
2026年5月、虎ノ門ヒルズで開催された「Beyondカンファレンス 2026」に、多様なセクターから491名が集結しました。第5回目を迎える今回は「個の意志に、組織の動力を。」がテーマ。個人の意志や想いを組織の動力にし、社会を動かすエネルギーへ変えていくために、社会課題解決の最先端を走る挑戦者たちと、実践的なアプローチを議論しました。
この記事では、資本主義社会の第一線で活躍する経営層3人によるトップマネジメントセッションを紹介。個人の熱量を、どのようにして巨大な組織に組み込んでいくか?大企業の経営層は、利益追求と社会課題解決をどう両立させようとしているのか?
SOMPOホールディングス/損害保険ジャパン酒井香世子さん、NTTドコモ・ベンチャーズ笹原優子さん、エレコム葉田甲太さんが語ります。
<登壇者>
酒井 香世子(さかい かよこ)さん SOMPOホールディングス株式会社 グループCSuO 執行役員専務 / 損害保険ジャパン株式会社 専務執行役員 CCuO、CSuO
笹原 優子(ささはら ゆうこ)さん 株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役CEO&CCO
葉田 甲太 (はだ こおた)さん エレコム株式会社 執行役員 / エレコムヘルスケア株式会社 取締役社長 / 認定NPO法人あおぞら 理事長 / 医師
※記事中敬称略
社会的インパクトを生み出したい。個の意志で続けてきた──NTTドコモ・ベンチャーズ 笹原優子さん

笹原優子(以下、笹原):NTTグループのCVC(※)であるNTTドコモ・ベンチャーズで、スタートアップ投資や事業共創を統括しています。
NTTグループ全体のファンドとNTTドコモグループ向けのファンドと2つのファンドを運用していますが、例えばドコモグループ向けについては投資分野は5つあり、AI、コミュニケーション・コミュニティ、エンターテインメント、レジリエンス、そしてソーシャルインパクトです。
私はもともと、ドコモでiモードサービスの事業に関わっていました。お客様の声を聞きiモードに新たな機能をつけ加える。そんな価値あるサービスを提供することに、以前は楽しさを見出していました。ニーズのあるサービスは売れ、会社の収益も上がります。なによりもお客様が喜んでくれることがうれしかったんです。
ただ、ある程度iモードの技術が成熟してくると、社会に対してインパクトがある事業をしていかなければいけないと思うようになりました。企業の中でユーザー、そして社会と接続しながら、社会的インパクトをもたらそうと、意志をもって続けています。
※CVC(コーポレートベンチャーキャピタル):事業会社が自社の事業上のシナジーを目指し外部のベンチャー企業に投資・経営支援を行う取り組み
社員は多様な経験を。出向で共創の価値を実感──SOMPOホールディングス株式会社 / 損害保険ジャパン株式会社 酒井香世子さん
酒井香世子(以下、酒井):損保ジャパンでは、サステナビリティ業務に長く関わってきました。当社は国内の金融機関で初めて、地球環境に対応する部署を立ち上げた会社です。当時の上司が「地道に継続し全員参加で進めるんだ」「いろいろな企業やNPO、市民とコラボしないと価値が生まれないんだ」と言っていたことを覚えています。

