社会・公共

AIは地方のチャンスになるのか。──新産業創出のために、いま行政が担うべき役割とは【WISE GOVERNMENT シンポジウム(3)後編】

急激に変化する時代の中で、行政のあり方もまた問われています。官民の垣根を越え、行政や起業家、市民など、多様な主体がフラットに連携し、共に考え実行していく——そんな新たな協働の枠組みをつくっていこうというのが、山梨県が発信する「WISE GOVERNMENT」構想です。

本記事では、2025年3月に行われたオンラインシンポジウム『「未来のつくりかたを、再発明しよう」- 行政も、起業家も、市民も、-』の第3弾「WISE GOVERNMENT×アート・エンターテイメント=新産業を興す!」の要約をお届けします。

>> 前編はこちらからご覧いただけます

<登壇者> ※左から
新井 モノ(あらい もの)さん AiHUB株式会社 代表取締役CTO / AIアーティスト / エンジニア 
吉田 勇也(よしだ ゆうや)さん 株式会社HARTi 代表取締役社長CEO

<ファシリテーター>
本嶋 孔太郎(もとしま こうたろう)さん 弁護士/RULEMAKERS DAO 発起人/日本DAO協会 発起人 

※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。

100兆円規模のAI市場から、地方が恩恵を受けるには

本嶋:これまでのお話から、地域に眠っているデータセットを基盤として、世界的にニーズがあるような独自の学習モデルを開発することがいかに大事かわかりました。今後は検索結果やさまざまな制作物が、一旦AIを介して出力されることもますます増えていくでしょう。

ローカルなデータセットを学習した生成AIが世界中のクリエイターに使われることで、地域に関心をもってもらうきっかけが増えるなど、訪問の促進にもつながっていきそうですね。

そして今やアニメ制作も、東京じゃなければできないという時代ではなくなっています。むしろ余白のある地域のほうが、小さくチャレンジして育てていくのに適しているんじゃないかと感じました。

新井さんに質問なのですが、たとえば富士五湖エリアに特化した生成AI用の学習モデルを作るとしたら、どれくらいのデータが必要で、それはどのくらいの価値になるのでしょうか。

新井:AIの学習にはいくつか段階があり、まず「基盤学習」という土台の部分では、数千万〜数十億枚のデータを使って、人の形や山・川というような基本概念を覚えさせます。

そこにアニメや日本文化など領域を限定して、「追加学習」を重ねます。これには目安として数千〜数百万枚の画像データが必要です。これによって日本らしい風景や、アニメ的なタッチの画像・映像を出せるようになります。そして最後に、富士五湖とか県庁といった特定の風景や建物、キャラクターなどをピンポイントで再現するための「集中学習」を行います。これには数十枚〜数百枚のデータで十分です。

新井:たとえば県庁を舞台にしたドラマを作りたいという案件があれば、県庁のバーチャルモデルを作品づくりに使ってもらえます。こうしたモデルの一つひとつが生み出す利益は小さいかもしれませんが、同様のモデルをたくさんそろえることで、うまくいけば億単位になる可能性もあります。

世界のAI市場は今や100兆円規模です。さらに2032年までには1兆3,040億ドル(約188兆円)もの大幅な拡大が見込まれる(※1)巨大市場ですから、わずかでも「そこにしかないオリジナルの学習モデル」を使ってもらうことで、地方から数億円規模の産業が生まれうるというのもご理解いただけるのではないでしょうか。

追加学習に必要な数千から数万枚のデータというと多く感じるかもしれませんが、最近は2~3万枚の画像をスマホに蓄積している女子高生もめずらしくありません。個人が特定されないよう権利処理をしてAI学習に活用できれば、1,000人の協力で数千万枚集まる計算です。

個人所有のデータは、現状だとSNSに投稿して海外の大手IT企業の学習モデルに使われるだけですが、これでは投稿者に利益は還元されません。地域にお金が入ってくるようにするには、自ら学習モデルを開発し、権利処理をした上でデータ提供者や開発者が利益を受け取れる仕組みをつくることが重要です。

※1:“令和6年版 情報通信白書の概要 第Ⅱ部 情報通信分野の現状と課題 第1章 ICT市場の動向 第9節 AIの動向”.総務省.https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd219100.html

信頼度の高い行政だからこそできること

本嶋:地域イベントとのコラボなど、既存の組織と協働すればすぐにでも始められそうですね。新井さんが言うような仕組みづくりを進めていく上で、行政にはどのような役割が求められるのでしょうか。

新井:AIを使うときに利用規約には、実は「データを学習に使います」「人格権は主張しません」といった怖い内容が含まれていることもあります。

だからこそ、AI周りのデータ利活用に関する法律や、データ提供者の権利をしっかりと守りつつ、自治体が主体的にデータセットを収集する場合の信頼感は大きいと思います。自治体できちんと権利処理をして取りまとめてもらえると非常にありがたいですね。

