2024年5月10日、東京の日本郵政グループ本社にてカンファレンスイベント「Social Co-Creation Summit Liquid 2024」が開催されました。

日本郵政グループは、気候変動や人口減少などの社会・地域課題を解決するために、グループ社員を地方の企業・団体に派遣し、全国各地に約2万4000ある郵便局のリソースを活用して新規ビジネスを創出するプロジェクト「ローカル共創イニシアティブ(以下、LCI)」を2022年4月より開始しました。NPO法人ETIC.(エティック)は、LCIの運営事務局・アドバイザーを務めています。
本稿では、地域の食産業や経済にフォーカスした「地域の豊かな食文化を支える新しい産業の在り方」のセッションを要約・編集してお届けします。
登壇者は、コンサルタントとして世界中の食のプレーヤーと協働し、食産業の発展を目指す福世明子さん、秋田県男鹿市で酒の醸造所を営みながら飲食店をオープンし、食を通じて街の活性化を目指す岡住修兵さん、環境問題により各地で姿を消しつつある「海藻」に着目し、研究から栽培・加工・販売までを行う友廣裕一さん、製薬会社の強みを活かしながら農業や畜産など食の分野に取り組むロート製薬の戸崎亘さんです。
福世さんにはモデレーターとしてセッションを進行していただき、岡住さん、友廣さん、戸崎さんには地域の「食」の現状や課題、今後の展望について語っていただきました。
食が持つ求心力で地域に人を呼び込む

岡住修兵さん(稲とアガベ株式会社 代表取締役)
福世 : 本セッションでは「地域の豊かな食文化を支える新しい産業の在り方」について登壇者の方々にお話を伺いたいと思います。
私はコンサルティングを通して、日本各地の食産業に携わる方々と協働しております。地域に存在する伝統的な食が、現代社会に受け入れられるよう進化させる取り組み等を行っています。
まずは登壇者の皆さまに自己紹介をいただき、「食が地域にもたらす可能性」についてお話を伺っていきたいと思います。それでは岡住さん、よろしくお願いします。
岡住 : 私は秋田県の銘酒「新政」に感銘を受け、縁もゆかりも無い秋田県男鹿市で酒造の道に入りました。2021年に男鹿市で会社を立ち上げ、どぶろくなどの酒造や飲食店経営、食品の生産をしています。
私は「酒はメディア」であり、土地の名刺代わりになるプロダクトだと思っています。美味しい酒は自ずと国内外に広がり、生産地に人を呼び集める力を持ちます。
しかし私が拠点とする男鹿市は人口減が続いており、街は空き物件だらけ。人っ子一人歩いていないシャッター街でした。お酒に魅力を感じてせっかく男鹿までやってきてくれた観光客がいても、楽しめるコンテンツがなかったのです。
男鹿を活性化するために、私たちは地域の食材が楽しめる予約制レストランやラーメン屋などの「食のコンテンツ」を作ることにしました。最近ではラーメンを求めて行列ができるなど、街に人の往来が見られるようになってきたんですよ。人間にとって重要な「食」は、地域に人を呼び込む“求心力”をもっていると感じます。
福世 : 酒に代表される地場の食は、地域のキラーコンテンツとしてツーリズムの要を担い、地域への経済循環を生み出します。食は、経済循環により、地域の持続性に貢献できると思います。
海藻も地域性があるものかと思いますが、友廣さんは食の可能性をどの様にお考えですか?
友廣 : 私たちは、南は熊本から北は岩手まで広がる日本各地の拠点で、海藻を研究・生産しています。
実は私たちが普段食べている海藻は、天然のものがほとんど。しかし昨今の海水温上昇に伴って各地の海で海藻が育たない状況となり、食用としての供給が追いつかない事例も出てきました。そればかりか、磯焼けと呼ばれるように海藻が減って砂漠のようになることで海中の生態系が崩れ始めているんです。
海藻は天然が豊富に採れていたり、産業として弱かったからなのか、研究者の数が少なく、栽培技術や食べ方などが発達しませんでした。私たちは現状を打破するべく海藻を研究し、陸上・海上の両方で栽培を進めています。栽培することにより食用としての安定供給が叶うだけではなく、関わる人の生業創出、更には生態系の回復にも寄与できるなど、幅広いインパクトが生まれる可能性があると考えています。
「食」はそれ以外の物と比べると、比較的購買サイクルが早いですよね。ですから、ユーザーとの接点が点から線になりやすく、連続的に関係性を結んでいける特徴があるように感じます。
「科学的知見」×「食」で新しい価値創造を

