ローカルベンチャー

村内になかった障害者支援の事業所を設立。自宅だけじゃなく、地域にも居場所を。NPO法人じゅ~く──岡山県西粟倉村【ローカルベンチャーで変容する地域(15)】

ローカルベンチャー推進で、地域は変わったのか。

2016年にスタートしたローカルベンチャー推進事業(※)。地域に起業家が生まれ続ける生態系を創ろうというこの試みは、2026年3月、10年間に及んだ交付金による事業期間を終え、次のステージに踏み出します。

そこでこの特集では、本事業の主催者であるローカルベンチャー協議会の6つの参画自治体をひとつずつ取り上げます。行政と、民間の中間支援組織またはプレイヤー、双方の視点からこれまでの歩みを振り返り、ローカルベンチャー推進が地域にもたらした変化について聞きました。

今回は、ローカルベンチャー(以下、LV)発祥の地として知られる岡山県西粟倉村の福祉分野の変容に迫ります。村内の障害者福祉を支える、「NPO法人じゅ~く(以下、じゅ~く)」の大橋由尚さん・平治さん親子にお話を伺いました。

(※)ローカルベンチャー推進事業とは、主に地方において地域資源を活用して起業したり新規事業に挑戦したりする人・団体をローカルベンチャーと呼び、その輩出・育成を目指す取り組みです。NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を務めるローカルベンチャー協議会が、2016年度より地方創生関連の交付金を活用して実施してきました。自治体ごとに行政と民間の中間支援組織とがペアを組んで参画するのが特徴です。1期5年、2期5年、合計10年間、延べ13自治体が参加した本事業の定量的・定性的な成果については、2025年7月に刊行した「ローカルベンチャー推進事業白書」にて紹介していますので、そちらもぜひご覧ください(記事末にリンク記載)。

岡山県西粟倉市の概要
人口:約1,300人
主要産業:林業
ローカルベンチャー推進事業への参画:
 第1期 参画期間(年度)2016-2020
 第2期 参画期間(年度)2021-2025

左から大橋由尚さん、平治さん

大橋 由尚(おおはし よしひさ)さん
特定非営利活動法人じゅ~く 理事長

1983年生まれ。岡山県西粟倉村出身。津山市の高校を卒業し、兵庫県の福祉系大学に進学。神戸市の高齢者向けデイサービスセンターなどを経て、2013年にUターン。父の大橋平治さんと共に「特定非営利活動法人じゅ~く」を立ち上げ、福祉関連の事業に取り組む。2023年より同法人の理事長に就任。

大橋 平治(おおはし へいじ)さん
特定非営利活動法人じゅ~く 理事

1954年生まれ。岡山県西粟倉村出身。西粟倉村役場で総務課長などを務める。早期退職後、雇用対策協議会として3年間移住者の誘致に取り組む。2014年に「特定非営利活動法人じゅ~く」を設立。創立から2023年まで理事長を務める。

※記事中敬称略。

村内の障害者福祉を一手に担うじゅ~くの存在

――西粟倉村は、LV推進事業の発起人ともいえる自治体です。LVを推進する政策が始まって以来、教育や福祉の面にも変化が波及し、村の暮らしそのものが変わってきているという、ほかの地域と比べて特別な事例だと考えています。まずは、福祉をフィールドとするじゅ~くの事業内容について教えてください。

由尚:じゅ~くでは、就労継続支援B型作業所(※)「プラスワーク」、障害のある人の生活をサポートする計画相談事業所「コネクト」、障害のある子どもたちのための放課後等デイサービスと児童発達支援の多機能型事業所「Awesome!!(オーサム)」、そして障害のある人を対象としたグループホームである共同生活援助事業所「パステル」の4つの事業を運営しています。

プラスワークの登録者数は全部で15名程度で、1日あたり10人前後が利用しています。村外からの利用者がやや多く、村内4:村外6くらいです。

しっかり仕事をしたいという方もいますが、B型ですので自分のリズムで働きたい方や、居場所としての利用など、幅広い方を受け入れています。子ども向けのオーサムの登録者数は20人程度で、1日10人弱が利用中です。グループホームは定員6人で満室となっています。

