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和歌山県田辺市の関係人口は新たな次元へ【TANABEES最終報告会】

和歌山県田辺市でスタートした、関係人口を軸に地域活性化に取り組む実践型プログラム「TANABEES」(主催:和歌山県田辺市、以下タナビーズ)。2025年10月から2026年2月までの約半年間、田辺市で事業を営む地域プレイヤーと地域外の参加者がチームを組んでプロジェクトに挑みました。

2026年2月21日、すべてのチームメンバーが田辺市役所に集い最終報告会を開催。プロジェクトの実践内容や成果、気づきなどを共有しました。本記事は、タナビーズが地域にもたらした変化をチームごとにお届けします。

すぐそこにある地域シニアの出番──合同会社志成チーム

地域プレイヤーの花村あゆみさん(左)と県外参加者の西生康伸さん(右)

合同会社志成は、シニアと一緒に「街仲食堂 by ジーバーFOOD」(以下、街仲食堂)の取り組みを始めるにあたり、タナビーズに関わりました。地域外の参加者である西生康伸さん(大阪府から参加)は、普段、高齢者福祉分野で働き、地域のお困りごとにも関わるような仕事をしています。

地域を知る目的で老人会の皆さんが集まるイベントに参加し、閑散とした地域にも、 場所や目的があれば人が集まることを体感できました。

街仲食堂メンバー募集説明会を開いた際に行ったのがアンケートです。結果、消極的な意見が大半で、想定より厳しい現実に直面しました。その後、「おむすび交流会」を実施したことで、 地域の方との関わりが少しずつ面になったように感じたと西生さんは語ります。

西生さんはほかにも、高校生が主体で運営している場所や子ども食堂を開催している公民館を見学し、地域住民に必要な居場所や、活動する人の表情や思いを再確認しました。

最終的に、地域プレイヤーの花村あゆみさんが新聞でメンバー募集を行ったところ、約50名もの意欲的なシニアが応募し、スタートに踏み切るようです。西生さんは、この半年で「地域に戻ってこられる関係性」の価値を知り、今後も笑顔あふれる場所を作り続けたいと決意を新たにしました。

<関連記事> 地域プレイヤーへのインタビュー(花村あゆみさんほか)

「みんなのたまり場」を回す地域外からの風──寒川紙店チーム

地域プレイヤーの田中裕子さん

創業70年文具店・寒川紙店チームは田中裕子さんが地域プレイヤー。取り組みは店舗に隣接する空き家を活用した「みんなのたまり場・みんたまハウス」の居場所づくりです。

県外参加者の視点で地域の現状を客観的に把握し、作成した地図によって「みんたまハウス」が担うべき役割を明確化します。障子の張り替え活動では心地よく過ごせる空間を自分たちの手で作り上げました。

その後、地域の子どもたちが集まるクリスマス会を開催したところ、「レンタルスペースとして貸してほしい」という具体的な要望が上がりました。この活動により見出されたのは、①運用資金の確保、②交流の場の創出、③認知度の向上という3つのメリットです。場所の活用方法に広がりが生まれました。

また、地域に散見される見守りステッカーをヒントに、みんたまステッカーも制作されました。ステッカーそのものは完成形ではありません。クジラや虹をモチーフにしたこのデザインには、シール交換を通じて子どもたちの会話を促し、場所を文化へと変えていく狙いがあります。

県外参加者の中田翔太さんによる「みんたまステッカー」デザイン発表の様子

みんたまハウスが目指すのは、「斜めの風が吹く場所」です。縦の関わりを地元の上下関係、横の関わりを同世代のコミュニティとしたとき、これらが交差してできたハブを回すのが、 関係人口の役割です。新しい視点を持つ人による活動で、地域も回り始めるとの確信を得ました。

<関連記事> 地域プレイヤーへのインタビュー(田中裕子さん)

個々のアプローチで芽吹く「生きやすさの種」たち──Gifted Creativeチーム

峯上良平さんが地域プレイヤーのGifted Creativeチームは、ほかのチームとは異なり、参加メンバー3人がそれぞれのプロジェクトに取り組みました。

県外参加者の林亜花梨さん

1人目は、自身も引きこもり経験を持つ林亜花梨さん(愛知県から参加)。自分らしくいられる居場所を作りたい思いで活動しています。不登校の当事者と話す機会にどう関われるか試してみたいと思い、タナビーズに参加しました。

引きこもり生活の中で、初めて外に出られたきっかけが東京へのひとり旅だったことから、林さんは旅企画を考えています。自身が「普通」に囚われてきましたが、環境を変えれば自分が変われるかもしれないと言います。

企画の導入として、愛知県で 「みんなの普通とは?」 をテーマにしたイベントを開催しました。イベントのメインは「普通」と「普通じゃない」を可視化するワーク。

次のオンラインイベントでは、峯上さんや不登校の経験者とパネルディスカッションを行いました。議題は「普通になりたいけどなりきれない自分をどう受け入れるか」です。完璧を求めすぎず、参加者との対話を大切にできたと語ります。

林さんが4月に予定しているのは、田辺での旅企画。自然を感じ、地域の人と交流し、町を歩いて解散する流れです。当事者が自分に合った生き方の選択肢を見つけるサポート活動を継続します。

県外参加者の夜久純子さんによる発表の様子

2人目の夜久純子さん(大阪府から参加)は、建物や空間、間取りが心身に影響を与えるという 「建築医学」 の視点から、下屋敷にある長屋のリノベーションを行いました。目指すのは空き家活用を通じた、心と体が整う場作りです。

内装を担当し、今の段階では大工作業が終わりDIY作業に入ります。使う資材にもこだわっているのが特徴です。たとえば、100%天然素材で保存料不使用の 「オーガニックウォール」 という塗り壁材には森林浴のような心理的効果があるとされています。また、壁の一部に使用するのは黒板塗料。これによりメッセージを残せる交流の場が生まれます。

デザインとは見た目を整えるだけでなく、 「そこを使う人にとってどれだけ居心地が良いか、人にどう作用するか」までが含まれることを学んだ夜久さん。今後はこの場所を、 本で繋がる場所やワークショップの場として育てていく予定です。

県外参加者の多田優大さん

3人目の多田優大さん(東京都から参加)は、NPO支援の経験から「社会に良い活動がしっかり儲かる仕組み」の構築に挑みました。提唱しているのは、地域の企業にDX(デジタルトランスフォーメーション)を導入し、そこで発生する事務作業を就労支援と結びつけることで、雇用とビジネスを両立させるモデルです。

具体的には「訪問看護×AI」「POSシステム」「AIファシリテーター」の3つのプロジェクトに取り組みました。

1つ目の「訪問看護×AI」は、アナログな手法が多い訪問看護の現場で、看護師の訪問看護報告書への入力作業を軽減する取り組みです。現場での会話をスマホでワンタップ録音するだけで、AIが必要な項目(生活環境、体調、経済状況など)に分けて自動要約・整理するツールを開発しました。現在は実証実験中です。

2つ目の「POSシステム」は飲食店向けで、QRコードで注文を取り、注文管理や売上分析ができる仕組みです。現在、マルシェ出店で実際に活用しており、田辺市内の飲食店にも実証先を広げていきたいと考えています。

3つ目の「AIファシリテーター」は、会議や面接の録音から、AIが「論点の抜け漏れ」を指摘し、「次に何を質問すべきか」を提案してくれるツールです。経営会議や採用面接の質を上げるために活用できるとしています。

重要なのは、これらが専門エンジニアではなく「AIを使いこなす地域の人材」によって開発されている点です。多田さんは、このモデルを他地域へ横展開したいと語りました。

<関連記事> 地域プレイヤーへのインタビュー(峯上良平さん)

みかんとともに尖り続ける「関係農園」──尖農園チーム

県外参加者の松下琴羽さん

多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まった尖農園チーム。地域プレイヤーの小谷大藏さんとともに、従来の農園からの進化を目指しました。

高齢化が進む農家の現状に対し、チームは「継承・競争・発展」の3本柱をスローガンに掲げ、4つの具体的なアクションプランを実行しました。基盤の整備、SNS情報発信の強化、販売ルート開拓と商品開発、みかんのオーナー制度の4つです。