戸崎亘さん(ロート製薬株式会社)
福世 : 次に戸崎さん、自己紹介をよろしくお願いします。
戸崎 : 私は製薬会社で広報・CSV推進部、兼 経営企画部企業連携・創出グループとして、パートナーとともに共創価値を生み出すことにチャレンジしています。
ロート製薬は中長期の取り組みとして身体的・精神的、そして社会的にいきいきと暮らすこと、いわゆるwell-beingを叶えることを目指しています。その一環として、沖縄県石垣市で循環型の農業、畜産業にチャレンジしてきました。具体的には日本唯一の有機パイナップル*を生産して販売。製品化できなかったパイナップルを発酵飼料化し、また、パイナップルをジュースとして加工する際に、廃棄される搾りかすを発酵飼料化させ、豚や牛に食べさせることでブランド肉を作っています。
*2021年3月、日本で唯一の有機JAS認定パイナップル農場、やえやまファーム調べ
福世 : 「製薬会社」と「地域の食」というユニークな“掛け算”には、どの様な可能性を感じていらっしゃいますか。
戸崎 : 科学的な知見をいかしたエビデンスの提示、それによる価値の再定義ができることは、製薬会社だからこそだと思っています。例えば、身体に良いと言われる食品が、身体だけでなく地域や社会にとっても良いことが言えないかなど、多様なアプローチをできることが私たちの強みです。
他にも久米島の海洋深層水を使用して、これまで栽培が難しかった微細藻類を大量に養殖しつつ、微細藻類由来の天然青色色素を使って、久米島の青い海をイメージしたビールを作るなど持続可能な循環型モデルを実現しています。これも製薬会社ならではの研究・開発力をいかした取り組みだと思います。
福世 : 科学的知見を地域の食のフィールドに持ち込んで、付加価値を付与されているのですね。友廣さんは食にテクノロジーや科学的知見を応用することについてどうお考えですか。
友廣 : 海藻の分野に関してはテクノロジーと言わずとも、初歩的な機械化を進めるだけで、リソース不足の解消や収穫量の安定化にもつながるのではないかと思っています。
例えば、海藻にまつわる作業は未だにとてもアナログ。ワカメであっても手で刈り取っていますし、昆布の乾燥をする際も人が岩の上に天日干しています。もちろん手間をかけることで品質が上がる部分は大切にすべきですが、とても手間がかかる作業のため人的なリソース不足に陥り、結果、収穫量が減っているとも言われています。収穫などの機械化を進めるだけでも、プラスの効果が見込めると思います。
適正価格の値付けと継続性が課題