本嶋:確かに特別費用や予算が必要というわけではなく、交通整理をする、座組みやルールをつくっていくという部分なので、行政が積極的に担うべき役割のひとつだと感じます。吉田さんは行政の役割についてどのようにお考えですか。

吉田:私はコンテンツ側の人間なので、行政が旗振り役となる場合、推し活経済圏を取り込むべきだと考えています。

また、DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織 ※2)のような新しい仕組みの下で公共サービスを提供したり、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン ※3)などを活用した資金調達にも踏み込んだりできるといいのではないでしょうか。

具体的な施策として3つ考えてみたので紹介します。1つ目は推し活型観光の創出です。山梨県にはアニメのモデルになったエリアもありますし、ご当地VTuberも何人も活動していてコンテンツが豊富なエリアなので、優位性があると思います。

※2:特定の管理者がいない、参加者全員で運営や意思決定を行う新しい形の組織。ブロックチェーンという改ざんが困難な分散型のデジタル技術をベースにしており、決めたことが自動的に実行されるため透明性が高い。

※3:画像や音楽などのデジタルデータに唯一無二の価値を持たせられる仕組み。

吉田:2つ目は富士山をはじめとする観光資源を活かした没入体験の強化です。スマホをかざすと過去の風景や歴史上の人物が出てくるというように、AR(Augmented Reality:拡張現実。現実の風景にデジタル情報を重ねて表示する技術)を活用して裏側にある文脈まで伝えていくことで、思わず誰かに話したくなる体験につながります。

3つ目は、スポーツと連動したエンタメ施策です。山梨のプロサッカークラブ・ヴァンフォーレ甲府とコラボして、ファンも巻き込みながらヴァンフォーレ甲府のデジタルデータを収集するなど、山梨から全国に広がっていくような事例をつくれたらいいですよね。

それぞれ得意分野をもつ民間企業と協働しながら行政がサポートすることで、新たな人の動きを生み出せると思います。今日お話ししたようなテクノロジーを持つスタートアップ企業はたくさんありますが、自己資金やマンパワーに乏しい場合も多いので、最初の1事例につながる補助金などがあれば動き出しやすいのではないでしょうか。

持続的な事業へと成長するために乗り越えるべき、コールドスタート期

本嶋:最初は投資が必要な部分もあると思いますが、将来的には独立した持続的な事業にしたいですよね。新井さんは持続可能性についてどうお考えですか?

新井:AIサービスや、推し活のようなコミュニティ経済を立ち上げる際には、コールドスタートをどうクリアするかが課題となります。コールドスタートとは、初期段階ではユーザーやデータが足りず、システムがうまく機能しない状態を指します。

この状態から自律的に発展できるところまで持っていけるかが重要なので、コールドスタートの時期を乗り越えられるような初期支援の施策があるとありがたいですね。

たとえばAIの追加学習や集中学習に必要な数百万枚の画像を集めるための撮影会に、初期費用として数十万~数百万円程度の補助をしたとします。そうしてできあがったAIモデルは広告などで幅広く使われる可能性があり、将来的には数千万円、数億円規模の経済効果を生むかもしれません。一過性のイベントへの補助とはわけが違うんです。

AI業界は真っ先にノウハウをためて先行した人が一定の市場を獲得するという世界なので、ブルーオーシャンである今取り組むことが肝心です。来年になるとまた状況は変わると思います。

新井さんが開発に関わった、AIが生成したファッションモデルを提供するサービス

みんなが参加できるようにするには「仕組み化」がカギ

本嶋:最新の技術を味方につけることで、地方にも大きなリターンが見込める可能性があるんですね。一方で「高齢者などITリテラシーの低い人でも参加できるビジネスモデルなのか?」という質問も寄せられています。その点についてはいかがでしょうか。

新井:映像やマンガなどのコンテンツ制作や、ソースコード(プログラムの設計図)を誰でも閲覧・使用・改良・再配布できるよう公開されているOSS(Open Source Software:オープンソースソフトウェア)の世界では、ビジネスというよりコミュニティベースで動く部分も大きいんです。

山梨県内にも、自費で同人誌などを制作して東京のイベントに参加したり、OSSをよりよくするためにコードを修正するなど、趣味的に開発に貢献している人がいて、すでに世界とつながっているはずです。こういった人たちを行政が見つけて、コミュニティ化して応援していけるといいのではないでしょうか。

また、個人を特定されない形で手元のデータを提供・共有できる仕組みが整えば、IT技術に詳しくない人でも、写真を撮って提供するだけで日本独自のAI産業の基盤をつくることに貢献できます。

地域ポイントで還元する、協力者名がどこかに掲示されるなど、データを提供する動機付けの設計はいろいろと考えられますが、誰もが参加できる仕組みにすることは可能です。

本嶋:テクノロジーが支えてくれるので、AI開発に関する知識や理解がなかったとしても貢献できるんですね。データ提供など末端で関わった人たちにも利益を還元するというのも、今の技術であれば実現できそうです。

ローカルからグローバルへつながるために、行政に必要なこと

本嶋:最後に、グローバル展開を視野に入れたとき、山梨からどのようにつなげていけるか、アイデアはありますか?

