ローカルベンチャー

村外に学びの選択肢を探す状態から、子どもを学ばせたい村へ。地域の教育環境の変化を追う──岡山県西粟倉村【ローカルベンチャーで変容する地域(14)】

ローカルベンチャー推進で、地域は変わったのか。

2016年にスタートしたローカルベンチャー推進事業(※)。地域に起業家が生まれ続ける生態系を創ろうというこの試みは、2026年3月、10年間に及んだ交付金による事業期間を終え、次のステージに踏み出します。

そこでこの特集では、本事業の主催者であるローカルベンチャー協議会の6つの参画自治体をひとつずつ取り上げます。行政と、民間の中間支援組織またはプレイヤー、双方の視点からこれまでの歩みを振り返り、ローカルベンチャー推進が地域にもたらした変化について聞きました。

今回は、ローカルベンチャー発祥の地として知られる岡山県西粟倉村の教育に迫ります。

未就学児を対象に西粟倉村でモンテッソーリ教育の教室を運営する岡野真由子さん、地域をフィールドとして主に小中学生向けに学びの場を提供する、「一般社団法人Nest(以下、Nest)」の今井晴菜さん・青木采里奈さん、そして西粟倉村の保護者の声を代表して西岡真生子さんにお話を伺いました。

(※)ローカルベンチャー推進事業とは、主に地方において地域資源を活用して起業したり新規事業に挑戦したりする人・団体をローカルベンチャーと呼び、その輩出・育成を目指す取り組みです。NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を務めるローカルベンチャー協議会が、2016年度より地方創生関連の交付金を活用して実施してきました。自治体ごとに行政と民間の中間支援組織とがペアを組んで参画するのが特徴です。1期5年、2期5年、合計10年間、延べ13自治体が参加した本事業の定量的・定性的な成果については、2025年7月に刊行した「ローカルベンチャー推進事業白書」にて紹介していますので、そちらもぜひご覧ください(記事末にリンク記載)。

岡山県西粟倉市の概要
人口:約1,300人
主要産業:林業
ローカルベンチャー推進事業への参画:
 第1期 参画期間(年度)2016-2020
 第2期 参画期間(年度)2021-2025

左から西岡さん、岡野さん、今井さん、青木さん

岡野 真由子(おかの まゆこ)さん
にしあわくらモンテッソーリ子どもの家 代表

今井 晴菜(いまい はるな)さん、青木 采里奈(あおき さりな)さん
一般社団法人Nest 教育コーディネーター

西岡 真生子(にしおか まいこ)さん
フリーランスデザイナー、3児の母

※記事中敬称略。登壇者のプロフィール詳細は記事最下部に記載。

豊かな自然が身近にある一方で感じた、教育面での課題

――西岡さんは2011年春頃に移住されたということですが、当時の西粟倉村の印象についてお聞かせください。

西岡:夫の就職が急に決まったため、私と当時1歳だった一番上の子は、半年ほど遅れて西粟倉村に来ました。当時は大阪市内のマンション暮らしだったのですが、外出を控えなければならないほど光化学スモッグがひどかったので、自然豊かな環境で子育てをしたいという思いがあったんです。

西粟倉村は子どもが騒いでもとがめられませんし、近所の方が野菜をおすそ分けしてくれたり、自転車で子どもと出かけていたら、自転車は後で軽トラックで運んであげるからと車で家まで送ってもらったりと、温かいコミュニティがある点も子育てにいい環境だと感じました。

西岡さん

――教育面で何か課題を感じたことはありましたか。

西岡:自然は豊かなのですが、当時は保育園がなく、村営の託児所と幼稚園のみでした。食事の準備中、託児所で子どもたちにテレビを見せて待たせていたのには「あれっ」と思いました。給食がなく、自宅で作って冷凍した離乳食を持っていかなければならなかったのも大変でしたね。古い建物を少し改装しただけのスペースだったので、子どもがのびのび遊べる環境ではなく、水回りなどの設備面も気になりました。

幼稚園でも、自然豊かな場所なのに園外での活動がなかったり、おやつの時間にスナック菓子を食べていたりというのは、私が通わせたい環境とは違っていて……預かり保育もあったのですが、午前と午後で保育士さんが変わって子どもが混乱してしまうということもありました。