友廣裕一さん(合同会社シーベジタブル 共同代表)
福世 : 食を通じた取り組みの中で、課題があれば教えて下さい。
友廣 : 適正価格での販売について課題を感じています。
これまでの海藻は自然に生えているものを刈り取るだけでしたので、原料価格がゼロに近いため安価で販売できていました。しかし、海水温上昇などの様々な理由で天然の海藻が採れなくなったことを受けて、いざ栽培を始めようとすると当然ながらコストがかかります。よって栽培した海藻は天然海藻よりも、高い価格で販売せざるを得ません。
「高い」と思わずに栽培した海藻を手にしてもらうためには、消費者に“価格相応の価値”を感じてもらう必要があります。そのために私達が行っているのが、海藻の品質管理の徹底です。
海藻は魚と同じくらい鮮度管理が肝。新鮮なうちに処理された海藻は、磯臭さがなく非常に美味しいです。今は美食ガイドブックで星を獲得しているレストランなど、価格相応の価値を感じて貰える場所で活用いただいています。
ただ私たちの最終目標は、野菜と同じくらい海藻が家庭の食卓にのぼること。企業努力を続けて、より気軽に手に取ってもらいやすい価格の実現を目指しています。
福世 : 適正価格というお話に通じるかもしれませんが、地域で食に携わる方とお話をしていると、ご自身の活動や生産物の価値を低く見積もってしまう方が多いように感じます。
作り手からするとありふれたものでも、その土地の歴史・文化、作り手の想い、社会的意義等を重ね合わせて意味づけをすることで、オンリーワンのものになります。この様な固有の価値は多くの人の支持を集める可能性があることを是非知っていただきたいですね。
戸崎 : 私も友廣さんの作る海藻を頂いたことがあるのですが、本当に美味しかったです。
ロート製薬も、商品の価格設定については課題を感じています。島で農業・畜産を営んでいるため、生産はどうしても小ロットになります。加えて輸送等のコストもかかるため、適正価格をつけようとすると商品が高単価になってしまうのです。より多くの人に商品を届けるためには、工夫をしていかねばと感じています。
岡住 : 私は適正価格の問題に加えて、継続性が課題の一つだと思っています。そして継続をしていくためには、事業のスケールが必要だと考えます。
今の規模感で事業を続けると「自分たち世代だけの打ち上げ花火」のようになり、いつか終わりがきてしまう可能性もあるのかな、と。活動を次世代に残すためには、ある程度の規模感になり、かつ事業に“求心力”をもたせる必要があるのではないかと考えます。事業をグロースさせる過程で、郵政さんのような大企業と地域ベンチャーがつながる必要性があるのかもしれません。
プラスして「地域で食に携わることで得られる、経済性以外の豊かさ」も再定義して、広めていきたいです。
福世 : 地域の豊かさを考えるうえで、経済的な成功はもちろん重要です。しかし、自分たちの土地やプロダクトに誇りを持てることにも同じくらいの価値があります。
活動に関わる人が「楽しい」「誇りに思う」と感じることも、ある種の豊かさに繋がりますよね。
「顔が見える関係性」を築いてきた郵政の強みの活かし方

モデレーター 福世明子さん(株式会社シグマクシス プリンシパル)
福世 : 地域で食にまつわる活動を広げていく上で、郵政さんをはじめとした他のプレイヤーとどの様な連携を結ぶことを望みますか。また、どんな支援があると嬉しいでしょうか。
岡住 : 私たちは男鹿市に2024年末までにジンなどを作る蒸留所、宿、スナックを作ることにチャレンジする予定です。また私たち以外の“次のチャレンジャー”を呼び寄せ、支援・養成することも視野に入れています。
秋田県ではすでにインフラの手入れが行き届かず、水道の漏水率90%という地域が出てきました。僕が生きている間に、電気やガス、水道などの公共インフラが行き届かなくなる場所がおそらく出てくるでしょう。インフラが消滅した時、最後まで地域に残るのは、おそらく「郵便」。郵便局の方々が地域との媒介者となり、深いコミュニケーションを重ねるようになった先に、地域性が残り続けていくのかなと考えました。
友廣 : 私たちは、海藻の食文化を世界に広げていくことが目標です。郵政さんには、生産を行う漁師さんたちとのハブになって頂いたり、エンドユーザーへの接点づくりでご一緒できたりしたら嬉しいです。
戸崎 : 私達が大切にしているwell-beingの解像度を上げていくと、「人が何を大切にして暮らしているか」「地域に対してどんな思いを持っているか」を考えるところに行き着きます。人の心の機微を読み取る力は、人ならではのもの。全国にいる人と顔が見える関係を築いている郵政さんだからこそ、協働できることがあるのではないかと思っております。
福世 : それぞれの地域から郵政さんに寄せられる信頼は、非常に大きなアセットです。食のプレーヤーと地域の郵政さんが連携することで、地域に新しい価値が生み出されることを期待しております。
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