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複雑さを増す社会構造や分断、既存アプローチの限界という課題に直面する米国ソーシャルセクターのリーダーたち──日米ソーシャルイノベーションネットワーク開催レポート(前編)

「DRIVEメディア」を運営する「NPO法人ETIC.(以下、エティック)」は、2001年より25年間、社会起業家支援を続けてきました。社会起業家とのネットワークは国を越え、欧米やアジア諸国のリーダーとの数々の印象深い出会いも生まれています。

そうした流れのなか、2025年10月末、「米日財団」助成のもと「エティック」と「NPO法人クロスフィールズ」が共同主催者となり、「NPO法人新公益連盟」の協力を得て、日米のソーシャルセクターリーダーの交流・知識交換を通じて課題解決の突破口となりうる対話の創出を目指した2日間のプログラム「Japan-U.S. Social Innovation Network(日米ソーシャル・イノベーション・ネットワーク)」(以下「JUSSIN」)が開催されました。

継続的な交流を目指して開催された本プログラムの記念すべき初回テーマは、「複雑な社会を動かすNPOリーダーシップ〜市民社会と自団体の次なるビジョンを探求する〜」。

複雑さを増す社会構造や分断、既存アプローチの限界という課題に対し、サービス提供や収益モデルの安定化を超えた社会システム全体への働きかけや、インパクト創出の新たな突破口を模索することを目的に、米国から5名のゲストを招聘。そして、日本各地から35名のソーシャルセクターリーダーが集いました。

日米ソーシャルセクターリーダの交流を、10年かけて活性化していくことを目指して

始まりは2024年、「米日財団」によるリーダー育成プログラムに参加した、国内外の社会課題の現場とビジネスパーソンをつなぐことで社会課題解決とリーダー育成を目指す「クロスフィールズ」代表理事であり、NPOを中心としたソーシャルセクターのプラットフォーム「新公益連盟」の共同代表でもある小沼大地さんと、米国のソーシャルセクターリーダーの支援を行う「ザ・マネジメント・センター」パートナーのコスモ・フジヤマ・ガズナヴィさんの出会いでした。

クロスフィールズ小沼さんが、研修初日の朝に「JUSSIN」のはじまりを語ってくださいました

コスモさんは、スキーインストラクターで観光業を興すために米国へ渡った両親のもと、サンフランシスコに生まれた日系2世です。学生時代に兄とホンジュラスで若者の教育格差解消を目指す非営利団体を共同設立し、その後ペンシルベニア大学「Center for Social Impact Strategy」のマネージング・ディレクターとして、世界中の非営利リーダーを対象としたエグゼクティブ教育プログラムを牽引されました。

さらに世界最大の社会起業家グローバルネットワーク「アショカ」での勤務、ニューヨーク大学で非営利経営の修士号取得を経て、現在のキャリアに就かれています。

意気投合した小沼さんとコスモさんは、両国のソーシャルセクターリーダーの交流をもっと活性化したいと、プログラムの期間中に米日財団の代表理事へ「JUSSIN」構想をプレゼン。その一歩目への協力を得られることになり、構想から1年という驚くべきスピードで本プログラムが実現されました。

米国からのゲストは、長年ソーシャルセクターのリーダー育成に取り組まれてきたコスモさんにより検討。「エティック」と「クロスフィールズ」から共有された日本のソーシャルセクターが抱える現在の課題に則して選ばれ、刻一刻と変わる連邦政府の政策に翻弄されるなか、5名のソーシャルセクターリーダーたちが「JUSSIN」のために来日しました。

一番左が小沼さん、左から3人目がコスモさん。そして米国から来日されたリーダーたち

米国では市民社会にとって不可欠な存在であるソーシャルセクター。危機的状況におけるリーダーたちの現在

プログラム初日には、5名のゲストによる講義と、ディナー交流会を開催。コスモさんによるオープニングトークでは、「アメリカを取り巻く市民社会のいま〜NPOが直面する課題と可能性」をテーマに、日本と比較した米国ソーシャルセクターの構造的特徴が共有されました。

また、連邦政府による資金凍結や、非営利組織と財団への監視が行われているなか、企業にとどまらず篤志家からの寄付も敬遠がなされている現状であることが伝えられ、リーダーたちがどのような対応を日々迫られているのか、レイオフや事業縮小を乗り越え、生き残るためにこれまでにないレベルでの連帯が進んでいるということが詳らかに語られていきました。

