンシェルジュ(個人の経験や知識、得意や資格を活かし、企業や自治体の情報発信や、地域交流イベントの企画・実施、さまざまな支援活動等を担う、AsMama認定のコミュニティリーダー)」を活用し、住民主導の共助コミュニティづくりをサポートしています。
身近に頼り合える人がいることで、子育て不安が解消するだけではなく、自分の経験や知識が誰かの役に立つ機会も生まれ、地域の暮らしやすさが相対的に上がっていきます。住民が地元企業とつながることで、雇用促進や企業のファンづくりにもつながっています。
もう1つの事業の柱は、コミュニティを活用したマーケティングやプロモーションです。自治体が掲げているビジョンや提供している支援について詳しく知らないという住民も多いので、それをPRしてくれるシェア・コンシェルジュを育成したり、マルシェや託児付きセミナーといった場づくりを行ったりという形でお手伝いしています。
ちょっと変わった中間支援組織というか、プラットフォーマーという立ち位置で、全国各地の自治体や企業と一緒に人づくり、場づくり、デジタルユーザーづくりに取り組んでいます。

ヨソモノとして地域リーダーを発掘。地域で共助のコミュニティを育てる、AsMamaの「子育てしやすいまちづくり」
広石:AsMamaは子育てシェアから始まり、だんだんと地域のコミュニティづくりに事業が広がっています。事業と地域のつながりについてはどのようにお考えですか。
甲田:前職から感じていたことですが、子育てで身近に頼り合える環境がなく、父母のどちらかが離職していくというのは、日本としてもものすごく大きな経済の損失です。なのでまずは「頼り合い」っていいねと共感してくれる人と一緒に、日本各地でつながりづくりのイベントを始めました。
当初は企業協賛や広告をいただくなど、寄付型NPOに近い形でした。最初の3年くらいは従業員もおらず、全員が有償ボランティアのような形で活動していたのですが、それだと社会的インパクトを生み出すところまではいきませんし、協賛金の波に左右されてしまいます。活動を広げていくには、成功モデルをつくり、それを横展開させていかなければと考えました。
そこで必要なのが、共助のコミュニティがしっかり機能するまで、腹をくくって一定期間一緒にやってくれるパートナーを見つけることです。
地域に入り込んで、コミュニティをリードしてくれる存在を発掘して育成するとなると、相当なフットワークとマンパワーがかかります。5年程度時間をかけて実績をつくろうとしたら、地域内の移動や高齢者の生きがい支援など、子育て以外の困りごとにも向き合わなければいけないなと共助にシフトしていきました。
最初のフラッグシップになってくださる企業や自治体と一緒に戦略を考えるところから始まり、地方創生交付金などの補助金を活用しつつやらせていただくようになったというのが、これまでの流れです。

広石:地域に子育て支援を根付かせようとすると、実は横断的な取り組みや、行政や企業とのしっかりした関係づくりも必要になってくるということですね。枠を超えていく中で改めて事業モデルが育っていったというのは興味深いです。本気で地域に入ると、確かに5年ぐらいはかかりそうですね。
甲田:「5年もかかるの!?」と言われることも多いですが、実際あっという間です。AsMamaの社員がヨソモノとして関わり、月に1回程度子育て相談会や子ども食堂などを開催することで、地域のリーダーを増やしていきます。
その活動を起点に暮らしや子育てのサポーターがどんどん育って、アプリを通じてちょっとした困りごとを地域の中で解決できるようになります。そこまでできたらAsMamaが保守メンテナンスを担って、地域に共助のコミュニティが実装された状態をキープするというイメージです。
広石:コミュニティづくりも大事ですが、それには間に入って動くというコーディネーター的な役割が重要ですね。全国的なネットワークでローカルの個人を支えるという仕組みもユニークだと思いました。
「なんとかしたい」という思いが起点に。見返りを求めない支援が育んだはくばくのブランド力
広石:長澤さんの会社は、山梨のJリーグチーム「ヴァンフォーレ甲府」のパートナーとしても知られています。山梨の地域に根付いて経営される中で、どのようなお考えで取り組まれているか教えていただけますか?
長澤:私は生まれも育ちも山梨なので、「地元のために何かしたい」という思いは元々ありました。ヴァンフォーレ甲府を支援することになったのは、2000年にチームが存続の危機に陥ったことがきっかけです。地元の人間関係上、応援しないとまずいという面もありましたが、私自身も「何かしないと後悔する」と感じ、メインスポンサーに手を挙げました。
当時はJ2の底辺にいたチームですが、その5年後柏レイソルとの入れ替え戦に勝利して、奇跡のJ1昇格を果たします。このあたりを境に、はくばくとヴァンフォーレ甲府の結びつきは本当に特別なものになっていきました。
J2降格やJ1で勝てないことが続くなどチームが厳しい状況にあるときも、山梨日日新聞に広告を出し、地元企業として応援の気持ちを表明し続けました。そして2022年10月の天皇杯では、決勝でPK戦の末にサンフレッチェ広島を破り、ついに優勝という快挙を成し遂げてくれたんです。これまで応援してきたのが報われたなという瞬間でした。

