
ローカルベンチャー推進で、地域は変わったのか。
2016年にスタートしたローカルベンチャー推進事業(※)。地域に起業家が生まれ続ける生態系を創ろうというこの試みは、2026年3月、10年間に及んだ交付金による事業期間を終え、次のステージに踏み出します。
そこでこの特集では、本事業の主催者であるローカルベンチャー協議会の6つの参画自治体をひとつずつ取り上げます。行政と、民間の中間支援組織またはプレイヤー、双方の視点からこれまでの歩みを振り返り、ローカルベンチャー推進が地域にもたらした変化について聞きました。
第1回は、宮城県気仙沼市役所の総務部長、小野寺憲一さんです。
小野寺さんは、東日本大震災後の2012年より震災復興・企画部に所属。以来、2025年4月に現職に就任するまで、「気仙沼まち大学構想」の立上げ、ローカルベンチャー推進事業への参画を含む、気仙沼のまちづくり施策にほぼ一貫して関わってきました。
(※)ローカルベンチャー推進事業とは、主に地方において地域資源を活用して起業したり新規事業に挑戦したりする人・団体をローカルベンチャーと呼び、その輩出・育成を目指す取り組みです。NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を務めるローカルベンチャー協議会が、2016年度より地方創生関連の交付金を活用して実施してきました。自治体ごとに行政と民間の中間支援組織とがペアを組んで参画するのが特徴です。1期5年、2期5年、合計10年間、延べ13自治体が参加した本事業の定量的・定性的な成果については、2025年7月に刊行した「ローカルベンチャー推進事業白書」にて紹介していますので、そちらもぜひご覧ください(記事末にリンク記載)。
宮城県気仙沼市の概要
人口:約55,000人
主要産業:水産業、観光業
ローカルベンチャー推進事業への参画:2016年~現在

小野寺 憲一(おのでら けんいち)さん
宮城県気仙沼市生まれ。1989年、気仙沼市役所に入庁し、主に福祉・介護、財政を担当。東日本大震災翌年の2012年度より、震災復興・企画課に所属。この間、地方創生総合戦略・人口ビジョンや市総合計画の策定、担い手育成事業や「気仙沼まち大学構想」の立上げ・推進などを主導し、行政の立場から一貫してまちづくりに関わってきた。2019~2024年度には、途中2年間の保健福祉部長の時期を除き、震災復興・企画部長を務める。2025年度より総務部長。
土壌づくりにフォーカスした気仙沼は、何がやりたいのか見えないと言われ続けた
――起業家育成を目的とするローカルベンチャー推進事業(以下、LV事業)に参加する前段として、気仙沼市は「人材育成」を柱に据えたまちづくりに取り組んでこられました。その背景を教えてください。
気仙沼市は、2011年の東日本大震災からの復興過程で、地元経営者向けの「経営未来塾」(※1)や、地域の若者向けの「ぬま大学」(※2)といった人材育成系のプログラムを立ち上げてきました。
それらは、最初からまちづくりに生かそうという観点で始めたわけではないのですが、続けているうちに、経営者の熱い思いや若者の発想と行動力こそが、気仙沼の未来に直接寄与するのだということがわかってきたのです。
そこで、2015年度に地方創生総合戦略・人口ビジョンを作成したとき、人材育成を柱にまちを創生していこうという方針を明確に打ち出しました。それを具現化するために立ち上げたのが「気仙沼まち大学構想」です。
2016年には官民協働の事務局を発足させ、「街中で対話から共創・協働が生まれる仕組みを作り、新しい挑戦やイノベーションが次々起こる、市民が主役のまちづくり」を掲げて、セクターを横断した多様なプログラムをコーディネートしています。
(※1)「経営未来塾」は、経済同友会の特別協力で始まった東北支援プロジェクト「東北未来創造イニシアチブ」の一環として2013年から3年半にわたって実施された、地元の企業経営者対象のプログラム。参加者は半年間にわたって一流の講師陣からメンタリングを受けつつ、「個人として、経営者として自分は何をなすべきか」を徹底的に考え抜き、自社の成長に留まらない地域の未来創造のための事業構想を作り上げた。
(※2)「ぬま大学」は、「気仙沼で何かやってみたい」という思いを形にする半年間の実践塾。主に気仙沼市出身・在住の20~30代が対象。全6回の講義を通じて、自分の内側にある思いを知ることから始め、小さなチャレンジをくり返してマイプランを磨いていく。受講生には「コーディネーター」という応援者が伴走し、講義の時間以外も手厚くサポートするのが特徴。

