ローカルベンチャー

ヨソモノと地域住民が関係を構築し、町に新たな風が吹き込んだ──エンカレッジ株式会社 花屋雅貴さん【ローカルベンチャーで変容する地域(6)】

ローカルベンチャー推進で、地域は変わったのか。

2016年にスタートしたローカルベンチャー推進事業(※)。地域に起業家が生まれ続ける生態系を創ろうというこの試みは、2026年3月、10年間に及んだ交付金による事業期間を終え、次のステージに踏み出します。

そこでこの特集では、本事業の主催者であるローカルベンチャー協議会の6つの参画自治体をひとつずつ取り上げます。行政と、民間の中間支援組織またはプレイヤー、双方の視点からこれまでの歩みを振り返り、ローカルベンチャー推進が地域にもたらした変化について聞きました。

第6回は、北海道厚真町(あつまちょう)のエンカレッジ株式会社代表、花屋雅貴さんです。

2016年に始まった同町のローカルベンチャースクールで第1期から2024年までの9年間、メンターを務めてきた花屋さん。この間、東京と北海道を往復しながら厚真町のローカルベンチャー推進に深く関わり、2019年には同町商工会理事に就任しました。

2023年にエンカレッジを創業。現在は厚真町を拠点に、全国の中小企業を対象にした組織づくりの支援事業を展開しています。

(※)ローカルベンチャー推進事業とは、主に地方において地域資源を活用して起業したり新規事業に挑戦したりする人・団体をローカルベンチャーと呼び、その輩出・育成を目指す取り組みです。NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を務めるローカルベンチャー協議会が、2016年度より地方創生関連の交付金を活用して実施してきました。自治体ごとに行政と民間の中間支援組織とがペアを組んで参画するのが特徴です。1期5年、2期5年、合計10年間、延べ13自治体が参加した本事業の定量的・定性的な成果については、2025年7月に刊行した「ローカルベンチャー推進事業白書」にて紹介していますので、そちらもぜひご覧ください(記事末にリンク記載)。

北海道厚真町の概要
人口:約4,200人
主要産業:農業
ローカルベンチャー推進事業への参画:2016年~現在

花屋 雅貴(はなや まさたか)さん
山口県下関市出身。静岡大学大学院卒。ゲームプログラマーとしてキャリアをスタート。ITベンチャーにて、プロジェクトマネージャー、管理職として新規事業立ち上げや組織運営を経験した後、2010年に個人事業主として独立。ゲーム開発や動画配信サービス等を手掛けつつ、2015年より岡山県西粟倉村でローカルベンチャー育成を担うエーゼロ株式会社(当時)のプロジェクトに参画。2016年より同社が受託した厚真町でのローカルベンチャースクールにメンターとして参加。2018年10月、同社の子会社として立ち上がった株式会社エーゼロ厚真の取締役として現地責任者を務める。以降2023年まで厚真町のローカルベンチャー事業全体に関わる。東京と北海道の二拠点活動を経て、2023年にエンカレッジ株式会社を創業、2024年に厚真町へ移住。
エンカレッジ株式会社 公式サイト

ローカルベンチャーたちが「神輿を担ぐ会」を復活させた?

――厚真町のローカルベンチャー推進事業(以下、LV事業)は、ローカルベンチャースクール(以下、LVS)を中核としてきましたが、花屋さんはそこにずっと関わってこられたのですね。

厚真町LVSは、起業型地域おこし協力隊の制度を活用したローカルベンチャー育成プログラムです。これは岡山県西粟倉村(ローカルベンチャー協議会発足時の呼びかけ自治体)で発祥した同様のプログラムを参考にしたもので、その西粟倉LVSの運営を受託していたエーゼロ株式会社(当時)が厚真町のLVSも導入から担当することになりました。

当時、僕はフリーランスで活動する傍らエーゼロの事業開発マネージャーも務めており、厚真町LVSの第1期からメンター(※)として参加することになったのです。

最初の2年間は出張ベースでしたが、2018年にエーゼロ厚真という現地法人ができてその取締役に就任したのを機に、東京との二拠点生活を開始。以来、2023年まで、本格的に厚真のLV事業全体に関わってきました。

(※)メンターは、LVSに参加する起業家の卵たちに事業プランなどに関するアドバイスを与える役割

2019年のローカルベンチャースクールにて。後列右から4人目が花屋さん

――約9年間、厚真町のLV事業に関わってこられて、町にどんな変化を感じますか。 

2025年9月の厚真神社秋季例大祭のお神輿は象徴的だったなと思いますね。30人近く集まった担ぎ手のうち、僕を含めて半分以上は移住者。そして、その大部分がLV事業開始後に来た人だったのではないでしょうか。

そもそも人が神輿を担ぐのが十数年ぶりだったそうなんです。担ぎ手が減ってしまって、お祭りのときは神輿を台車に載せて回っていたのだけれども、厚真神社創立120年にあたり、やっぱり人手で担ぎたいねと。

しかもそれを言い出して神社に働きかけたのが、LVSで厚真に来てくれた元地域おこし協力隊の方だったんです。だから、LV事業をやっていなければ「神輿を担ぐ会」の復活もなかったかもしれませんね。

「神輿を担ぐ会」2025年9月の厚真神社例祭にて

ちなみに、いま厚真にいる移住起業者の方々は、LVS卒業生だけではありません。

もともとLV事業は「人が人を呼ぶ」というコンセプトでした。おもしろい人の周りには自然とおもしろい人が集まる。で、地方で起業する人というのはやっぱりおもしろい存在なんです。みんな「こんな田舎には何にもない」って言ってるところにわざわざやってきて、事業を始めるわけですから。

――現在、花屋さんは厚真町に移住してエンカレッジ株式会社を創業・経営されています。その経緯と事業内容を教えてください。

LVSを通じて、個人事業主はたくさん誕生しました。だから、「0から1を生む」という意味では成功してきたと思います。ただ、いつまでもみんな1のままでいいのか、とも考えていて。

0→1のために必要なことと、1以上を目指すためにやるべきことは違います。LVSのスコープがあくまで起業家としての自立(0→1)であるならば、せっかく生まれた1を、5や10へと成長させるにはどうしたらいいか。僕が会社を立ち上げたのは、そこの支援に注力したいと思ったからです。

5や10にするのは一人ではできません。つまりは組織づくりが肝要です。エンカレッジでは具体的に、組織の「業務サイクル」と「学習サイクル」を融合して社員の成長を促す、「業務で成長する組織づくり」を掲げているのですが、その際に重視しているのが「全方位の1on1」というスタイル。これは社長だけでなく全従業員の話を良く聞くという意味です。

エンカレッジ株式会社ウェブサイトトップページ

これは僕自身がLV事業を通じていろんなローカルベンチャーを見てきたから言えることですが、地方で起業して組織をつくるところまで成功している人は、いわゆるスターなんですね。能力が高く、魅力的なビジョンを掲げて人を引き寄せる。

ただ、地方にはもともと人材プールが少ないため、そのスターについていける二番手・三番手がなかなか出てこないのも現実です。結果として、スター社長と従業員の間にギャップができてしまう現象をしばしば見てきました。

社長がいくら「熱い思い」を語っても、現場の人は日々目の前のことに忙しいから、なかなか理解できない。だから、社長と従業員、双方の話をちゃんと聞いて翻訳し、ギャップを埋めていく、そういう第三者の存在が重要だと考えています。

この組織づくりの支援サービスは、もちろん厚真町内だけでなく、全国の地方の中小企業を対象に展開しています。

地震をきっかけにアウェイ感を脱して人間関係を構築

――花屋さんは2019年5月から厚真町商工会の理事も務めていますね。

僕がエーゼロ厚真の責任者として本格的にLV事業に関わり始めたのが2018年10月で、その半年後くらいに商工会から理事にならないかと声をかけていただきました。僕たちのやっていることを地元の方々が認めてくださることはとても大事なので、そういう意味でも「これは乗るしかない」って思って(笑)お引き受けしました。

――それだけ伺うと、かなりスムーズに地域に受け入れられたように聞こえますが。

いや、2016年にエーゼロがLVSの運営を始めたときは、正直かなりアウェイ感がありました。岡山県西粟倉村なんていうところから来たヨソモノが、町のお金を使って何か始めるぞと。それも、ハコモノをつくるとかではなく起業家の呼び込み・育成というソフト事業ですから、具体的にわかりづらい。なんだそれはと疑心暗鬼にもなりますよね。