吉田:我々は中東のバーレーンに進出しています。中東だとサウジアラビアやアラブ首長国連邦を選ぶ人が多いんですが、バーレーンには小国ならではのメリットがあります。

「音楽レーベルの人に会いたい」と言えば政府機関が直接つないでくれたり、ローカル人材を採用すると最初の3年間は人件費の半分を補助してもらえたりと、出張に行くたびにビジネスがすごいスピードで進んでいくんです。東京ではなかなか考えられないことですよね。

こうした環境があると優秀な人材が集まり、その人たちが人を呼んでどんどんコミュニティがつくられていきます。そうするとコミュニティ内でのコラボレーションもでてきて、山梨発の企業やプロジェクトが生まれやすくなると思うのです。こういった場づくりへの投資が大事ではないでしょうか。

本嶋:僕も香川にいて、地域の自治体は本来柔軟にスピーディーに動ける部分があるんだろうなと感じているところです。地方自治体のトップ同士で構想を練り、国をまたいで協働していくといったこともできるのかもしれませんね。

新井:私も北米や東アジアで活動していますが、日本人の感性で作ったものがそのまま海外でも求められている時代だと感じています。特別なものではなく、自分たちが「これがいい」と思うものを作れば評価されるので、いかにスピーディーにやるかが大事です。

このスピード感は開発面でも重要で、今小さく素早く始めるほうが効果的です。今なら数十万円単位ですむ事業が、半年後・1年後だとすでにレッドオーシャンになっていて億単位の大きな投資が必要になってしまうかもしれません。今まさにレバレッジが効いている領域なので、山梨でも取り組みを検討してもらえたらありがたいです。

本嶋:新井さん、吉田さん、本日はありがとうございました。

<登壇者プロフィール詳細>
新井 モノ(あらい もの)さん
AiHUB株式会社 代表取締役CTO / AIアーティスト / エンジニア
PM/Pdm/アーキテクトとして、エンタメ×Tech領域を中心に数多くの起業/プロジェクトを手掛ける。日本Linux協会、日本医師会ORCA管理機構”ORCA Project”の立ち上げに参画。Web3領域では和組DAO Adminとして、和組SBT(SoulBoundToken)開発、カンファレンス登壇、イベント、web3勉強会、壁打ち多数。2019年OpenCVを利用したIoT機器”配電地上機器向けシティキオスク”の設計開発を通じて画像AIに触れたことをきっかけに、2022年よりStableDiffusionをはじめとしたAI画像生成系オープンソースソフトウェアのコミュニティ開発に取り組む。現在は企業が安心して利用できるAI基盤モデルのブロックチェーントレーサビリティの確立に尽力。AI×Web3のクロスオーバーを目指して、AiHUB株式会社を設立。AI研究開発、ユースケース開発、社会実装に力を注ぐ。

吉田 勇也(よしだ ゆうや)さん
株式会社HARTi 代表取締役社長CEO
1995年、広島県生まれ。広島大学附属福山高校、中央大学法学部法律学科卒業。19歳で起業し、フランス語のオンライン塾を経営したのち事業譲渡。世界40カ国をバックパッカーとして巡り帰国。2017年、英国・ウェストミンスター大学でアートマーケティングを専攻。2019年、HARTiを創業。東洋経済「すごいベンチャー100」に掲載。2020年、Plug and Play JapanのBrand&RetailにてAward受賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2020に採択された。

本嶋 孔太郎(もとしま こうたろう)さん
弁護士 / RULEMAKERS DAO 発起人 / 日本DAO協会 発起人
2017年東京大学法学部卒業後、一般社団法人zingzing設立、弁護士登録、森・濱田松本法律事務所入所、RULEMAKERS DAO(2022年)や日本DAO協会(2024年:Rep Holder就任)、共創DAO/100万人DAO(2024年)といったDAOを立ち上げるほか、2020年、香川県移住を契機に森・濱田松本法律事務所退所。現在、30以上のDAO設立を支援。ソーシャルコーディネーターとして、伊勢神宮のお膝元でのプロジェクト、北海道道南でのDAOプロジェクト、イヌのお祭り等のコーディネートを行った。テクノロジーと文化とを調和させつつ、 バーチャルでは、無限の生き方、繋がりからリアルでは、少人数で自給自足・意思決定をし、「人らしく」「人間らしく」生きられる無数にあるコミュニティから選択して生きていける世界の実現を目指している。専門は、スタートアップ法務、テクノロジー法務(医療・薬事・web3・データ・AI等)。主な著書に、『ヘルステックの法務Q&A』(商事法務、2022)、『60分でわかる!改正個人情報保護法 超入門』(技術評論社、2022)。


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この記事を書いた人
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宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。
その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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