東日本大震災時、損保ジャパンは「みちのく復興パートナーズ」(NPO法人ETIC.主催)に参画し、通常の業務扱いとして社員を2カ月間、被災地へ復興支援を目的にプロボノ派遣しました。
現地が抱える課題に直面し大きく成長する社員の姿はもちろん、「このプロジェクトでの経験をみんなに還元してほしい」「君が不在の間、現場を支えるよ」といって送り出す職場の姿勢に感動したのを覚えています。このような、社員が多様な経験をすることに大きな価値を感じます。
また私自身が内閣府男女共同参画局へ出向した際には、国や社会を良くしたい、熱い想いを持つ方々と密接に関わることができました。共創の価値を大きく実感した経験です。
近年の不祥事を受け、2年前よりグループ全体のカルチャー変革の担当役員を務めています。信頼回復に向けて、経営層と社員が対話を行うタウンホールミーティングに力を入れ、17,000人の社員と対話をしてきました。会社の存在意義を真剣に考えるために、全員でビジョンとバリューを見直してきたのです。
いざ始めてみると、「2030年に当社が目指す姿は?」といったさまざまな意見が出て、対話が深まったと実感しています。今もう一度、新しい価値創造とは何かを議論している状況です。
医師としての想いと組織の力で、世界を変える──エレコム株式会社 / エレコムヘルスケア株式会社 / 認定NPO法人あおぞら / 医師 葉田甲太さん
葉田甲太(以下、葉田):もともと僕は、医師として働いていました。医学生の頃に仲間とカンボジアに小学校を設立し、この過程を記した著書『僕たちは世界を変えることができない。』が、研修医時代に映画化されます。周りからチヤホヤされて、人生の方向性を見失っていたときに、再びカンボジアを訪れたんです。

そこで生後すぐの赤ちゃんを亡くし、泣いている女性に出会いました。亡くなったときの話を涙ながらに話してくれる姿を見て、「お母さんの涙をとめたい。笑顔をつくりたい」と思ったんです。その後、「認定NPO法人あおぞら」を設立。設備が整い技術を持った医療スタッフがいる病院をアフリカやカンボジアに設立しました。国内では離島などで僻地医療を行い、病院経営も実現できた。35歳のとき、人生の夢が全部叶ったなと思ったんです。
ただ、より良い世界をつくろうと世界へ目を向けたとき、僕個人の力だけだと世界は変わらないなと痛感しました。100億円規模の事業は達成できたとしても、1兆円規模の事業は一人では成し遂げられないと推測できた。だから、父が創業したエレコムで、父や社員の力を借りて、世界を良くしようと思ったんです。自分のプライドを捨てると決意して、エレコムに入社しました。
近年は、新生児蘇生法訓練用シミュレーターを実現するトレーニングデバイスを開発。アフリカやアジアで活用されています。社内では、里親登録・養育に取り組む従業員を支援する「里親支援制度」を導入しました。
「本気の覚悟」や「熱量」が周りを動かす
葉田:会社で新たな事業を始めるときに一番大事なのは、なんとしてもこの事業を手がけたいという“強い覚悟”だと思います。この事業ができないのなら会社を辞めてもいい。それくらいの覚悟を持って本気で挑めば、社内の承認を得られるのではないかと思います。
酒井:私は、PDCAのPは「パッション」だと信じています。自分自身がこの仕事をやり遂げたいか?、個人の熱量はとても大事だと思っています。
以前、東日本大震災復興支援として、会社が所蔵するゴッホのひまわりの絵を東北に貸し出したことがあります。この絵はSOMPO美術館で展示されていて、館外への貸し出しは行われていません。でも「被災地の子どもたちを元気にしたいから貸し出してほしい」と東北支店から声があがり、私は本社で関連部署の承認を得ようと動きました。ただこの絵は館外での保存管理が非常に難しくて、貸し出し許可がなかなか下りなかったんです。
どう交渉しようか悩んでいたとき、ある尊敬する上司に「酒井さんはこの取り組みを実現させたいの?実現させたくないの?」と私自身の覚悟を聞かれました。だから「私、どうしても実現したいです」と答えたのです。そしたら上司が手伝ってくれて、周囲のサポートの輪が一気に広がり、最終的に貸し出しを実現できた経験があります。
笹原:一度の申請でプロジェクトが通らなくても、何度も通しにいくと意外と承認が得られるケースがあります。これは会社でいろいろな人を見て、感じていることです。部下がどんな気持ちでチャレンジしようとしているか、「強い覚悟」を持っているか、は上司に伝わるのだと思います。
葉田:昨年(2025年)、エレコムは初めて、インドの大手デジタルヘルスケア企業と資本業務提携を行いました。なぜエレコムがヘルスケアなのか。なぜインドとの資本業務提携なのか。こう質問されたときに、僕は「社長と僕の気が合ったから」と答えました。質問者は驚きながらも「ビジョンが合ったからなんですね」とまとめてくれましたが、そうだと思っています。
インド企業の社長は「ヘルスケアを10億人に届けたい」という想い、僕は「世界の隅々まで、医療を届けたい」という想いをもっています。二人でインドのプールで話しましたが(笑)。お互いが顔を合わせて数時間かけて語り合ったことで、目指すビジョンを共有できていたんです。
株を所有しないマイノリティ出資なので、出資者の意図が反映されにくい側面はあります。しかし、目指すビジョンがお互いの根底にあるからこそ、こちらの要望を言えば理解して進めてくれる関係性を築けています。