厚真町役場は地元の方々向けに、LV事業の意義について、「新しい人たちが新しい市場をつくり出すのであって、地域の事業者さんのマーケットを切り崩すのではない」と説明しておられましたが、最初のうちはかなり警戒されていたと思います。

そういうところに、僕はエーゼロ厚真の現地責任者としてやってきたわけですが、そのタイミングがたまたま地震の直後だったのです。

―― 2018年9月に起きた胆振東部地震では、厚真町も大きな被害を受けました。

僕が赴任したのはその翌月だったので、最初は当然、災害復旧関係のお手伝いがメインでした。同時に、LV事業の情報発信の一環でオリジナル記事をつくる際、商工会の皆さんの復旧復興の努力を取材して紹介したり、皆さんでイベントをやるときにはその手伝いをしたり。

そういう現場での具体的な関わりが、地元コミュニティの中にグッと入り込むきっかけになったんです。もしもあの地震がなかったら、ここまで早く人間関係の距離を縮められてなかったかもしれませんね。

都会育ちの人だと、地方の人間関係の「濃さ」に戸惑うこともあるかもしれませんが、僕は下関の片田舎の生まれ。実家がサッシ屋で、地域のみんなからサッシ屋の息子って呼ばれて育ちました。

そういう世界も知っているので、人間同士の距離の近さも嫌いじゃないんです。だから、商工会理事のお話をいただいたときも、思いきって懐に飛び込んだ結果、地域の皆さんと現在のような関係性をつくれたと思っています。

――人間関係ができたことで活動しやすくなりましたか。

それでも、LV事業の成果が見えるまでには時間がかかるので、最初のうちはいろいろ突っ込まれることが多かったですね。LVSで外から入ってきた人と地域住民との関係が築かれ、こういうことだったのかというのが見えてくるまでは何年かかかりました。

それができた理由のひとつは、LVSへの応募者を選考する際、「この人となら信頼関係がつくれるかどうか」という基準を守り続けたことではないでしょうか。

どんなに事業性がありそうなプランを持っていても、地域で受け入れる側が、この人と一緒にやりたいと思えなければダメ。だから採用者ゼロだった回もあるんです。その基準を頑なに守ったからこそ、人が人を呼ぶ「創発」というLV事業のコンセプトが実現できたのだと思います。

厚真町商工会 寺坂文秀会長のコメント

花屋さんを商工会理事にお迎えしたのは、我々にはないものを彼が持っているからです。

もともと理事の高齢化が進むなか、次世代の声を組織に反映させたいという思いがありました。特に、花屋さんは町にきてから地域活動にも積極的に参加し、さまざまなところに顔を出して、町民との接点が広がっていた人物です。

花屋さんは町の雰囲気を明るくしてくれた。理事にお迎えすることで、彼の柔軟な発想や行動力を商工会運営に直接活かせるという点で、皆さんからも推薦されたのだろうと思います。

LV事業そのものには商工会も注目していました。 外から起業人材を呼び込み、町に新しい風を入れるということでしたが、正直なところ、本当にうまくいくのかと不安はあったんです。

ただ、ここ数年で、町の産品に若い人のアイデアが入ったり、商工会青年部が地域おこし協力隊の方々と交流を深めて、アイデアをもらったり一緒に事業を始めたりするようになりました。 その結果、町の雰囲気や地域活動に少しずつ変化が表れてきたと思っています。

自分の夢に向かってがんばることが、厚真町を良くしていく

――厚真町の将来と花屋さんご自身の今後についてお聞かせください。

まずは、自分の会社を次のステージに進めることに注力します。組織づくりの仕事を始めたけれど、エンカレッジはまだ僕1人で組織になっていません。だから間もなく社員を採用して、1を5や10にするというステージに自ら挑戦していきます。

いっぽう、LV協議会を通じて全国にこれだけ多様なチャレンジャーがいるんだと体感できたことは、僕にとってすごく意味がありました。これが、エンカレッジのお客様は全国にいる、という自信にもつながっています。

町の将来についてはあまり考えていませんが、きっとより良くなっていくのではないでしょうか。もともとLV事業自体が地域視点というより自分視点でした。

厚真町LVSは「叶えたい夢がある人のため」をうたってきた。つまり、町のため、地域のためじゃなく、自分のためにがんばる人を採用してきたんです。みんなが自分の夢を追求した結果として地域が良くなるんだと。僕の場合も同じことですね。


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この記事を書いた人
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福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。
▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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