当時は共働きのお母さんの割合が多くなってきていましたし、気になっていることをお伝えすることもあったのですが、なかなか環境は変わらず、モヤモヤを抱えるお母さんはいらっしゃったようです。

村のお母さんたちが切望していた、子どもの自主性を育める教育の場

――岡野さんは2017年にパートナーの海外赴任先だったアメリカから直接移住してきたとのことですが、西粟倉村のことはご存知でしたか。

岡野:全く知りませんでした。夫は14年の会社勤めを経て、アメリカの大学院で勉強を終え、仕事を探していたタイミングでした。そこで偶然見つけたのが、西粟倉村を拠点とするエーゼロ株式会社(現在の株式会社エーゼログループ)の求人だったんです。

村に来てすぐ散歩をしていたところ、車を止めて声をかけてきたのが西岡さんでした。小さな村で、転校生が来る場合は事前に情報が流れていて、西岡さんのお宅と同級生の子どもがいることをご存知でした。その時の立ち話の中で、私がアメリカでモンテッソーリ教員として働いていたことが偶然話題になり、西岡さんが強い興味を示してくださいました。

岡野さん

岡野:西岡さんのママ友には、移住者で育児休暇中という方が多く、モンテッソーリ教育のような子どもの自発性を尊重する教育が強く望まれていました。当初は大阪との二拠点生活を考えていたので教室を始める気はなかったのですが、お母さんたちの切実な「ぜひ何か始めてください」という後押しを受けて、自分の子どものためにも「じゃあやろうかな」という気持ちになりました。

その後同じく移住者で起業家の方から、「西粟倉ローカルベンチャースクール(以下、LVS)」に応募すれば応援してくれる人が増えるだろうと勧められ、参加することにしました。その流れで、当時の教育長や幼稚園の園長先生に会う機会もいただいたんです。

そのときに、子どもが自発的に育つ教育をしたいけれど、現場で続けているものを変えづらいという葛藤があることもわかりました。現場の実情を知る機会になりましたし、私の事業プランを伝えてたくさんの人に応援してもらえたので、LVSに参加して本当に良かったです。

ローカルベンチャースクール2017での岡野さん(引用:Through me)

――教室の立ち上げを求めていたお母さんたちはどのくらいいたのでしょうか。

岡野:当時はたまたま10人程の赤ちゃんがいて、しかも第2子以降という方が多かったんです。上の子を見てきて、集団行動重視の教育とは別の選択肢はないかという切実な思いがあったのだと思います。

西岡:岡野さんのLVSでの発表では、ママ友たちで駆けつけて「必要です」「応援しています」とスピーチしたほどです。教室を立ち上げてくれることになり、みんなうれしくて泣きそうになっていました。

2020年代には、教育内容も設備面にも大きな変化が

――ここからはNestのお二人にもお話を聞いていきたいと思います。お二人はどういった背景や思いがあって、西粟倉村でコーディネーターをされているのでしょうか。

青木:私は2022年に新卒で西粟倉村に来ました。学生時代に国際教育系のNPOに所属していたのですが、海外で日本の教育について問われても机上の空論しか言えず、悔しかったことが教育に関わる仕事がしたいと思ったきっかけです。

教育の現場で働きたいという思いがあったのですが、教員免許を持っていなかったこともあり、学校教育と社会教育(学校の教育課程に含まれない、地域社会や公的機関によって提供される教育活動)の両方に関わることができるNestに入社しました。

教員は異動がありますが、子どもたちの成長を継続的に見守り、応援できることが魅力です。現在学校教育の現場に教育コーディネーターとして関わりながら、社会教育では子どもたちの第三の居場所として2024年3月村内に開設された「Pocket」の運営を担当しています。

青木さん

今井:私は大学生時代に、多様な子どもを受け入れる牧場でのボランティア活動をしていました。自分の気持ちを素直に表現し、ぶつかりながらも折り合いをつける子どもたちの姿に感動し、彼らが自分らしく生きられる環境をつくりたいと思ったのが、教育に関わるようになったきっかけです。