笹原:会社では、数字を詰める業務も多く、左脳を強く働かせる方が多いと思います。左脳スイッチが入っているところに、「社長と気が合った」といった想定外の言葉が出てくると、意外と納得される方が多いと思います。
葉田:なぜその事業を手がけたいのか。つまり「WHY」が、覚悟を決めるうえで大事だと思うんです。HOW(手段)やWHAT(目的)を考えるのは、皆さん非常に長けています。
その一方で、WHYの掘り下げを難しいと感じる方が多いと思います。WHYを考えるときに必要なのは、同じ熱量の仲間を集めること。僕は、気が合う人や友達が少ないほうですが、それでも仲間と集まるとWHYが出てくるものなんです。いかに仲間を集めるかが大事だと思います。
相手の深層心理にアプローチしてみる
葉田:とはいえ強い覚悟を持っていても、上司が承認してくれない場合があります。皆さんはどうしますか?
酒井:こちらの熱意が上司に理解してもらえなくても、時が経つと、その上司が私の発言に近い内容を話し始めることがあります。行動変容には一定の時間がかかるものだと理解して、繰り返し伝えることで相手の変化を促していくことも大事だと思うのです。
会社にはいろいろなチームがあって、支える人がいて、だからこそ大きな成果を出せると思います。すぐに実現できないからダメな組織だと結論づけるのは早いかもしれません。焦りは禁物です。なかなか理解してもらえない上司に対して、どう情報を入れると動いてもらえるかを、私は意識しています。
笹原:葉田さんは、強い覚悟が決まっているほうだと思います。承認が得られない場合、どうしますか?
葉田:僕の意志だけでなく相手のことも考えます。それは、相手の要求一つひとつを見ていけば応えられると思っているからです。会社の意向を聞かない行為は、医者の仕事で例えると、患者さん(=会社)を傷つける行為と同じだと思います。目の前で患者さんが傷を負っている状況で、僕の想いだけを優先させたら、患者さんを救えないですから。
目の前の患者さんを救うために何が適切な方法か、ただロジカルに考えます。ハートは熱く持っていますが、冷めた心で目の前の上司をいかに動かすかを考えています。右脳(熱い気持ち)と左脳(冷めた心)の両方が必要だと思うのです。
理念やビジョンは、迷ったときの指針になる
葉田:ソーシャルビジネスの立ち上げ時、必ず突っ込まれる指摘が「いくら儲かるのか?ROI(投資収益率)は?」です。それに対して僕は「いい人材がこの事業に集まってきますよ」と話します。「10年後にこれくらい利益が出て…」といったような事業計画書を作るのではなく、優秀な人材を獲得できると強調するんです。人材の確保は、会社のインタンジブル・アセット(無形資産)になるので、説得力が増すと思います。
笹原:自分の言葉を発信していると、共感を呼び、いい人材が来てくれますね。では、きれいごと(社会を良くしたい個人の強い意志)を組織の戦略に内包するにはどうしたらいいでしょうか?
酒井:今年から損保ジャパンでは社員のエンゲージメントを把握するため、「いきいき・わくわく指数」を導入しました。会社の目指す姿への共感、働きやすさ、働きがいの3つの指数を可視化する取り組みです。組織単位でこの指数を可視化できるシステムを導入したことで、変化が経年で把握できるようになりました。これまでは人事部や経営企画部門が指数を分析していましたが、今では職場がミーティングを開き、課題や対策を考えています。
なかでも新しいビジョン「損保ジャパンでよかった。SOMPOでよかった。」の実現のために、仕事とビジョンがどうつながっているのかを職場ごとにしっかり話し合ってもらっています。つながりを考えることは、個人の熱量を組織のエンジンに組み込む上で大事だと思っています。