「その数は刻一刻と変化していると思います」とコスモさんは切実な現状を語りますが、米国では現在、およそ150万の非営利団体が活動中です。働く人は1280万人にものぼり、国内で3番目に大きいセクターとして、多くの市民の医療と雇用を支えています。特に米国では日本と違い国民皆保険制度は存在しないため、命の安全への直接的影響は計り知れません。

また単純に規模が大きいだけではなく、その約40%を教会、学校、財団が占め、市民生活にとって不可欠な柱となっています。連邦予算の削減や政治的不安が、ソーシャルセクターの緊張を高め、学生や家庭に影響しているといい、政治判断によるソーシャルセクターへの影響が市民生活へ及ぼす結果の深刻さが語られました。

コスモさん作成。The Center for Effective Philanthropyによる調査結果より一部抜粋

想像以上の現実にショックを受けたような空気が会場に流れるも、「規模や深刻さのレベルは違うかもしれないが、同様の構造による出来事が起こりうる現実味が今の日本にはある」と、後の振り返りでは参加者から声が共有されています。

さらに、会場から今後10年間の予測を尋ねられたコスモさんは、政治的不安や公的機関への不信が広がるなか、隣人が隣人を迅速に支えることを可能にする地域密着型の組織がソーシャルセクターの柱になっていくのではないかと、2025年1月に発生したロサンゼルス山火事での事例を通して実感を語りました。そして、地震をはじめ災害が頻発する国土を持つ鍛えられた日本の地域組織は、とてもパワフルな存在なのではないかとも。

そうして、オープニングトークで共有された現状を参加者それぞれが自らの団体に照らし合わせ想像しながら、次のインスパイアセッション「アメリカ社会で取り組むNPOリーダーたちの実体験に学ぶ」への心の準備がなされていきました。

知識はろうそくのようなもの。火を分かち合うことで、世界をより明るくすることができる──「ペンシルベニア大学」アリエル・シュワルツさん

参加者同士の自己紹介とランチタイムを経て、いよいよ午後は5人のリーダーたちによるインスパイアセッションの時間となりました。

1人目は、ペンシルベニア大学ソーシャルポリシー&プラクティス学部の「Center for Social Impact Strategy(CSIS)」マネージング・ディレクターを務めるアリエル・シュワルツさん。さらにペンシルベニア大学Nonprofit Leadership修士課程では、「ソーシャル・アントレプレナーシップ」「ソーシャル・イノベーション」「国際開発」「社会変革リード」の講義を担当されています。

差別と暴力から逃れるために東欧から米国に渡ったという曾祖父母を持つアリエルさんは、子どものころから構造的差別と不公正の現実を見つめてきたといい、そうしたルーツから最初のキャリアをコロンビア大学のInitiative for Policy Dialogue (IPD)という発展途上国の政策立案者を支援する部門のプログラム・コーディネーターとしてスタートしたと語ります。

博士課程では、識字率が低い地域の医療従事者がどのように妊産婦を助けるツールとして携帯電話を使用しているのかを研究。その過程で、2008年にはケニアでの識字率の向上や、市民参加の場として地域図書館を支援する非営利団体「Maria’s Libraries」を共同設立されました。その後、世界を変えるチェンジメーカーにグローバルなコミュニティと支援を提供するペンシルベニア大学CSISでのキャリアを歩み始めました。

これまでの10年間、特にアカデミックな立場を通じてチェンジメーカーの支援を続けている理由を、尊敬するメンターでIPDの創始者であり共同代表である経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ氏から言われたという「知識はろうそくのようなもの。相手のろうそくに火を灯すことで、自分の光を分かち合うことができる。分かち合うことで損なうものはなく、一人のときよりも明るくなる」という考えが大きく影響していると語ります。

「この数十年で大学は、あらゆる社会経済的な状況に置かれているすべての人に門戸を開くために努力と変化を続けてきました。例えばペンシルベニア大学では、年収が20万ドル以下の家庭出身の学部生に対して、学費を無償化しました。このことを私自身はとても誇りに思っていて、大学へのアクセスと金銭的負荷の改善を、大学がイノベーションを起こす上での優先課題と捉えています。

CSISは、特に社会を良くする活動に取り組む人々に対し、質の高い教育を幅広く提供可能にするため、10年前に設立されました。学位取得を目的としない特別科目プログラムを通じて、大学レベルの学びを全ての人にアクセス可能にするとともに、人を中心とした教育とリーダーシップそのものを体現することで、伝統的なアカデミア規範に挑戦しようとしています」

最後、アリエルさんは書籍『Innovation and Scaling for Impact: How Effective Social Enterprises Do It』を引用しながら、成果を生み出すソーシャルインパクトリーダーが目指すべき3つの学びを共有してくださいました。

1つ目は、リーダー自身が自らの進化するアイデンティティと情熱を理解するとともに、コミュニティや協働者のアイデンティティと情熱がリーダーのミッションをつくりあげているということを理解すること。2つ目は、取り組む領域の課題について学び続けること。3つ目は、真に効果的な取り組みを実践するために、良い意思決定を手助けするツールを学び続けること。

「人生をかけた学習者であり、好奇心ある協働者で居続けることがソーシャルイノベーションとインパクトには重要」だと、アリエルさんは参加者を励ますように語りかけました。

若者の世界を変える力を信じ、共に動く──「ホープラボ」ジョシュア・ラヴラさん

2人目は、ニューヨークを拠点とするアーティスト、クリエイティブ・ストラテジスト、プログラムリーダーであり、デザイン、科学、フィランソロピーの分野を横断しつつ、クィアネスやアイデンティティ、科学と芸術の交差点に深い関心を持つジョシュア・ラヴラさん。

現在は、若いリーダーたちを対象にメンタルヘルス、テクノロジー活用、ソーシャルインパクトをテーマとしたプログラムを開発をしている「ホープラボ」のプリンシパルとして働かれています。

ペンシルベニア州立大学で化学工学を学び、現実の世界に化学をどう応用できるのか関心を持つようになったというジョシュアさんは、これまでに2つの特許を取得したプロダクトを含め、数々のプロダクト開発とデザインを担われてきました。

そんななか、世界最大のホームセンターチェーンと提携して生まれた工業製品向けセルフサービス式自動販売機の開発を通じて、「大きな組織でイノベーションを起こすことは可能か?」という問いを探究するようになったのだそう。同テーマで母校でのTEDxに出演し、そこから「イノベーションのためにデザインは何をできるのか」というテーマがジョシュアさんの人生に広がっていったのだと語ります。

サンフランシスコに拠点を置くデザインコンサルティング会社IDEOでは、世界100社のイノベーションを研究。さらにスウェーデンのデザイン会社Dobermanで気候・環境プロジェクトに携わる数年を経て、現在のキャリアに至りました。

「ホープラボの愛すべきところは、頭と心の架け橋をしていることです。そして、常に若者と協力して仕事をしている。例えばLGBTQと若者向けの完全無料のデジタルメンタルヘルスツール『IMEE』の開発では、600人以上の若者と協力しました。このツールは、10分使用するだけでストレスを軽減することが明らかになっています。

また現在、17の資金提供者による若者向けの基金『Responsible Technology Youth Power Fund』をリードしていて、この基金では年間約300万ドルを寄付しています。若者にはシステムを変え、世界を変える力があると信じ、意思決定と運営には過去に受給者だった5名の若者に携わってもらっています」

また「ホープラボ」では、米国のシステムの公平性により深く関わるため、メンタルヘルスとウェルビーイングの分野で活動する営利目的のスタートアップにも投資。AIセラピストから米国の公的医療保険プログラム「メディケア」と協力している企業まで、20社強ほどのスタートアップに投資してきたと語ります。

「私は、多世代のパワーシェアリング──若者の声にいかに耳を傾け、いかに権力を分かち合うか──にも関心があります。1990年代に米国で障害者の権利運動から普及した『私たちなしでは、私たちのことではない(nothing about us without us)』という言葉が心に強く残っていて、前進する唯一の方法は『相手のために』ではなく『一緒にする』ことだと信じています」


記事内では真面目なテーマが続きましたが、アメリカからのお土産としてお菓子の詰め合わせをいただいたりと、笑顔が溢れる時間もたくさん流れた1日目でした!

記事後編(2026年1月公開予定)では、残り2名のゲスト講義とプログラム2日目についてレポートをお届けします。

この記事を書いた人
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1986年生まれ。学術書出版社にて企画・編集職の経験を経てから、2015年よりDRIVE編集部の担当としてNPO法人ETIC.に参画。2018年よりフリーランス、また「ローカルベンチャーラボ」プログラム広報。

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