――2016年にローカルベンチャー協議会(以下、LV協議会)に参画したのは、「気仙沼まち大学構想」の一環という位置づけだったのでしょうか。
今はそのように整理していますが、最初はそこまで明確ではなかったですね。
そもそも「気仙沼まち大学構想」とは、まち全体をひとつの大きな「大学」と見立てて、市民みんなで学び合い気仙沼の未来を創っていくという考え方です。具体的な数値目標を置いて未来の完成形「ありたい姿」を鮮明にイメージして、そこに向かって一段ずつ階段を昇っていく、というような活動ではありませんでしたから。
人材育成を柱にした「市民が主役のまちづくり」と言えば簡単なフレーズですが、具体的に何がどうその実現に寄与するかは未知だった。だから当時は、可能性がありそうなものは全部やってみようというスタンスで、LV事業を含めていろんなものに取り組んだというのが実際のところです。
――LV事業に取り組んでみてどうでしたか?
最初のころは、LV協議会のワークショップやミーティングで他地域の皆さんと議論すると、「気仙沼は何がやりたいのか見えない」と言われ続けました(笑)。
LV事業は、ローカルベンチャー育成の先駆けである岡山県西粟倉村とNPO法人ETIC.の呼びかけで始まったもので、当時は西粟倉村のような、事業テーマを決めて起業家を呼び込んで育成するモデルをどう全国に展開するか、という意味合いが強かったように思います。
西粟倉村の場合は、「山/森林」という明確なテーマがあって、その資源を生かしたベンチャーを生み出すシステムをつくってこられました。それでいうと、気仙沼は海の町なのだから、「海/漁業」をテーマとして起業家育成をやるのならわかる、と。
けれども私たちはそうではなかった。テーマを絞り込まず、市民同士の「対話から共創・協働が生まれる仕組み」そのもの、つまり土壌づくりにフォーカスしていたので、見ているステージが違ったんですね。
でも、その土壌から出てきた「芽」はいずれ実をつける、つまり育った人材が新たな挑戦に踏み出すときが来ます。そのフィールドはさまざまで、観光だったり福祉だったり、それこそ漁業かもしれない。私たちはそういう順序で考えていました。
2020年度に気仙沼でLV協議会の合宿をしたとき、私たちのさまざまな人材育成プログラムの「卒業生」たちがこれだけいて、こんな分野で活躍しているという発表ができたのですが、そのとき初めて、ああこれがやりたかったんだね、とわかっていただけたような気がします。

――気仙沼にとってLV事業がプラスになったことは何でしょうか?
LV協議会に参画していなければ、私たちは井の中の蛙のままだったかもしれません。今の時代、他地域の情報を参考にしようと思えばネット経由でも比較的簡単に入手できますが、LV事業を通して現地で学んだ事例や、得られた全国ネットワークはネット情報からは得られないものです。
もちろん、他自治体の成功事例をそのまま気仙沼に移植することはできませんが、考え方やヒントはたくさんもらいました。また、気仙沼からローカルベンチャーラボ(以下、LVラボ)(※3)に参加した人を含む多くのプレイヤーたちが、LV事業を通じて得た知見を自らの事業に生かす形で活躍してくれています。
(※3)「LVラボ」は、半年間の起業家育成・事業構想支援プログラムで、LV事業の中核のひとつ。LV協議会メンバー自治体から多数が参加してきた。自分が取り組みたいテーマを軸に地域資源を活用しながらビジネスを構想し、そのためのマインドとスキルの習得、構想具現化に向けた実践を積み重ねる。
私は、市民が持っている人脈もすべてまちの資源だと考えています。たとえば関係人口を考えるとき、行政としては、市が運営する「気仙沼ファンクラブ」の会員数(約2万3千人)や、市発行の「気仙沼クルーカード」(市内の加盟店で使えるポイントカード、会員数約6万3千人)の市外会員数(約3万4千人)くらいしか把握できません。
でも、市民一人ひとりが持つ「市外の人とのつながりと深さ」を考えたら、本当はもっとすごい数と関係性になるはずです。その意味で、気仙沼のプレイヤーたちがLV事業を通して育んだ人脈は、とても大きな資源。これからのまちづくりに必ず生きると考えています。
傍観せず、みんな自分のやれることをやる。「総働」が文化に
――「気仙沼まち大学構想」はスタートから10年が経ちます。振り返っていかがですか。
私が個人的に感じるのは、行政も産業もNPOも市民も、みんながまちづくりに関わる「総働(そうどう)」の考え方が浸透してきたな、ということです。
かつては行政主導、または産業界が引っ張り行政が後押し、というまちづくりの時代があったかもしれません。あるいは行政・産業・市民がみんなバラバラに、それぞれの方向を向いてがんばるというスタイルも、大都市ならそれをまちの色にしているところはあるでしょう。
でも私は、大震災後の気仙沼に必要なのは、みんなが同じ方向を向いて、距離感を縮めて、こぞって持っている知見や技術で未来のまちづくりに貢献する、コミットしなきゃダメだ、と強く思っていました。
それで、人材育成を柱とした「市民が主役のまちづくり」という構想のもと、行政、産業、地域、NPO、議会など、さまざまなセクター同士の距離を縮め、ベクトルを整えるという作業を10年間重ねてきたわけです。
その結果が、「総働」の気仙沼。つまり、誰かがやるのを傍観するのではなく、同じ方向に向かって、みんな自分のやれることを自発的にやる。まちづくりの一員、主人公、サポーターになる。それが私たちのまちづくりなんだ、という理解が浸透してきたと感じます。
たとえば、市が人口減少対策の行動計画を作ると発表したとき、多くの市民にワークショップに参加していただいただけでなく、市から依頼したわけではないのに、商工会議所も議会も、独自に検討組織を立ち上げ、提言書をまとめてくださいました。
これらを総合して誕生したのが、「~こどもと女性の瞳かがやく~けせんぬまWell-beingプラン2024」です。しかも、プランができた後には、具体的な行動も起こしてくれています。これなども、距離が近く、ベクトルが合致していなければあり得なかったことでしょう。