また、前職で高校生が地域学習の成果を発表する大会を運営した際、地域と高校生がお互いに誇りをもてる関係を築いていく様子を見てきた経験から、地域をフィールドにしたいと思うようになりました。専門家でないことを引け目に感じることはありますが、子どもたちの「やってみたい」につながるような、やりたいことを押し込めずに表現できる場をつくっていきたいと思っています。

今井さん(左)

――今井さんは2020年に移住されたということですが、当時の西粟倉村の教育に対する印象はどうでしたか。

今井:私が移住した時点であわくら会館(役場・図書館・交流スペースなどを備えた木造の複合施設)がほぼ完成していたので、設備面でもいい環境だと感じました。西岡さんたちのお話を聞いて、そんな時代もあったんだと驚いています。

2018年4月には村立保育園も開園していたので、だいぶ状況が変わってきていた時期だったと思います。幼稚園でも村探検や沢登りなど、周辺の環境を活かした活動がされていた印象です。

西岡:第三子のときは、子どもたちの元気な声が聞こえてくるような雰囲気になっていましたね。

岡野:教室がある自宅は幼稚園の隣なので、そのうちに、幼稚園の先生方が教室に見学にいらしてくださるようになりました。子どもたちの生き生きとした様子を見ていただけたことや情報交換の機会もいただくようになり、村の幼稚園でも集団行動重視のスタイルから徐々に変化が見られるようになったと感じます。

西岡:お迎えの際、先生が「今日こんなことがありましたよ」という話を共有してくれるようになるなど、保護者としても大きな変化を感じました。

岡野:小さなコミュニティなので、一度変化が起きると、良いことも悪いことも一気に変わるという強みがあると思います。

社会教育の場で身につけた力が、公教育にもいい変化を生んでいる

――Nestのお二人はコーディネーターとして小中学校に入って活動されていますが、そちらでは変化を感じることはありますか。

今井:Nestでは週2回の給食のほか、総合学習などの時間で、先生方や子どもたちと一緒に校内で活動しています。当初は先生方もコーディネーターに何を頼めばいいのかがよくわからず、地域学習のアウトプットも、壁新聞を学校内に掲示して終わりという感じでした。

そこから徐々に、村内企業をPRするパンフレットの制作や商品開発のような社会とつながりを持つことができる実践的なアウトプットに変わってきています。これまでに、蜂蜜と米粉を使った「はちこめクッキー」を開発して実際に販売するといった取り組みも実施しました。

ですが、先生方の異動や方針転換もありますので、持続的な教育の質の確保は課題です。子どもの可能性を摘み取ることなく、先生方と一緒に考えていけるよう試行錯誤しながら活動しています。

岡野さんのモンテッソーリ教室で身につけた自主性が社会教育や学校教育のなかで発揮されるという、良い循環も生まれています。例えば、入学前に岡野さんの教室で劇団の活動に参加していた女の子から「ミュージカルがやりたい」という手紙をもらったことをきっかけに、小学校でも劇団が始まりました。

子どもたち自身で既存の物語をオマージュしたり、完全オリジナル脚本を手がけたりする中で、岡野さんにも脚本を見てもらって子どもたちに直接アドバイスをしていただいたりしました。また、一部の劇団の子どもたちが、学校の委員会活動で劇を発表したりと、循環が生まれています。

子どもたちがカフェを運営した話など、私たちが社会教育での事例を先生方に共有することで、公教育でもできることの幅が広がり、自主性を伸ばすことにつながっていると感じます。

子どもたちによる劇団の様子(引用:一般社団法人Nest)

青木:私は中学校担当ですが、今年度(2025年度)から中学校の教育が大きく変わったと感じています。以前は「こちらのやり方で」と言われることが多いような状況でしたが、今は先生方との議論の中で生徒の主体性を引き出すことに焦点が当たり、どうすればいいか生徒自身に考えさせることが増えました。

「主体性をもちなさい」と言うだけでは主体性は育たないので、教育コーディネーターから地域の情報や課題、アイデアを提案・共有しながら、先生がファシリテーターとして生徒の関心を引き出す仕組みをつくりつつあります。職員室でも、先生自身の前向きなやってみたいことや、笑い声がたくさん聞こえるようになりました。

多様な人が教育に関われる場をつくり、より魅力的な村へ

――最後に、今後の展望についてそれぞれお聞かせください。

西岡:親だけだと口を出しすぎてしまうこともありますが、いろいろな方が教育に関わってくれる場が村内にできたのは非常に良いことだと思います。上の子が学校生活で悩んでいた際も、Nestの方が「何かあったら頼ってください」と言ってくれて、親として安心できました。

今後は学校外で子どもと関わる人たちの志を保護者にもっと知ってもらえたら、任せたいと思う方も増えるのではないでしょうか。

岡野:子どもたちがのびのびできる場面は本当に増えたと思います。一方で、西粟倉村に限った話ではありませんが、コロナ禍やスマートフォンの使用など保護者の生活環境の変化が影響しているのか、ここ数年は子どもたちの体の動きのぎこちなさと、集中の浅さが気になっています。

すべての子にある「その子だけの高み」にたどりつくには、心と体の動きが調和した状態を育むことが大事だと考えているので、今後は音楽を使ったリトミックなども勉強し、教室に取り入れていきたいです。

今井:子どもたちは中学校卒業のタイミングで村を出ることになりますが、そのときに「自分は自分で大丈夫だ」と思ってもらえるよう、一人ひとりに寄り添った支援を続けていきたいです。

Nestのスタッフは3人でできることは少ないので、もっと情報発信して、高校生や大学生、地域ボランティアなどを巻き込みながら、地域に開かれた活動を推進していきたいと思います。

青木:公教育のなかでも子どもたちの関心を大事にしながら、地域の課題を意識した総合学習の土壌ができてきたので、そこからさらに世界の中の西粟倉の価値を考えるなど、視野を広げていってほしいです。中学校ではオーストラリアでの語学研修があるので、行きたい国を自分たちで調べて選んだりもできるといいですよね。

社会教育では、保護者の方々の声を反映させながら、みんなで村の子どもたちを見ていくという環境をつくりたいです。特に、村にいない大学生や高校生世代を呼び込めるようなプロジェクトやインターンなどで、若い世代に関わってもらえたら子どもたちのキャリアモデルの幅もぐっと広がるのではないかと考えています。

<プロフィール詳細>
岡野 真由子(おかの まゆこ)さん
にしあわくらモンテッソーリ子どもの家 代表
筑波大学第三学群国際総合学類卒業。日本公文教育研究会等、国内の教育関連企業・団体にて、乳幼児・特別なニーズを持つ子ども達の指導・保護者面談を中心に10年間勤務した後、夫の海外赴任に伴い渡米。モンテッソーリ教育に出会う。米国オハイオ州シンシナティにて、2年間の教員養成プログラムに参加、修了。米国モンテッソーリ協会認定の3歳-6歳モンテッソーリ教員資格を取得。2017年7月に帰国し、家族で岡山県西粟倉村へ移住。2018年4月に「にしあわくらモンテッソーリ子どもの家」を開校。

今井 晴菜(いまい はるな)さん
一般社団法人Nest 教育コーディネーター

奈良県出身。2020年8月より着任。これまで子どもたちとの野外活動、まちづくりを目的としたイベントの企画運営などに関わる。子どもたちの「わくわく」を大切に、自分の人生を自分で選択し、歩んでいけるような力を育んでいきたい。

青木 采里奈(あおき さりな)さん
一般社団法人Nest 教育コーディネーター

宮城県出身。2022年3月より着任。これまで国際教育系NPO団体や地域教育系企業にて活動し、主に探究学習のイベントなどの企画・運営を行う。子どもたちはもちろんのこと、大人も一緒になって多様なおもしろさに触れあい、学びあう環境をデザインしていきたい。

西岡 真生子(にしおか まいこ)さん
保護者

自然豊かな環境での子育てを希望し、夫の転職を機に2011年春頃、大阪から家族で移住。西粟倉村役場での勤務や、株式会社西粟倉・森の学校(現・株式会社エーゼログループ)での企画デザイン職を経て、現在はフリーランスのデザイナーとして活動中。3児の母。


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この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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