(※)一般企業での仕事が難しい人を支援する障害者就労支援事業のうち、A型は雇用契約に基づき最低賃金が適用されるが、B型は雇用契約を結ばず、就労訓練の場として利用する障害福祉サービスを指す。

プラスワークでの作業の様子

由尚:村の規模からすると事業所は少し大きく、村内の障害者の利用のみでは成り立ちません。ですが、障害をもつ方が外へ出る選択肢の一つになっていると感じています。

私の仕事は経営や事務仕事が中心ですが、日中はグループホーム利用者の洗濯ものや布団干しなども行いますし、オーサムの指導員や送迎車の運転など、日々さまざまな業務に携わっています。2023年から父に代わって理事長に就任しました。

平治:法人の設立から約10年間理事長を務めてきましたが、施設や利用者、関係者も増え、事業が一段落した区切りの良い時期だと感じたため、息子と理事長を交代しました。現在は修理対応などの細々とした仕事を担っています。一度にすべてを任せることは難しいため、徐々に業務を譲りつつ、事業のサポートをしている状況です。

移住者が増えるなか、見落とされていた村内の障害者向けの支援

――お父様の平治さんは、もともと西粟倉村役場で総務課長をされていたと伺っています。その後早期退職され、雇用対策協議会として3年間移住者の誘致に取り組んだ後、2014年にじゅ~くを設立(2015年3月にNPO認可、4月事業所認可)されています。福祉関連の事業を始めようと思われたのはなぜですか。

平治:雇用対策協議会の仕事で移住者の受け入れ事業に関わるなかで、さまざまな経営者と話す機会があり、「西粟倉村には障害者福祉の施設がない」という点に思い至りました。

当時、村内の障害者の方は、近隣の施設にも通わずただ自宅にいるという状態だったんです。そこで村外の施設に通うことが難しい方々に対し、まずは西粟倉村の中にご自宅以外の居場所を提供することで、少しでも手助けになれたらという思いがありました。

ちょうどその頃村としてもLV支援に力を入れ始め、Iターンが増えて村内にさまざまな事業が生まれ始めていました。最初期に西粟倉村出身の國里哲也さんが「株式会社木の里工房木薫(もっくん)」を起業したものの、村民主体の事業が少ないことには課題感もあり、自分も何かできないかと考えていたんです。

福祉関連の仕事の経験はありませんでしたが、うちの長男も障害があるため、親として多少の知識はありました。次男の由尚も神戸の高齢者福祉施設で働いていましたし、30歳を目途にUターンする予定だったので、協力してもらえれば事業を立ち上げられるだろうという見込みもありました。

――由尚さんは平治さんが事業を立ち上げたことがきっかけでUターンされましたが、当時の思いなどをお聞かせください。

由尚:父が事業所を立ち上げるとまでは思っていませんでしたが、西粟倉で次々に生まれるLVと移住者をマッチングするような事業に携わっていたので、「やるぞ」と聞いたときはそうなってもおかしくないなと思いました。兄のこともあり、福祉分野の事業だったことにもそこまでの驚きはなかったです。

Uターンに関しては、家も田んぼもありますし、地元の祭りや地域のつながりも嫌ではないので、漠然といつかは帰ろうと考えていました。もともと西粟倉村が好きですし、子どもができたら自分と同じように田んぼや神社を走り回ったり、川遊びをしたりといった経験をさせてあげたかったので、田舎で子育てをしたいという思いもありました。

平治:私は「帰るなら早い方が良い」と常々言っていました。都会の生活に慣れてしまうと、田舎での生活が苦痛になる可能性があるからです。早めに帰って地域に溶け込んだ方が活動しやすいし、地域側の受け入れもスムーズだと思います。

由尚:僕は法人設立の1年程前の2013年に戻ってきましたが、夜に体育館で僕と同年代の移住者たちが楽しくフットサルをしていたのには驚きました。僕も参加するようになりましたが、まさか西粟倉村でフットサルができるとは思っていませんでしたね(笑)。新しい企業やお店もできて、「おしゃれな人が増えたな」とも感じました。

より安定した経営を目指し、新たに放課後等デイサービスを立ち上げ

――由尚さんは2016年に、西粟倉村で挑戦する起業家を募集し、事業プランをブラッシュアップする「西粟倉ローカルベンチャースクール(以下、LVS)」に参加されています。参加したきっかけや、印象に残っていることを教えてください。

由尚:じゅ~くは、まず就労継続支援B型作業所であるプラスワークを立ち上げ、その後相談支援事業所を開設しました。ですが収益を支える事業としてはプラスワークしかなかったため、もっと資金が必要だと感じていました。福祉の仕事で収益を増やすには、利用者を増やすしかありません。事業を多角化することで利用者を増やし、法人として収益を上げていきたいと考え、新たに放課後等デイサービスを立ち上げるためにLVSに参加しました。

LVSで印象的だったのは、事業計画や収益モデルよりも、「なぜその仕事をするのか」といった、根本的な問いを掘り起こす課程があったことです。当初は自信をなくすこともありましたが、多くの人の支えがあり、自分の言葉で気持ちを表すことができました。

障害のある方は「見えない力」を持っていると感じています。事業を通じてその力を見つけたり、仕事に活かしたりする手助けをしたいというのが、僕の根っこにある思いです。その人が何かできるようになった瞬間や、新たな力を発揮できた瞬間に大きな喜びがありますし、興味も高まります。周囲からもそんな思いを認めてもらうことができ、あらためてがんばろうという気持ちがわきました。

ローカルベンチャースクール2017選考会で2016年のOBとして話す由尚さん(引用:Through me)

事業を始めてからの村の変化

――じゅ~くを立ち上げてから、村や役場ではどのような変化を感じますか。

平治:役場には村外出身の若手職員が増えています。昔は地元採用が主でしたが、西粟倉村の行政や村自体に魅力を感じている人が増えた証拠かもしれません。役場職員も、以前と比べて自分の思いに基づいて動く人が増えてきたと感じています。

由尚:海外からの移住者もいますし、本当に村の住民が多様になったと感じています。移住者だけでなく地元でも、「何かやってやろう」という思いを持つ人が増えました。「できそうな雰囲気」があるのかもしれません。同級生が飲食店を開いたり、1つ年下の知り合いがケーキ屋さんを始めたりと、身近な人が新しいチャレンジをしています。

平治:村内の障害を持つ方々は、以前は家に引きこもりがちで居場所がありませんでした。月に一度の相談員の訪問や、イベントへの参加など、こちらが把握できる範囲ではあるものの、事業所ができてからは外に出る習慣が少しずつついてきていると感じています。

由尚:障害のあるお子さん自身にとっての居場所ができ、安心して過ごせるようになったことについて、周囲の方から「良かったね」という声をいただくことがあります。相談支援専門員からも、サービスが増えたことで案内できる選択肢が増えたと好評です。また、役場からも高い評価をいただいています。

村内の障害者は村内で支える。誰もが安心して暮らせる地域を維持したい

――最後に、今後の展望などについて教えてください。

平治:我々の事業として展開するのは難しそうですが、村内にワンストップで障害者福祉関連のサービスを受けられるような施設があればという思いはあります。現状村に足りないのは、重度の支援が必要な方の生活介護サービスと障害者入所施設です。

由尚:重度の支援や身体介護が必要な方を受け入れる生活介護は、村内にも該当する方がいるため、もしあれば安心だと思います。手厚い看護や医療サポートが受けられる入所施設も大事ですが、今は全国的に、地域で暮らす障害者を増やしていこうという考え方が主流です。

地域社会での自立した生活を目指す障害者向けグループホームの需要はまだまだあります。じゅ~くでもグループホームを増やすことができれば、村外から移住した方がプラスワークで働くことも可能ですし、売上向上にもつながると思います。

平治:私たちが最も重視しているのは、職員が楽しく働ける環境を確保することです。そのためには安定した給与が不可欠ですが、福祉業界では利用者数によって報酬が決まるため、収益を確保するための工夫が必要です。

(障害者向け)グループホームを増やせば村外からの利用が増えるということもあるかもしれませんが、まずは西粟倉村にどんなニーズがあるかを基本に考えてほしいなと思いますね。

由尚:今後も事業の質を上げ続けていくことを目指し、地域やご本人様のニーズをしっかりと聞きながら、それを形にしていきたいと考えています。西粟倉村の数少ない障害のある方々を村内で支えるという形を、しっかりと維持していきたいです。

(連載終わり)


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この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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