――とはいえ、当初はゴールが見えないなかでのベクトル調整は難しかったのではないでしょうか。
たしかに、私たちが「気仙沼まち大学構想」という山を登り始めたとき、最初は山頂(ありたい姿)もぼんやりとしか見えなかったし、従ってそこに向かう道も、あっちの道、こっちの道と試行錯誤を繰り返してきました。
私たちは最初からベクトルを合わせようとしてやってきたわけじゃなく、個別の課題やテーマについて「対話」を重ね、共に行動するなかで、自然と合っていくものなんですよね。
あとから振り返ってみて、この作業もあのプロジェクトも結果としてベクトル合わせになっていたんだよね、ということがわかる。なかなか伝わりにくいかもしれませんが(笑)。
――大きな転換点があったわけではなく、徐々に積み上がってきたということですね。継続してやってきたことが結果につながった。その理由は何だと思いますか。
ひとつは、震災も相まって各セクターがみな、自分たちだけで進めてもダメだという強い危機意識を持っていたこと。もうひとつは、行政も事業者も市民も、お互いの可能性をきちんと理解していたことでしょう。
彼らと組んでも無駄だと思えば連携はできなかったはずですから、それぞれの持つ力を資源として認識できていたのだと思います。
継続・積み上げ、ということで言えば、まちづくりの活動に関してどなたかが言っていた言葉を思い出します。曰く、1年目は「イベント」、3年やってやっと「取り組み」になり、10年続けたら「文化」になる、と。
まさにそういうことだと思いますね。大震災から15年、地方創生総合戦略、まち大学構想スタートから10年。気仙沼でもようやくそれが「文化」になってきたのではないかと感じます。

――まちづくりに終わりはありませんが、交付金を活用したLV事業は2026年3月で終了します。起業家育成という部分については今後、どのように取り組みますか?
この10年間で築いた全国ネットワークは財産ですし、将来それをさらに拡張するためのノウハウも相当教えてもらいました。
気仙沼にも起業したいという思いを生み出す土壌はつくられてきたので、これからもたくさん芽が出て、花を咲かせてくれると思うし、そこに水を、肥料をやってくれるのが、LVラボ修了生たちであり、私たちがLV事業で学んだ知見だと思います。
ローカルベンチャー推進事業では、LVの数や売上増などのKPIを設定しました。しかし、「まちづくり」という観点で見たときは、そういう数字で管理する発想ではうまくいきません。
まちづくりにつながる土壌や仕組みをつくることにフォーカスしてきたのが気仙沼。それができつつある今、あとはどんどん芽が出てくればいい。まちづくりに目標数値は必ずしも必要ないと私は考えています。
一方、継続してやっていれば何らかの数字は動くものです。たとえば、住みたい田舎ベストランキングでのランクイン、ふるさとワーキングホリデー受け入れ日本一など。また、気仙沼のふるさと納税額は2024年、121.65億円で全国10位になりました(2017年は1.26億円で524位、7年で約100倍の計算)。
このことにLV事業やまち大学構想がどのくらい関係しているか、正確には測れなくとも、何らかの寄与をしていることは容易に想像できるでしょう。
まちづくりの取り組みは数字ではなかなか評価できません。やりがい、手ごたえ、雰囲気など、私は「キラキラ」とか「ワクワク」という言葉で表現してきましたが、そういう定性的なものこそを大事にして、そこに住む人たちの豊かさを希求すべく、これからも「総働の気仙沼」を前進させていきたいと考えています。
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