1つ目の「基盤の整備」では、テクノロジーを活用し、農家の経験や暗黙知を可視化・データ化することで、収益の安定と向上を目指します。

例えば、みかんの味の変化を分析する際、気象庁のデータと照らし合わせることで、味の変化の原因が日照不足ではなく、別にある可能性に気づけるかもしれません。これにより、来年以降の的確な対策が可能です。また、肥料を与えるタイミングや量を最適化し、コスト削減と品質向上を図ります。

2つ目の「SNS情報発信の強化」とは、Instagramを活用し、3年でフォロワー2,000人を目指す取り組みです。Instagramを活用し、3年でフォロワー2,000人を目指します。現在は発信が少なく、農園の魅力が伝わりきっていないため、AI活用で投稿文作成を効率化しつつ、以下の4つのテーマで発信します。

  • 農園の思いやビジョン
  • 栽培工程の可視化(品質への信頼)
  • 商品の紹介
  • 地域内での活動アピール
県外参加者の小坂知美さん

3つ目の「販売ルート開拓と商品開発」については、SNSで獲得した見込み客に対し、まずは「みかんの年間定期便(サブスク)」を提案。 収穫できない時期にはジュースやゼリー、あるいは地元の名産品を届ける仕組みです。同時に「この人から買いたい」と思ってもらえるファン作りを行います。

4つ目の「みかんのオーナー制度」は消費者がみかんの木のオーナーになる仕組みです。プランが3つあり、ベーシック型は商品体験、 スタンダード型やプレミアム型は体験・コミュニケーションを重視する内容です。

シミュレーションでは、通常に比べて1人あたりの経済効果が約10倍になる結果になりました。前金制のため資金繰りが安定し、関係性を深化させる入口として非常に有効です。

<関連記事> 地域プレイヤーへのインタビュー(小谷大藏さんほか)

関係人口は手段を超え新しい生き方へ

最終報告会の締めくくりとして、田辺市の真砂充敏市長が総評を行いました。

市長は、「これまでの関係人口の捉え方が、今回のタナビーズによって大きく深化した」と感じています。人口減少による担い手不足を補う「外から内へ」の力として捉えられていたのが、これまで田辺市で行われてきた関係人口創出事業でした。

しかし、タナビーズでは、外の人が実践することに内の人が関わるという「逆関わり」も含んでいて、相互に影響し合う関係性を成しています。

市長が位置づけたのは、「単なる課題解決や補完作業ではなく、関わった人それぞれが新しい生き方やもう一つの生き方を見つけるための仕組み」です。そして、関係人口としての繋がりを「ゆるく、広く、浅く」に加えて「長く」続けてほしいと、温かい言葉で期待を寄せました。

関係人口が地域とともに共創する未来

意見交換タイムで参加者と対話する尖農園チーム(左から、県外参加者の越沼永貴さん、地域プレイヤーの小谷大藏さん、県外参加者の中澤寛さん)

およそ半年間行われたタナビーズが、これにて終了しました。参加した皆さんが田辺市に集まっている間も、地域外で個々の生活を過ごす時間も、両面があってこその最終発表でした。

どんなことでも、ゴールが未知の課題に取り組むのにはかなりのパワーを要します。それでも関わってきた人たちを間近で見て、わかったことがあります。それは、人や地域とつながりたいと感じる理由の中心にあるのは、決して「義務」ではなかったこと。

初対面の人がいつの間にか仲間になり、今まで縁のなかった土地に思い入れが生まれたのは、「やってみたい」という内に秘められたそれぞれの「動機」があったからです。

現代の日本社会は十分すぎるほどに豊かになりました。ときに、感情や意思、好みや意欲など、目に見えないものよりも豊かさが優先されてしまう危険性も孕んでいます。しかし本当に豊かであるべきなのは、心の内側の柔らかい部分で、ここを満たせるのは人とつながることだと、タナビーズが教えてくれました。

プロジェクトは区切りとなりましたが、人との関係性に終わりはありません。今後も皆さんが、それぞれにとっての関係を更新し続けることを願っています。


<関連リンク>
>> TANABEES Webサイト

>> TANABEES 公式Instagram

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この記事を書いた人
坂本 千秋

和歌山県白浜町在住のWebライター。SEO記事やインタビュー記事、SNSなど、幅広く執筆活動を行う。地域の営みや人の挑戦を、等身大の言葉で伝えるのが得意。ラジオパーソナリティとしても活動しており、声と言葉で、さまざまな事物の魅力を届けています。

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