長澤:ただ振り返ってみると、最初にメインスポンサーになったときも会社の宣伝になればと思ってのことではないんです。当時は本当に弱いチームだったので、当時社長だった父親からも「かえって会社のイメージがマイナスになるのでは」と心配されたほどです。それが3回もJ1に昇格して、天皇杯も優勝して、去年はアジア地域のクラブチームのトップを決めるAFC CHAMPIONS LEAGUE (ACL) 2023-24で予選突破を果たしました。
結果的に山梨県内では、「自社の宣伝のためじゃなく、本当にヴァンフォーレ甲府を支えてくれてる会社だ」と、思ってもみなかった社会的評価につながりました。無欲の勝利というか、二十数年積み上げてきた成果ですかね。サポーターのみなさんにも消費者としてはくばくを応援してもらっていますし、社員の誇りにつながっているとも感じます。
リユース食器の普及に取り組む「スペースふう」という認定NPO法人とチームをつなげたことで、スタジアムから出るごみの減量に取り組むといった事例も生まれていますし、ヴァンフォーレ甲府のサポートを通じて地域とつながっていることを実感しています。
広石:スポーツ支援は宣伝のためだと思われがちですし、行政からはどうしても地域ブランディングのような目線で考えられてしまいますが、ただただ地元のクラブチームをなんとかしたいというところからエネルギーが生まれているのを感じました。サッカーを好きな人だけじゃなく、もっと地域みんなで共有していけば何かが起きるんじゃないか、といった視点をもって活動されていますよね。
例えば「スペースふう」のリユース食器の事例では、単に環境意識を啓発するというと難しいけど、ヴァンフォーレ甲府をスタジアムで応援して飲食するだけで、サポーターが自然とCO2の削減に貢献できています。
当たり前にリユース食器を使う文化が甲府で育まれていますが、これは「スペースふう」単独では実現していないわけです。外から見ると、はくばくのつなぐ役目や、なんとかしなきゃという気持ちが実は大きな影響力をもっているというのがよくわかります。ローカルでコミュニティをつくる上では、長澤さんのような存在が不可欠ですよね。
>> 後編「一人ひとりの熱量が地域を動かすエンジンになる。行政と民間の新たなパートナーシップとは」
<登壇者プロフィール詳細>
長澤 重俊(ながさわ しげとし)さん
株式会社はくばく 代表取締役社長
1966年生まれ。山梨県出身。東京大学経済学部卒業後、住友商事に入社。1992年に家業である株式会社はくばくへ入社し、2003年より現職。赤字体質だった穀物加工業を立て直し、健康志向の高まりを追い風に「穀物のある豊かな食生活」を提案し続けている。地域との関係も深く、Jリーグ・ヴァンフォーレ甲府のスポンサーを20年以上にわたり継続。
甲田 恵子(こうだ けいこ)さん
株式会社AsMama 代表取締役社長
1975年生まれ。大阪府出身。米国留学を経て関西外国語大学英米語学科卒業後、環境事業団にて役員秘書と国際協力室を兼務。2000年、ニフティ株式会社に転職し、海外渉外・広報・IRを担当。ビジネスモデル特許を多数発案。2007年、ngi group株式会社(現ユナイテッド株式会社)で広報・IR室長を務めた後、2009年11月に株式会社AsMamaを創業し、代表取締役社長に就任。創業以来、「子育ても暮らしも、一人にしない社会」を掲げ、各地で地域共助コミュニティの形成や地域課題解決に取り組む。
広石 拓司(ひろいし たくじ)さん
株式会社エンパブリック 代表取締役 / ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー
1968年生まれ、大阪市出身。東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク、NPO法人ETIC.を経て、2008年株式会社エンパブリックを創業。「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる。著作に「ソーシャルプロジェクトを成功に導く12ステップ」「専門家主導から住民主体へ」など。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部などの非常勤講師も務める。ネットラジオ「empublicの一語一歩」も配信中。
>> WISE GOVERNMENT に関する記事は、こちらからご覧いただけます。

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