葉田:理念やビジョンは、迷ったときの指針になると思うんです。合理的判断と決断は違います。合理的判断とはデータを分析すれば比較的多くの人が決められること。一方、決断は暗闇で決めることです。暗闇のどこに光を見出すか?その道しるべが理念やビジョンだと思っています。
エレコムではクレド(行動指針)に「正道を行く」と掲げています。例えば製品を自主回収するかどうかを決断しなければいけないとき、「正道を行く」が指針になって、B/S(貸借対照表)がマイナスだとしても自主回収するんだと決断を下せる。真の決断ができるのだと思います。
笹原:NTTドコモ・ベンチャーズでも、ミッションやビジョンを大事にしています。ミッション「力と想いを束ね、世界の景色を変える」は、従業員と一緒に決めたんです。スタートアップの構想実行力とNTTグループの社会実装力と、それぞれの想いを束ね、世界の景色を変えていこうという想いを込めています。
景色が変わることは、文化が変わることだと思っています。だから「投資して終わりではなく、文化が変わるところまでスタートアップの皆さんとご一緒したい」。そんな想いを持って策定しました。シナジーや共創に取り組んでいける組織にしようと、社員全員の腹が決まりましたね。
組織の中で個が意志を持ち続けるために
笹原:企業で働いていると、会社として取り組まなければいけない業務も多く、組織の中で個を持ち続け、社会と接続し続ける難しさを感じます。皆さんはどのように考えていますか?

酒井:これまでのキャリアの中で、共創したほうが新たな価値を見出せるし、いろいろな挑戦ができることを体感してきました。今、働いている方にもたくさん体感してほしいと思います。
一番大切なのは、対話と承認です。挑戦を後押しできたり、失敗してもチャレンジした経験を認めたりできる風土が組織にあるといい。これを言語化できていない組織では、従業員が慮って、これはしてはいけないんじゃないかと思うこともあります。そうではなく、「さまざまな意見を持つ、多様な人がいていい」と受け入れることができる風土を組織に醸成したいです。それにより、新たな取り組みが加速するのではないかと思っています。
葉田:人はいつかは亡くなるから、一度きりの人生で世の中を良くしたい。この想いを僕は持ち続けています。
これまで、医者としてたくさんの方と触れ合ってきました。20歳にしてエイズで亡くなる方、戦争で亡くなる方、雨風を凌げない場所で生きている方…。そういった方々に対して、言い訳ができないと思ったんです。僕は日本に生まれただけで恵まれていると思っているから、言い訳はしたくない。できない理由を会社や他人のせいにするのは言い訳なんだと、僕は僕自身に対して思っています。
医者として働いていて患者さんから「ありがとう」とお礼を言われたときが人生で一番うれしいし、会社を通して世界に貢献できたら最高にうれしい。一度きりの人生だからこそ、進むしかないと決めています。
<関連記事>
>>「Beyondカンファレス」の記事一覧
<関連リンク>
>>第5回Beyondカンファレンス2026公式サイト
>>and Beyond カンパニーWebサイト

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます